PM最大の武器、コミュニケーションスキルプロジェクトマネジメントスキル 実践養成講座(7)(2/2 ページ)

» 2005年02月02日 00時00分 公開
[耵岡充宏スカイライトコンサルティング]
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悲劇の温床:「〜だろう」コミュニケーション

 矢見雲マネージャのプロジェクトは来週火曜日の定例進ちょく会議までにデータ移行計画を取りまとめてクライアントに報告しなければならないようだ。今日は水曜日だが残念ながら移行計画はまだまとまっていない。そんなプロジェクトの様子をのぞいてみることにしよう。

●今日(水曜日)

矢見雲マネージャの発言

「困ったなあ、移行計画か。最近バタバタしていて手付かずだったなあ」

「こういうときはAさんに頼むとするか。よし、そうと決まれば早速メールを出そう」


矢見雲マネージャのメール

To: Aさん

From:矢見雲

件名:データ移行計画作成依頼

Aさん、お疲れさまです。

来週までにデータ移行計画を作成しておいてください。

よろしくお願いします。

矢見雲


Aさんの発言

「一体、何だよ!? こっちだって忙しくて、それどころじゃないのに」

「いきなり移行計画作れってそれだけかよ。まあ、後から細かい説明もあるだろうから、そのときに話をしてみるとするか」


●2日後(金曜日)

2日後(金曜日)
矢見雲マネージャの発言

「Aさんに頼んだ移行計画はうまく進んでいるかな。もう大枠はできたころかな。まあできたにしても何か困ったことがあっても連絡があるだろう」


Aさんの発言

「そういや移行計画の件、矢見雲さん何もいってこないな」

「俺の忙しいのを分かってくれて自分でやったかほかの人に頼んだのだろう。下手にこっちからいってまた俺に振ってくるのも嫌だし、いってくるまでそっとしておこう」


●定例会議前日(月曜日)

矢見雲マネージャ 「もう明日は定例会議か、1週間は早いな。そういやAさんに頼んだ移行計画はもうできたかな。でもまだ連絡がないな。どうなってるんだろう。電話で聞いてみるとするか」矢見雲マネージャ 「矢見雲です。先週頼んでおいた移行計画の件どうなった?」

Aさん 「え!? どうなったっていわれても矢見雲さんがメールを出したきり何もいってこないので、でっきりご自分かほかの人で進められていたのかと。まだできてないんですか!?」

矢見雲マネージャ 「おまえ、何をいっているんだ! 俺はおまえに頼んだんだ。なのに、『まだできてないんですか』とはどういうことだ!?」

Aさん 「そんなこといわれても、いきなり何の説明もなしに移行計画作れってメールだけでいわれても、まさかそれだけなんて思いませんよ。後から説明があるものだとばっかり思っていました。それで何も話がないからてっきりもう作成しているのかと……」

矢見雲マネージャ 「いい訳はいい! とにかく定例会議は明日なんだ。徹夜しても明日までに作れ。いいか、分かったな!」(ブチッ:電話を切る)

Aさん 「はぁーっ。ほんとやってられないよ、あの人とは。何であんな人がマネージャなんだろう。マジで転職考えようかなあ」


どこに問題があったのか

 このケースの2人のコミュニケーションスタイルを見ると、矢見雲マネージャ/Aさんの双方ともに問題がある。矢見雲マネージャはメールで作業指示をしただけで、何もフォローや確認をしていない。一方、Aさんも矢見雲マネージャから後で連絡がくると勝手に思い込み、何もアクションを起こさない。また、連絡がこないからといって勝手にほかの人が進めていると考えてしまった問題がある。

 しかしながら、これらの問題の根底にあるのは、「自分の意思・考えが相手に正しく伝わったことを確認していない」こと、この1点に尽きる。

 このことを分かりやすく表現した自動車を運転するときの注意事項がある。それは、免許の更新時の講習などで学ぶ“「〜だろう」運転は重大な事故を起こす恐れがある”ということだ。

 これは例えば、普段交通量の少ない信号のない交差点を通るときに、「いつもここは自動車も人もこないから大丈夫“だろう”」といってスピードを落とさず交差点に進入したり、「右折する車が前方にいるけど、自分は直進で優先されるので右折車は進んでこない“だろう“」といってスピードを落とさず進んだりすると重大な事故につながる恐れがある、ということである。

 コミュニケーションにおいても同じことがいえ、「〜だろう」と一方の判断だけで物事を進めるとそこにはどうしても認識のズレが生じてしまう。その認識がズレたまま気付かないでいる時間が長ければ長いほど事態は悪化し、ひどい状況になると先のケースのような事態に陥ってしまう。

 では、望ましいコミュニケーションスタイルはどのようなものなのか。次の章で見てみることにしよう。

目指すは「〜かもしれない」コミュニケーション

 出来杉マネージャのプロジェクトでも同様に来週火曜日までに移行計画を作成する必要があるので、のぞいてみることにしよう。

●今日(水曜日)

出来杉マネージャの発言

「移行計画か。各チームリーダーから情報を集めて作る必要があるな。それと取りまとめ役が必要だな」

「Bさんに頼むとするか。早速メールで連絡しよう」


出来杉マネージャのメール

To: Bさん

From:出来杉

件名:データ移行計画作成

Bさん、お疲れさまです。

ご存じのとおり、データ移行計画の作成期限が来週に迫ってきました。各チームから情報をもらって作成しようと考えていますが、そのほかに取りまとめをしてもらう人が必要になります。

Bさんは、リーダーの中でもプロジェクト参画期間も一番長くみんなともうまくコミュニケーションを取れていると思うので、取りまとめ役をぜひお願いしたいと考えています。

Bさんが自チームの仕事も抱えていて忙しいことは理解していますので、その点は一度打ち合わせをして現在の作業状況の話を聞かせてもらったうえで一緒に考えましょう。今日の空いている時間をご連絡ください。

出来杉


Bさんの発言

「移行計画か。ほかのチームから情報をもらうといっても、情報を埋めてもらうテンプレートとかどうするのかな? もう準備してあるのかな?」

「いや、まだないかもしれない。だとすれば作らないといけないな。そう考えるとほかにも何か必要な作業が出てくるかもしれないな。ちょっと必要そうな作業を考えておいて打ち合わせのときに確認してみるか」


●2日後(金曜日)

出来杉マネージャの発言

「Bさんに頼んだ移行計画はうまく進んでいるかな。何も連絡がないな。忙しくて時間が取れずに何か問題を抱えているかもしれないな。一度確認してみるか」


Bさんの発言

「そういや移行計画の件、おとといの打ち合わせ以来、出来杉さん何もいってこないな」

「忙しくて手が回らないのかもしれないな」

「作業は順調に進んでいるけど、俺も忙しくて連絡してなかったので進ちょくを気に掛けているかもしれないな。今日あたり一度、現状を報告しておこう。あと、月曜日にはできるので最終確認の打ち合わせのアポを入れておくか」


●定例会議前日(月曜日――最終確認打ち合わせ後)

出来杉マネージャ 「いやあ、間に合ってよかった。みんな本当にお疲れさま。特にBさん、取りまとめありがとう。助かったよ」

Bさん 「何とか間に合ってよかったです。出来杉さんのサポートとみんなの協力のおかげです。ありがとうございます」


 矢見雲マネージャのケースとの違いがお分かりいただけるであろう。重要なことは双方が「〜かもしれない」と悪い事態を想定して、それを防ぐために自らアクションを起こしている点である。

 コミュニケーションとはしばしば「キャッチボール」に例えられる。コミュニケーションはボールを投げた時点で終わるのではない。実際のプロジェクト現場に当てはめて考えると、例えば何か依頼メールを一方的に期限を決めて送ったものの、そのまま期限まで確認やフォローをしないと、期限がきても出来上がらず、「私はちゃんと頼んだので、できていない理由は相手に聞いてくれ」「いや、私は指示を受けていない」といった状況に陥る恐れがある。これでは円滑なコミュニケーションにはほど遠い。

 コミュニケーションはボールを投げた相手が正しく受け取ったことを確認して初めて終わるのである。もちろん、そのためには、相手がボールを受け取れる状況かを確認し、相手が取りやすいボールを投げることが必要になってくる。

 プロジェクトマネージャは、自分が「〜かもしれない」コミュニケーションを心掛けることはもちろんであるが、加えてプロジェクト関係者全体が正しくキャッチボールを行えているかどうかにも気を配る必要がある。

プロジェクトでの対立解決法

 もう1つ実践で役立つテクニックを紹介しておく。プロジェクトでは立場や役割の違いから利害や意見が対立し、物事や人間関係がスムーズにいかないこともよくある。例えば、異なるユーザーの部署間での対立に始まり、プロジェクト内の上司と部下やチームメンバー間の対立まで多種多様である。こういった場合にどのように対処すればいいのか。以下のケースを例に考えてみたい。ちなみにこのケースでは反面教師的に矢見雲マネージャのみが登場し、その後、勘所を解説する。

 矢見雲マネージャのプロジェクトでは、これから設計を行う外部システムとのI/F(インターフェイス)プログラムの開発がある。そのI/Fプログラムは、会計情報と受発注情報の受け渡しを行うもので、会計チームと受発注チームではどちらが主担当で進めるかもめているようだ。チームリーダー会議でどちらが担当するか議論が続いている。その様子をのぞいてみることにしよう。

受発注チームリーダーCさん 「こっちはただでさえ開発本数多いんだからそっちでやってくれよ。会計で必要な情報も含まれているだろ?」

会計チームリーダーDさん 「会計で必要な情報も確かにあるけど、あのプログラムは受発注で必要な情報が多いじゃないか。開発が厳しいのはウチも同じだ。外部システムとの調整は時間がかかるし、そっちが主担当でやってくれなきゃ困るよ」

――――以下、同様の議論が続く――――

矢見雲マネージャ 「あーもう分かった。いつまでたっても終わらんじゃないか。よし、こうしよう! Dさん、やってくれ」

会計チームリーダーDさん 「えっ、何で私なんですか」

矢見雲マネージャ 「お前の方が先輩だろ。1本くらいいいじゃないか。とにかくこの件はこれでもう終わり。じゃあ今日のチームリーダー会議はこの辺で……」

会計チームリーダーDさん 「ちょっと待ってくださいよ。そんなこといったって……」

矢見雲マネージャ 「うるさい。いいから、やれっていってんだよ。もう決まったんだ。ミーティングは終了、解散」


 さて、あなた(出来杉マネージャ)ならどう対処するだろう。この問題解決に役立つテクニックとしてステークホルダー間の対立解決方法を以下に解説する。

対処方法 説明 対処結果 推奨
1 対決・対峙
(confrontation)
50事実調査に基づいて解決する。当事者がお互いに問題に正面から向き合い前向きに議論し、双方納得のうえで合意する。 Win-Win
2 妥協
(compromise)
当事者が共に譲歩する。双方にとって満点の解決ではないにしても双方合意のうえ、解決に至るので問題が再燃することは少ない。
3 鎮静
(smoothing)
一時的に問題に目をつぶったり、争いを表面上、小さく扱ったりすること。再び対立が生じやすい。 Lose-Lose ×
4 撤退
(withdrawal)
一方があきらめて話し合いを拒否する。 Lose-Lose ×
5 強制
(forcing)
上司命令など、強制的に押しつける。片方が不満を持つ。 Win-Lose ×
表2 ステークホルダー間の対立解決方法

 対立の解決方法には、5種類の方法がある。先の矢見雲マネージャのケースを考えると「強制(forcing)」に該当することがお分かりいただけるであろう。この方法は表面的には解決したように見える。しかし、一方が納得していないため、決定事項に従わなかったり、モチベーションが低下し、新たな問題の火種となったりするため、採ってはいけない方法である。

 また、「鎮静(smoothing)」といって、一時的に問題に目をつぶって解決を先送りにすることや、問題を過小評価して一時しのぎ的に事態の鎮静化を装うこと、および、「撤退(withdrawal)」といって話し合いを拒否することも、「強制(forcing)」と同様、本質的な解決には至らない。

 問題解決において大事なことは、「双方が納得のうえで解決すること」であり、そのためには当事者が問題に正面から向き合う(⇒「対決・対峙(confrontation)」する)ことである。

 対決というと争いごとのようなマイナスイメージを抱くかもしれないが、ここでは問題と対決するという意味で使われており、PMBOKでも最も推奨する解決方法である。

 「対決・対峙(confrontation)」での解決が難しい場合は、「双方が納得のうえで解決する」という意味においては、双方が痛みを分かち合う「妥協(compromise)」という方法も考えられるが、安易に妥協に走らないように注意したい。

 以上が対立解消の勘所である。われわれの実際のプロジェクトで似たような問題が発生した場合、これらの勘所を生かして出来杉マネージャ的に対処できるようにしたいものである。

今回のまとめ

  • 円滑なコミュニケーションは、「適切な相手に」「適切な情報を」「適切なタイミングで」「適切な手段」で伝えることを心掛ける。
  • 自分の意思・考えが相手に正しく伝わったことを確認せずに、自分の判断・推測で物事を進める「〜だろう」コミュニケーションは避ける。
  • 常に「〜かもしれない」と悪い事態を想定し、それを防ぐために自らアクションを起こす。
  • 問題解決において重要なことは、当事者が共に問題に向き合い双方納得のうえで解決する。
  • 反対に、「強制(forcing)など表面上の解決にしかならない方法は採らない。

著者プロフィール

杦岡充宏(すぎおかみつひろ)

スカイライトコンサルティング シニアマネジャー。米国PMI認定PMP。関西学院大学商学部卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て現職。製造業や流通業のCRM領域において、業務改革やシステム構築のPM(プロジェクトマネジメント)の実績多数。特に大規模かつ複雑な案件を得意とする。外部からの依頼に基づき、プロジェクトの困難な状況の立て直しにも従事、PMの重要性を痛感。現在は、同社においてPMの活動そのものをコンサルティングの対象とするサービスを展開している。



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