第94回 メモリ容量を4倍にする魔法(?)のチップ頭脳放談

新しいメモリベンチャーが登場。製品のうたい文句は「メモリ容量が4倍になる」。怪しい(?)その技術は、主流になるかもと予感させるものが。

» 2008年03月21日 05時00分 公開
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 この原稿は、「お求めやすい、廉価」なノートPCで書いている。一昨年末に買ったのだが、当然メモリ容量などは「動くギリギリ」まで絞られた設定であった。しかし、どうにも起動などが遅くてたまらない。新しい自分用のマシンを買うお金もないので、通信販売でメモリを買って装着してみた。案の定、格段に快適になった。別にPCに限らず、組み込み用途でも、コンピュータは、まずメモリ容量が足りていることが先決である。メモリが足りないと本来不要な操作を延々と繰り返すばかりで、プロセッサなどは「ずっと遊んでいる」ことになる。メモリが足りて、それからプロセッサの性能を知る、という感じだろうか。

搭載可能なメモリ容量を4倍にする技術

 そんなことを感じていたおり、名前も聞いたこともなかったシリコンバレーのベンチャー企業が、「新しいDRAMソリューション」を発表した、という話が流れてきた。会社は「metaRAM」、製品は「metaSDRAM」だという。うたい文句は、何と「メモリ容量が4倍になる」というのだ(MetaRAMのニュースリリース「MetaRAM develops new technology that quadruples memory capacity of servers and workstations[PDF]」)。売りのフレーズだけを聞いていると、かなりうさんくさい感じである。どうやって4倍にするのだろうと大いに疑問がわく。

 ベンチャー企業がメモリを手がけるというのは、かのRambusなどの例がないわけではない。だが「メモリの生産」は、最終的には規模の勝負となるので、大規模な生産設備を持つ限られた大企業にしか事実上できない。メモリを手がけるベンチャーは結局のところ、「技術」を売ってライセンス料をもうけるといった切り口になりがちである。いまどき先行きの見えなくなりつつある半導体業界で、metaRAMはそんなビジネス・モデルを考えているのか? 「まゆにツバつけながら」リリースを読んでみた。

 この会社の経営陣は立派なキャリアの人ばかりで、リリースにコメントを寄せているキャピタリスト側も有名人である。まずは、そんなところに「箔」を付けているのが、かえって怪しく感じられてしまう。「怪しいなぁ」と思って読んでいるせいだろうか?

 まず分かったのは、技術を売ってライセンス料をふんだくる、といったビジネス・モデルではなさそうということだ。何と正攻法で「チップ」を売ってもうけるつもりのようである。その心意気はよしとしよう。そのうえ、一応、製品ができているみたいではないか。ベンチャーにありがちな「ペーパータイガー(張り子の虎:外見はよさそうに見えても、中身のないこと)」ではなさそうだ。ちゃんとメモリ・モジュールの写真も載っている。でも写真くらいじゃだまされない。

 端的にいってしまえば、メモリ・モジュールの容量を4倍に「見せかける」チップセットを作った、ということなのである。メモリ・チップ自体は汎用品である。そして個数でいえばメモリ・チップそのものは、「1個」でなく、「4個」載っているのである。ここには手品も魔法も何もないのだ。4倍といっても、実際にメモリ・チップを4倍積んでいるのである。メモリ・モジュール自体も「普通の」インターフェイスである。

MetaSDRAMを採用したレジスタードDIMM MetaSDRAMを採用したレジスタードDIMM
MetaSDRAMを採用することで、1枚のメモリ・モジュールで8Gbytes/16Gbytesの容量を実現できるという(現行のレジスタードDIMM容量は4Gbytesが上限)。ただしメモリ・チップ自体は、8Gbytes/16Gbytes分を実装する必要があるので、ここには手品や仕掛けは何もない。

 「話せば分かる」ではなく「差せば動く」カードなのである。サーバのマザーボードを変えなくても、メモリ・スロットに差し込むだけのことだ。Rambus DRAM(RDRAM)やシンクロナスDRAM(SDRAM)が出始めたころ、それまでのメモリ・モジュールと互換性がなかったことが、普及の大きな障壁になったのとは段違いなのである。メモリにもメモリ・スロットにも何ら変更はいらないので、障壁といえるような障壁はない。しかし、そんなもののどこが素晴らしいのか? リリースを読んでいてだんだんと分かってきた。

SDRAMの世代格差を埋める技術?

 ちなみに、この会社がターゲットにしているのは、Intel XeonもしくはAMD Opteron搭載のサーバやワークステーションであって、筆者が愛用しているような「廉価な」ノートPCが相手ではないことを断っておく。もともとマザーボードの搭載可能容量の上限までメモリを積んでしまっているのだけれど、それでも「まだメモリを搭載したい」というような「メモリ・ハングリー」なマシン向けである。正確な統計などは知らないが、メモリのかなりな部分はラックマウントに収まったサーバなどにのみ込まれているはずなので、取りあえずビジネス・ボリュームとしてならば狙いは悪くない。

 この会社のいい分を要約すれば、「プロセッサ・パワーは18カ月ごとに2倍になる。しかしメモリは36カ月ごとに2倍である。そのギャップを埋める」と。確かに、メモリの世代交代が、なかなかプロセッサの世代交代に追い付けていないのは事実である。それはプロセッサの世代交代というよりも、コンピュータにかかる「負荷」といった方が正しいのかもしれないが……。

 まだ新世代の容量のSDRAMが出ず、現世代の容量のSDRAMしかないときに、metaSDRAMという一種のチップセットを噛ませることで、現世代の容量のSDRAMを組み合わせて、さも「新世代」の容量のSDRAMがあるかのごとくに見せかける、というのがアイデアの中心である。「だったら、現世代のSDRAMをいっぱい並べれば同じだろう」と考える人もいるかもしれない。しかし、それはけっこう難しいのだ。

 筆者の若いころならば、メモリ・チップをごちゃまんと載せた巨大なメモリ・ボード(それでいて「1Mbytes」の「巨大な」メインメモリだったりしたが……)も作れたのだが、最近の高速なメモリ・バスにはそんな数のメモリをぶら下げることなどできない。速度を落とさずに1つのメモリ・コントローラと接続できるメモリ・チップの数には限りがあるのだ。だから、そのときに入手可能な最大容量のメモリ・チップを搭載したモジュールをスロットの限界まで積んでしまうと、新しい世代のメモリ・チップを搭載した新しい世代のメモリ・モジュールが出てこない限り、それ以上のメモリ容量に拡張することはとても難しい。

 ある意味、metaSDRAMというのは、メモリ・コントローラの階層サブシステムであるようだ。1つのメインメモリ・コントローラに直接SDRAMを接続したのでは、メモリ・チップの接続可能数に限界が存在する。そこで、メインメモリ・コントローラにはメモリ・チップに見え、メモリ・チップに対してはコントローラとして動作する、metaSDRAMというチップセットを介在させることで、チップ数の「壁」を打破するのである。

「しかし、結局のところ、すき間商売なのか?」


 単純に考えれば、新世代のSDRAMが登場してしまえば、ビット単価からいってもわざわざこのような機構を使うメリットはない。世代と世代のまさに「隙間商売」にも思える。けれども、この会社のいい分をそのままうのみにすれば、その「すき間」は埋まることはなく、どんどん広がっていくはずなのである。そうすると「すき間」などとはいっていられなくなる。そして、この分野で50件もの特許を持ち、技術を誇るmetaRAMは万々歳、というシナリオである。うーむ、なかなか面白いところに目を付けたものだ。

 このシナリオが本当ならメインストリームに化けるのは間違いない。しかし、本当に本当かなぁ、いま1つ「マユツバ」感をふっしょくできない。でも資料を読んでいると確かにそんな気もしてくるのだ。それに、電力管理機能による低消費電力化を実現するなど、いろいろな小細工も施しており、なかなか面白いチップセットに仕上がっている。その上、会社の名前からはメモリを作っているように思えるが、この会社のチップセットは、メモリ・モジュールの上に載る制御チップであってメモリではない。よって、ファブレス企業でも十分「製造可能」「販売可能」な製品である。

 すでにいくつかのメモリ・メーカーやメモリ・モジュール・メーカーから、metaRAMのチップセットを載せたメモリ・モジュールのサンプルが手に入るそうである(Hynix Semiconductorのニュースリリース「Hynix Introduces 2-Rank 8GB DDR2 RDIMM」)。また、一部のサーバ・ベンダも採用するようだ。そうやって、すでに物があり、チップ商売しようというのであるから、彼らの見込みどおりにいくかどうかは、そう遠くないうちに結果が出るだろう。うまくいったら「マユツバ」という先の発言は取り消さなければならないが。まぁ、筆者が使っているような「廉価品」のノートPCが採用するソリューションになることはないだろうけど。

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筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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