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» 2007年05月18日 05時00分 公開

頭脳放談:第84回 自己組織化でチップが作られる?

IBMが自己組織化を採用したコンピュータチップの製造技術について発表した。自己組織化による半導体製造とは、またその意味は?

[Massa POP Izumida,著]
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 地味なニュースリリースが日本の連休中に米国で流れ、日本でもその翻訳版が連休明けに出た。分野的にいえば半導体製造にかかわるものだ。この手のリリースは、一般の人の関心を直接惹くようなものでもないし、普通はこの分野をウオッチしている株式アナリストとジャーナリストに理解されればよいという程度の書き方でなされるものだ。しかし今回のものは、妙に「分かりやすく」書こうと意識した雰囲気があった。それは、IBMが「コンピュータ・チップ製造に自然界のプロセスを応用」というものである。

 「分かりやすく」書こうと意図されたのは、「コンピュータ・チップ製造」、つまりは半導体製造にいままでになかったプロセスを導入したぞ、という力瘤がそうさせたものかもしれない。

 しかし、このリリースが一般に理解されるように「自然界のプロセス」などと表現しているので、逆にその筋のプロの人にはオブラートにくるんだような印象を与えているように感じる。ぶっちゃけたところ「自己組織化」プロセスを、通常の半導体製造プロセス内の一部として組み込み、もうすぐ商用生産に使えるところまできた、というリリースなのである。

 地味な割には、反応する人が多いようである。半導体屋といってもみんなが「いわゆる最近のナノテク系技術」に精通しているわけではないから、いままで関心のなかった人にとっては、何かもの凄い新技術にも思える。また多分、専門家の中には、そのくらいできて当然、オレはもっと凄いことを研究しているのだ、という人もいらっしゃるだろう。

 地味に関心を集めているので、その意義などを順に考えていきたい。

自己組織化で真空を作る意味

  まずリリースの内容であるが、要約すればLSI上の金属配線間の絶縁膜に無数の穴ぼこ、ただし中は真空を持たせるようなプロセスを実用化しつつある。その際に「自己組織化」技術を使っている、ということになるだろう。配線チップ・パターンを刻んだシリコン・ウエハに化合物を注いだ後、焼くことで、自己組織化が行われ、真空の穴が形成されるということだ。

 真空といっても真空中に金属配線が完全に浮いている、ということだとイリュージョニストの世界になってしまう。多分、形成された絶縁膜は、よくある梱包財の「エアキャップ」(プチプチともいう)のナノ版のような構造になっているのだろう、と勝手に想像している。もしかするとハニカム構造かな。真空のつぶつぶのエアキャップに包まれた銅配線か……。

 なぜ真空のプチプチがよいかといえば、これは単純である。配線にまとわりつく容量が小さくできるからである。「容量を小さくできる」=「速い」ということだ。真空中の誘電率そのままで配線容量を計算できれば、教科書の初歩の初歩だが、構造からいってもそれほど単純ではないだろう。「第9回 銅配線にまつわるエトセトラ」でも書いたが、先端プロセスでは配線遅延が支配的になってくるから、配線容量が究極に小さくできる効果は大きいはずである。IBMのリリースはその効果を速度で+35%といっている。

 このプロセスそのものは、どんな半導体にも適用可能なはずだが、それほど速度を追い求めるのは、先端のマイクロプロセッサくらいしかないから、リリースではことさらに「コンピュータ・チップ製造」という書き方をしているのだと思う。

 プチプチ構造のサイズは、20nmと最先端のリソグラフィ(露光装置)で作り出せる大きさの数分の1である。ここから分かるのは、現状のリソグラフィの加工可能なサイズより小さなものを、リソグラフィのコストをかけずに形成できる、ということである。リリースにはこの加工の値段がいくらとは書いていないけれども、リソグラフィを使わないで済む、という点で半導体屋の多くは、出だしは高いかもしれないが、「そのうち」コストは安くなるはず、と思ってしまう。

まず自己組織化の実用を絶縁膜で目指した点が目から鱗

 リソグラフィは半導体の製造コストの支配要因でもある。なぜなら、加工精度の限界を決めているのも、またリソグラフィであるからだ。その上、ナノメートル・オーダーになるにつれて、リソグラフィ関連のコストはうなぎ上りである。自己組織化により、リソグラフィに頼らずに作れるということは、確かに大きなブレークスルーになり得るのだ。何せ「塗れば勝手にできるんでしょ〜」。

 まぁ、「そんな簡単なものじゃない!」と怒られること必定だが、EBデータ(フォトマスク作成用の電子ビーム描画データ)も生成する必要なく、マスク屋さんに高いマスク代を払うことなく、高価なリソグラフィ装置も使わずに、分子が自分から並んで構造を作ってくれるのだ。並べる分子の選択と、どのような環境下にどう置くかが問題だが、そこさえ制御できればよいというのは魅力である。

 しかし、である。「自己組織化」そのものは、ナノテク系では大きなウエイトを占めている(?)概念であり、別にIBMだけがやっているわけではない。また、電子デバイスへの応用より、ほかの分野での応用の方がよく聞く。電子デバイス系だと、量子ドットとかでは「アリ」な技術であろう。この場合、凸を作るのに使うだろうから、今回リリースの凹とはまさに反対になる。

 しかし今回のIBMが目から鱗なのは、既存のプロセスの中に「ひそかに」ナノテクを組み込んで、あと少しで量産できるようにした、という点につきるだろう。それも絶縁膜という、いっては悪いが脇役としての渋めの応用である。

 多分、日本勢も含め、ほかの多くの人々は、根本からデバイスを変えるような基礎研究レベルで「自己組織化」を駆使していると想像できる。主役狙いといったらよいだろうか。確かに業界を大きく変える可能性はあるが、先は長そうだ。もちろんIBMも、その手の研究はやっているに違いないのだが、ちゃっかり普通のプロセスと折り合いを付けて、取りあえず商売に持ち込もうとしている。

 研究開発は非常に盛んだが、なかなか金にするのが難しいナノテク系技術の取り扱いに、一石を投じているといってもいいだろう。

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筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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