進化のしかたも機能も異なるMPLSとイーサネットのそれぞれの道特集:MPLS技術は何ができて何ができないか(2)

» 2006年02月24日 00時00分 公開
[大宅宗次@IT]

 「特集:MPLSは何ができて何ができないのか」第1回「通信事業者間の接続を担う、MPLSの可能性と限界とは?」では、現状のMPLSは何ができて何ができないのかを説明した。今回は進化のしかたも機能も異なるMPLSとイーサネットのそれぞれの道をお伝えする。MPLSはMPLSですべてを実現することを目標に機能を進化させてきたが、イーサネットもイーサネットですべてを実現する方向を目指している。同じことを実現するためにMPLSとイーサネットで異なる機能が存在し始めてきているというが……。

融合し、戦うMPLSとイーサネット

 IP-VPNサービスと広域イーサネットサービス。日本では通信事業者の提供するVPNサービスとして両方ともすっかりおなじみのサービスとなった。IPとイーサネットというVPNを提供するレイヤの根本的な違いこそあれ、最近ではアクセス回線の種類や提供地域、価格帯などのサービスメニューは、企業ユーザーの管理者もどちらを選べばよいか決めかねるほど近づいてきている。しかし、これらのサービスを提供する通信事業者のネットワークは、基となる技術の違いから大きく異なっている。

MPLSで運用するIP-VPN

 IP-VPNはご存じのとおりMPLS技術を用いており、MPLSの特徴である高い信頼性とTraffic Engineering(TE)技術を用いた運用面に強みを持っている。通信事業者から見れば、事業者のネットワークでサービスを提供することを想定して作られたMPLSの運用性や拡張性の高さは非常にありがたい技術だ。

 一方、広域イーサネットを提供するイーサネット技術は、企業ネットワークに普及した理由でもある低価格で簡単な点が特徴である。企業で使われているVLAN技術を少し拡張してサービスを提供することができるようになったとはいえ、通信事業者から見れば当初は信頼性や運用性では物足りない技術であった。

 ところが、広域イーサネットを実現する技術は大きく分けると2つのアプローチを用いてこれらの課題を大幅に改善しつつある。1つがMPLSを用いて広域イーサネットサービスを提供するVPLS(Virtual Private LAN Service)技術を導入するという方法だ。MPLSの高信頼やTE機能がイーサネットでも活用できるのだ。

 もう1つが、通信事業者の使用を想定して作られた新しいイーサネット技術PBB(Provider Backbone Bridges)などを導入することで、イーサネットそのものにMPLSに匹敵する機能を追加する方法だ。同じ目的のためにMPLS技術とイーサネット技術が融合したり戦ったりしているのだ。今回はこうした2つの技術のかかわりについて紹介していく。

VLNA拡張+MPLS=広域イーサネット

 MPLSとイーサネットのサービス提供技術としてのかかわりはPWE3(Pseudo Wire Emulation Edge to Edge)と呼ぶ技術から始まった。PWE3は以前はMartiniやEoMPLS(Ethernet over MPLS)と呼ばれていた技術だ。いまでもPWE3よりこちらの呼び方の方が一般的には使われている。

 PWE3はポイント・ツー・ポイントのイーサネット回線をMPLSネットワークで仮想的に提供する手法で、イーサネット専用線のようなサービスを提供することができる。日本では直接ユーザーにサービスを提供する方法だけではなく、特に通信事業者内の中継回線やほかの事業者へイーサネット回線を貸すための方法としてかなり前から使われている。

 広域イーサネットサービスでは、いくつかの事業者が都市圏ネットワークを全国に接続するための中継回線にPWE3を使用している。通信事業者のバックボーンは特に信頼性や運用性が必要になるため、部分的とはいえMPLSの恩恵を受けるメリットは大きかったのだ。

MPLS上で仮想的なイーサネットスイッチの動作を行うVPLS

 最近ではMPLSを使って広域イーサネットサービスそのものを実現するVPLS(Virtual Private LAN Service)技術が使われ始めた。VPLSはいくつかの方式が提案されていたが、現在はLDP VPLS(以前はLasserre-V.Kompellaと呼ばれていた)と呼ぶ方式が主流だ。LDP VPLSは、LDP(Label Distribution Protocol)を用いてユーザーを識別するラベルを配布するPWE3のイーサネット回線を、MPLS網内にフルメッシュに接続する。

 通信事業者のエッジルータはユーザーごとのMACアドレスの学習テーブルを持つ。どのパスにどのユーザーのどのMACアドレスのパケットをフォワードすればよいかの情報を持つことで、MPLSネットワーク上で仮想的なイーサネットスイッチの動作を行うのだ。

 また、LDP VPLSはHVPLS(Hierarchical VPLS)と呼ぶ構成を取ることが可能だ。HVPLSはフルメッシュ区間の下に階層的にポイント・ツー・ポイントの回線をツリー型に集約でき、複雑なフルメッシュ区間を減らすことで運用性を高め効率的にユーザーを収容できる(図1)。

図1 LDP VPLS/HVPLSの実現方法 図1 LDP VPLS/HVPLSの実現方法

「ユーザーのMACアドレスをそのまま転送する」というVPLSの課題

 VPLSはユーザーのパケットをMPLSのパスでトンネルし、中継区間はラベルだけを見て転送を行う。イーサネットのVLAN技術はユーザーのMACアドレスをホップ・バイ・ホップに学習テーブルを参照し転送するのだが、VPLSはエッジルータの学習テーブルだけで転送するパスを決めてしまう。

 イーサネットのネットワークで発生する問題は、ユーザーのMACアドレスやその学習テーブルの不具合に起因する場合が多く、多くのユーザーのトラフィックが集まるコアでは特にネットワークが不安定になる要因を抱えている。

 エッジのみでイーサネットスイッチの動作を行うVPLSを用いることで、ネットワーク全体の安定性が大幅に向上するのだ。また、VPLSはループが発生しない特別なフルメッシュ区間を作ることで、障害時の迂回時間が長いイーサネットのループ防止機能(スパニングツリーなど)を止めることができる。

 つまり、VPLSではMPLSの特長である高速迂回機能がスパニングツリーの影響を受けずにそのまま使えるのだ。VPLSを用いることでMPLSの信頼性や運用性を生かした高品質な広域イーサネットを提供することが可能になる。

イーサネット版VPLS=Q-in-Q

 一方、イーサネット技術にもVPLSと同じメリットを提供する新しい技術があるが、最初にこれまで広域イーサネットを実現してきた方法について紹介する。イーサネット技術は、まずは企業で一般的に使われていたVLAN技術を拡張して広域イーサネットを提供できるようにした。企業内では部門などを識別していたVLANタグを、通信事業者のネットワーク内でもう1つ付与することでユーザーを識別するという方式だ。この方式は、以前はQ-in-Qと呼ばれ、いまではIEEE 802.1ad Provider Bridges(PB)としてほぼ標準も固まっている。

転送パスの学習が不要なEoE=MAC-in-MAC

 日本では多くの通信事業者がこのQ-in-Q技術を用いて広域イーサネットサービスの提供を開始した。Q-in-Qはユーザーの識別は事業者側で追加したVLANタグを使用するのだが、パケットの転送はユーザーのMACアドレスをそのまま使用するので、VPLSで触れたとおりネットワークの運用では課題があった。

 そこで、イーサネット技術でもユーザーのパケットをトンネルすることでネットワークの安定性を向上させる方法が考えられた。その方法が、以前はMAC-in-MACと呼ばれ、現在はIEEE802.1ah Provider Backbone Bridges(PBB)として標準化が進められている技術だ。

 日本では実装は異なるがPBBとコンセプトが似ている某国内メーカーの独自技術EoE(Ethernet over Ethernet)が有名だ(参照リリース:EoE技術を業界に先駆けて実装した次世代広域イーサネット網向け 10ギガビットイーサネットスイッチ「Apresia8000シリーズ」の販売を開始)。PBBはユーザーのパケットを通信事業者のエッジスイッチのMACアドレスを付けたパケットでカプセル化し、事業者のネットワーク内は事業者のMACアドレスを用いて転送を行う(図2)。 VPLSはエッジでユーザーMACと転送すべきMPLSパスとの関係を学習するが、PBBはユーザーMACと転送すべき事業者のMACとの関係を学習するという仕組みだ。

図2 PBBのカプセル化方式(概要) 図2 PBBのカプセル化方式(概要)

安価だが拡張性に欠けていたMAC-in-MAC

 日本ではQ-in-Qの運用性や拡張性に満足ができなかったいくつかの通信事業者が、広域イーサネットの実現技術としてベンダ独自のMAC-in-MACをいち早く採用した。日本では実際の広域イーサネットサービスで使われる技術としては、VPLSよりMAC-in-MACの方が早かったのだ。

 もちろん、VPLSもかなり前から製品ベースで存在していたが、MAC-in-MACがより安価なイーサネットスイッチ製品を中心に実装されていたので、広域イーサネットの価格競争が激しかった当時は採用される大きな理由でもあった。

 しかし、MAC_in-MACはあくまでベンダ独自技術であり、MAC-in-MACだけではMPLSのような高信頼性やTEの実現が難しいというのが長らく課題であった。

標準化と拡張が進められるMAC-in-MAC

 ところが、最近ではMAC-in-MACはPBBとして標準化と拡張が進められ、ほかのイーサネット関連技術も充実したことで、低価格を維持しながらMPLSを用いたVPLSに肩を並べる機能を持ってきた。例えば、信頼性の実現では、MPLSではメディアやプロトコルに依存しない高速な障害検出を実現するBFD(Bi-directional Forwarding Detection)が実装されているが、イーサネットでは回線の状態を把握し高速な障害検出も実現するIEEE 802.1ag Connectivity Fault Management(CFM)の実装が進められている。

 また、PBBのネットワーク内に高速迂回とTE機能を付加したポイント・ツー・ポイントのトンネルを実現するPBT(Provider Backbone Transport)と呼ぶ方式も検討されている。PBTはMPLSのRSVP-TEと同等の機能を提供する技術だ。このようにイーサネット技術は広域イーサネットの実現技術であるPBBを中心としてMPLSに匹敵する機能を実現しようとしているのだ。

イーサネットの優勢続くか

 一般的にはVPLSが全国網などのバックボーンネットワーク、PBBが都市圏などのメトロネットワークに適しているといわれるが、どちらの技術を今後採用するかは日本の通信事業者の意見も分かれている。いずれにしろ広域イーサネットの実現技術としてはQ-in-QからVPLSかPBBかどちらかの技術へ移行すると予想されている。しばらくはこの「MPLS vs. イーサネット」という水面下の戦いに注目してみると面白いだろう。

 次回はMPLSに関連する最新情報のまとめとして、日本が世界に先駆けて導入を目指してはいるが、最近では現実路線に方向転換されつつある「GMPLS(Generalized MPLS)」に関する話題を紹介する。


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