プロジェクトマネージャは社長――統合マネジメントプロジェクトマネジメントスキル 実践養成講座(11)(2/2 ページ)

» 2005年12月27日 00時00分 公開
[耵岡充宏スカイライトコンサルティング]
前のページへ 1|2       

複雑なパズルに苦悩する矢見雲マネージャ

 ケーススタディでは、ある製造業における基幹システム構築プロジェクトの例を取り上げる。

 このプロジェクトでは、従来使っていたメインフレームのサポート切れを機に、Webベースのオープン系システムの構築を推進している。

 プロジェクトの進ちょくは、苦しいながらもスケジュールに大きな遅れはなく、開発・テストが進んでいる状況だ。いまはユーザーテストの最中だが、在庫管理のシステムで何か問題が発生しているようだ。その様子を見てみることにしよう。

ユーザー:我間真(わがまま)部長 「矢見雲さん、どういうことですか。これでは、お客さまからの返品の処理ができないじゃないですか。どうして、返品処理の機能が入っていないんですか」矢見雲マネージャ 「申し訳ございません。しかし、要件定義でご確認させていただいた要件については、すべて実装していると認識しています。返品処理については、この段階での漏れですね」我間真部長 「何をいっているんだ、君は。われわれが要件を出さなかったせいとでもいいたいのかわれわれのビジネスで返品があることは、常識じゃないか。こちらから何もいわなくてもせめて、普通に処理できるくらいのものはあって当然だろう。とにかく、返品を処理できるようにしてくれ」

矢見雲マネージャ 「はあ、何とかやってみます……」(以下、プロジェクト概要と社内の状況を説明)


矢見雲マネージャの発言 「とは、いってみたものの困った。いまから返品処理を開発するとなると、ほかの機能への影響も大きいし、テストも大がかりなものになる」

「そんなことはスケジュール的にも無理だし、一体誰がやればいいんだ。新しい要員を投入するといっても今度は予算の問題がある」

「費用を下げるために協力会社に頼むといっても、安心して任せられるところもそんなに急には見つからないだろうし」

「それにこのことをプロジェクトメンバーにどうやって説明すればいいんだ。みんなギリギリのところで頑張っているのに、いまさらこんなことをいったら反乱が起きかねない。会社の上司にも説明しないといけないし」

「あー、もう誰か助けてくれよ」


 この矢見雲マネージャの様子から、「あちらを立てればこちらが立たず」という複雑なパズルに苦悩している状況がうかがえる。同時にこのことは、返品処理の追加開発という「スコープ」の変更を直接要因に、そこから派生する影響をよく表している。これを図1に整理してみよう。

図1 スコープの変更がほかにどのような影響を及ぼすかが一目瞭然だ 図1 スコープの変更がほかにどのような影響を及ぼすかが一目瞭然だ

 このように、PMBOKの知識エリアは相互影響関係にある。プロジェクトマネージャは、ある領域(知識エリア)に変更が発生したら、ほかの影響する領域を識別し、その領域に対しても適切に対処しなければならない。これが「統合マネジメント」である。

 実践への勘所としては、まずPMBOKで定義されている「知識エリア」というフレームワークで物事を考えることである。つまり、何か計画を策定したり、何か変更が発生したりする場合、直接要因はどこの領域にあるか、そして、影響する領域と内容を8つの領域に対して考えることで、漏れなく全体をとらえることである。ぜひとも習慣づけていただきたい。

プロジェクトマネジメントは「0・1」にあらず

 統合マネジメントでもう1つ大事なことがある。それは、漏れなく影響を把握したうえで「相反する利害をバランスさせる」ことである。これは、統合マネジメントよりむしろプロジェクトマネジメントの勘所そのものといっても差し支えないだろう。先の例を用いて具体的に説明しよう。

 返品処理の追加開発というスコープの拡大を受け入れる場合、当然、プロジェクトの作業量は増加するが、現状のスケジュールも余裕のあるものではないため、そのままの要員とスケジュールでは対応できない。スケジュールを延ばすことや、代わりにほかの作業を減らすことができればよいが、それも難しい。追加で人を投入すればよいかというと、今度はコストの問題が出てくる。仮にコストの問題をクリアしたとしても、必要なスキルを持った要員をタイムリーに調達できるかという問題もある。

 作業範囲が広がってもスケジュールも延ばせず人も増やせない。しかし、このようなプロジェクトは例外ではなく、よくある話だ。

 プロジェクトマネージャの役割は、このような利害の相反する事柄を、状況に応じた最善の落としどころでバランスさせることにある。いい換えれば、プロジェクトマネジメントとは単純な0か1かの意思決定ではなく、ステークホルダー(利害関係者)全員が納得する解に導くことといえる。

 そして、注意が必要なことは、全員が納得する解は最初から1つに決まっていないことである。例えば、その解は折衷案の「0.5」であることもあれば、時にはまったく違う「2」になることもある。あるいは、きっちりとコミュニケーションすることで「0」か「1」で全員が納得することもある。大事なことは、プロジェクトマネージャ自身が明確な解と、それを裏付ける根拠を持ち、ステークホルダーと正しくコミュニケーションすることである。

 実践への応用として、もう1点補足しておきたいことがある。先の例では、PMBOKの知識エリア間の相反する利害を取り上げたが、プロジェクトにおける相反する利害は、別の切り口でも発生する。

 例えば、自社の営業と開発現場、クライアント側の経営層と現場ユーザー、業務チームと技術チーム、新システムと現行システムなど。組織や人など、どこかで領域を分ければそこには相反する利害が発生する。プロジェクトマネージャは、これらにおいても同様に利害をバランスさせることが求められる。

 こうして見ると、プロジェクトマネジメントは、企業経営に通じるところも多いことがご理解いただけるのではないか。

 ここで今回のタイトル「プロジェクトマネージャは社長」を思い出していただきたい。つまり、プロジェクトを1つの企業と考えると、プロジェクトマネージャは経営者なのである。プロジェクトマネージャとは、決して進ちょくを管理するだけの人ではなく、要員とお金の管理をするだけでもない。経営者の意識を持ちプロジェクトを成功に導く、それが真のプロジェクトマネージャの姿であると筆者は考えている。

今回のまとめ

  • PMBOKの知識エリアは相互影響関係にあることを理解する
  • 計画や変更時に、どの要素にどのような影響があるかを漏れなく見極めた上で、相反する利害をバランスさせる
  • その際、プロジェクトマネージャに求められることは、単純なゼロかイチかの意思決定ではなく、ステークホルダー全員が納得する解に導くこと
  • 相反する利害は、PMBOKの知識エリア間だけにあるのではなく、組織間、チーム間など様々な切り口で発生することを理解する
  • プロジェクトを1つの企業としてとらえ、経営者としての意識を持ちプロジェクトを成功に導く

最後に

 2004年2月に連載を開始して以来、早いもので約2年が経過した。この間に、プロジェクトマネジメントに対する世の中の関心も一層高まってきた。

 日本におけるプロジェクトマネジメント資格であるPMP(Project Management Professional)取得者数は、連載当初の2倍以上になり、1万2000人を超えている。その一方で、下の図2の結果で示されるように、情報サービス企業では依然プロジェクトマネージャが不足していると考える企業が多い。

図2 事業展開上不足している人材。社団法人情報サービス産業協会の「情報サービス産業白書2005年版」より引用 図2 事業展開上不足している人材。社団法人情報サービス産業協会の「情報サービス産業白書2005年版」より引用

 この結果からいえることは、一般的によくいわれることではあるが、絶対的なプロジェクトマネージャ数は足りず、今後も需要は高まるということであろう。

 しかし、ここにはもう1つの意味が隠されていると考えられる。それは、プロジェクトマネージャの肩書きを持つ人数が不足しているのではなく、「結果を出せるプロジェクトマネージャ」が不足しているということだ。

 では、どうしたら結果を出せるプロジェクトマネージャになれるのか?それは簡単に答えの出るものではないが、最後に出来杉マネージャにご登場いただき、アドバイスをもらう形でこの連載を締めくくりたい。

出来杉マネージャの発言 「ご無沙汰しています、出来杉です。どうしたら『結果を出せるプロジェクトマネージャになれるか?』についてのアドバイスですか?」

「分かりました。参考になるか分かりませんが、いくつかお伝えしておきます」


・知識も大事だが人間力はもっと大事

PMBOKや各領域の専門知識は当然必要。しかし、それだけで物事が進むとは限らない。プロジェクトにはさまざまなタイプの人が集まっており、それをまとめるのはプロジェクトマネージャの人間力である。(第1回「プロジェクトメンバーを1つにまとめる」や第6回「プロジェクトは人が動かす

・火事を消す人間は偉いが、火事を起こさない人間はもっと偉い

火事が起こらなければ消す必要もない。燃えてからの回復には時間と費用がかかる。(第8回「できるPMの決め手は『リスクマネジメント』

・千里の道も一歩から

「明日から完ぺきなプロジェクトマネージャになれる方法」を教えろといってもそれは無理。あれば私が教えてもらいたい。プロジェクトメンバー全体でプロジェクトの目的や現状を共有する全体ミーティングを開催してもいい。いままでやってこなかったメンバーのモチベーションをケアすることでもいい。まずは身近なことから1つ1つ始めてみよう。(参考:連載各回に記述した実践のための勘所)

出来杉マネージャの発言 「あと、最後にひと言だけ。『プロジェクトマネジメントに王道なし』です。こうすればよいということはありません」

「もし、あるとすれば、『当たり前のことを当たり前に地道に積み重ねていくこと』です。やるべきことや気になっていることを放っておくと、後で大きな問題となって戻ってきます。皆さんも経験ある方、多いのではないでしょうか?」

「あっ、そろそろ私は次のミーティングがありますので、この辺で失礼します」

「皆さん、プロジェクトマネジメント、頑張りましょう!」


著者プロフィール

杦岡充宏(すぎおかみつひろ)

スカイライトコンサルティング シニアマネジャー。米国PMI認定PMP。関西学院大学商学部卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て現職。製造業や流通業のCRM領域において、業務改革やシステム構築のPM(プロジェクトマネジメント)の実績多数。特に大規模かつ複雑な案件を得意とする。外部からの依頼に基づき、プロジェクトの困難な状況の立て直しにも従事、PMの重要性を痛感。現在は、同社においてPMの活動そのものをコンサルティングの対象とするサービスを展開している。


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

RSSについて

アイティメディアIDについて

メールマガジン登録

@ITのメールマガジンは、 もちろん、すべて無料です。ぜひメールマガジンをご購読ください。