第53回 組み込み向けプロセッサのターゲットはPDAから携帯電話へ頭脳放談

IntelのXScaleはPDAから携帯へとターゲットを変更。だが発表された「PXA27x」は機能満載。携帯電話にそんなにたくさんの機能が必要なの?

» 2004年10月22日 05時00分 公開
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 すでに「PDAなど過去の物だ」というようなことをいわれる。長年のPDAファンとしては、心情的に大いに反発を覚える。大体、この文章もPDAのペン入力で書いているくらいなのである。しかし、何年か前に携帯がPDA機能を取り込んで進化するのか、PDAが携帯を取り込んで進化するのか、と2者を並べて取りざたされたころの勢いはPDAからすでに失われてしまった。SONYのPalmOS採用のPDA「CLIE(クリエ)」の米国撤退のニュースが流れたのは半年くらい前だっただろうか。そんなニュースの流れるはるか前から、近所の家電量販店のPDA販売コーナーは大幅縮小されてしまっている。「電気屋」の売れる、売れないの判断は素早い(それにしても秋葉原がフィギュアなどに占領されるスピードの速いこと!)。一部のPDAには(筆者のような)根強い支持者がいるものの、その市場はニッチで小さく、広がらないことがみんなの「了解」事項になってしまった。残念だがどうもそれは事実のようである。

 そんな流れによって路線変更を迫られた代表がIntelの組み込み向けプロセッサ「XScale」である。忘れやすい人のために解説しておくと、XScaleは旧DEC(つまりは旧Compaqで、現在はHewlett-Packardの一部)のStrongARMの流れを汲むIntelのARMアーキテクチャ・プロセッサである。傍から見れば、その路線変更は、「広がらないPDA市場に業を煮やし、携帯電話市場にフォーカスを当て直した」というものである。PDA市場が輝いていたころ、IntelはまずPDA市場を制覇して、そこの拡大とともにハイエンドの携帯電話や組み込み用途へと攻め込んでいこうという戦略を立てたようだ。実際、その戦略は半分成功した。それまでMIPSやSHなどが使われていたPocketPC(Windows CE)が、XScale一色になった。だが、PDA市場自体が思ったほど広がらなかったのは計算違いだったようだ。

 その結果、やむを得ず行った変更に見える。Intelのことなので立派で論理的な公式説明があるのかもしれないが、筆者は知らない。同じくARMコアを採用するTexas Instruments(TI)のOMAPが、PDAにもちょっと色気を出したものの、もともとTIは携帯向けDSPのメジャーであったために当初から携帯電話向けアプリケーション・プロセッサにフォーカスをあわせていた。それに比べて、この市場でのIntelの戦略はあまりうまく行っていない印象を受ける。

IntelのBulverdeはすごい

 そのXScale系列の最新版チップセットが開発コード名「Bulverde(ブルベルデ)」で呼ばれる「Intel PXA27xプロセッサ・ファミリ」と、開発コード名「Marathon(マラソン)」で呼ばれる「Intel 2700Gマルチメディア・アクセラレータ」である。2004年4月12日に発表があった割には、メディアの関心が低かったのか、あまり記事にはならなかったようだ(インテルの「Intel PXA27xプロセッサ・ファミリに関するニュースリリース」)。Wireless MMX(モバイル機器向けマルチメディア命令)というインテルお得意のネーミングが流布しているのでWireless MMX対応のチップといった方がとおりがよいかもしれない。

 その「セルラー」に舵を切ったチップなのだが、スペックをみると案の定というか、Intelらしいというべきか、とてもな充実ぶりである。コアCPUのPXA27xには売りのWireless MMXが強化されていることはいうまでもないが、USBはクライアント機能だけでなく、ホスト機能も搭載している。メモリ・カード・インターフェイスもSD/MMCからメモリースティック、コンパクトフラッシュ(CF)、PCMCIA(PCカード)とフルサポート状態であり、AC'97やI2S(Inter IC Sound)バスでオーディオに対応すれば、キャプチャ機能のあるカメラ・インターフェイスもあり、といった具合である。また、表示側を受け持つIntel 2700Gは、ハーフVGA版とVGA版の2種が存在するようだ。描画メモリまでオンチップに搭載した2D/3D、ビデオ・アクセラレータで、メインとサブの2画面対応までできる。

 性能面でも、スタンダードなARM9系を搭載しているような他社の携帯向けアプリケーション・プロセッサと比較すると圧倒的である。Intelとしては控えめな180nmプロセス版でも最高624MHzまでの動作が可能であり、例のWireless MMXを使うと9.36GOPS、あるいは積和演算性能で1.24G MAC/secというすばらしさである。そうなると消費電力も心配だが、そこは「Wireless Intel SpeedStep Technology」でパワーマネージメントをしている、と抜かりない。

 なお、Intel 2700GのコアはPowerVRらしい。その源流は、いまは「亡き」セガのゲーム専用機「ドリームキャスト」と聞く。TI-OMAP系のアクセラレータとも「兄弟」になる。一昔前ならまずなさそうな話だが、半導体IP(Intellectual Property:半導体の設計データやシミュレーション・モデルなど)の市場化が進んだのでこんなことも当然か。すると「後ろ(描画)」の性能はTIもIntelも同じようなものなのかもしれない。

 このようにPXA27xはセルラーどころか、PDA、いやローエンドのPCまで対応できてしまいそうな機能であり、性能である。まぁ、「SIMカード(USIM)に対応しました」という点くらいが純粋セルラー指向か。正直いってセルラーに舵を切ったというより、セルラーをPCにするためのチップセットといえそうだ。また、そうしたいのがIntelの本音だろう。

携帯電話の方向性が変わる

 だが、本当にそれでよいのだろうか。確かに、カメラ付携帯電話が普及し、動画、静止画、音楽を扱えるというのが普通になった。テレビも見られるし、ゲームもできる。しかしどうも、そういったグラフィックやらなんやらに頼った携帯電話の進歩にはいまや一服感があるように思えてならない。確かに携帯電話でいろいろなことができるのは便利だ。けれど、どうも大きな画面のテレビとは使い道が違う。ゲームにしても、携帯電話でゲームしている人より、携帯型ゲーム機を持っている方が多いのではないかと思われる。余談になるが、いい大人が電車の中でゲーム機を持ってゲームしているのをちょくちょく見かける。ほとんど小学生と変わらないが、そのお陰で半導体が売れるのだから感謝しないとならない……。

 携帯型ゲーム機がはやるのは、コンテンツのせいか、ユーザー・インターフェイスのせいか、画面サイズなのかはっきりしない。もしかするとメールを見ているようで、ゲームしている人が多いのを、筆者が見過ごしているだけなのかもしれないが。

 でも、どうも、ゲームはゲーム機という感じである。また、携帯電話をPCそのものにする、というのもちょっと違うのじゃないか、と思うのである。今日、ノートPCを持ち歩いて電車や飛行機の中で仕事している人は、携帯電話がPCライクになってもノートPCを捨てそうにない。自分自身、いま持っているPDAはPCでできそうなほとんどのことが可能なのだが、ノートPCを依然持ち歩いており使い分けをしている。カメラ付携帯電話の出始めのころ、そのうちデジタル・カメラはなくなるという予想もあったが、そうなっていないのと同じだろう。デジタル・カメラはデジタル・カメラとして発展している。

 この数年、携帯電話はPC的な機能を取り込む方向で確かに進歩してきたが、どうもここに来てそちらとは異なる方向へと向かいそうな雰囲気がある。これ以上、先鋭的なPC類似機能を入れても、それはマス・マーケット向きの仕様にならず、PDA同様の「ニッチ」にしかならないように思われる。それよりも携帯電話はもっと生活密着型のツールであるべきではないかと思われるこのごろだ。動画や3Dゲームばかりが「生活」ではないだろう。

 Intelが、携帯電話向けに大きく舵を切り、新しい製品を出して来たとき、皮肉にも携帯電話の方向性がそれまでとは変わりつつある。このような環境の中でIntelのBulverdeがどこまでやれるのか見守りたい。冷たい目を跳ね返して携帯電話で主流となれるのだろうか。ただしPDA向けのチップとしては、かなりよさげなチップであることには間違いない。しかし、このニッチなマーケットにIntelがどこまで注力するかは分からないが。それにしても、PDAは使い始めると便利なのだが、何でみなさんは使わないのだろう。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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