2010年、本当にプロバイダビジネスは崩壊するのか?ものになるモノ、ならないモノ(28)

800社以上ある「インターネット接続事業者」としてのプロバイダの事業存続を左右する2010年問題とは何か? 生き残りの道はあるのか?

» 2008年10月28日 10時00分 公開
[山崎潤一郎@IT]
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いま、そこにある「2010年問題」という危機

 2010年から2011年にかけてインターネットを含む日本のインターネットは激動の荒波を乗り越えなくてはならない。特に、次に挙げる3つの問題は、日本に800社以上ある「インターネット接続事業者」としてのプロバイダの事業存続をも左右する火種を抱えている。

問題その1「IPv4アドレスの枯渇」

 2010年の後半から11年にかけて割り当てが可能なIPv4アドレスの空きがなくなり、途上国や新規事業、新規ユーザーへの新規アドレスの割り当てが不可能になるという問題だ。

 新規アドレスの割り当てができなくても、現在割り当てられたIPv4アドレスをNATで節約して利用することで、現在のネットが停止してしまうような事態にはなりにくい。ただ、新規事業や新規ユーザーの参入が制限されるようなことになると新陳代謝の波が衰え、ネットの成長が鈍化することもあり得る。

 特に、発展が著しいモバイル業界は、この問題と真に向き合わざるを得ない。IPを前提としたWiMAXやスーパー3G(=LTE)の登場でケータイが“真のインターネットマシン”となり、クラウド系のサービスやアプリケーションが“雲の上”から降ってくるようになると、現在のキャリア網とインターネットの接続点でIPアドレスと固有の端末IDを変換する方法では、いずれ立ち行かなくなると見られているからだ。

 日本は早い段階からこの問題への危機感を募らせアクションを起こしてきた。総務省が今年の4月にまとめた「インターネットの円滑なIPv6移行に関する調査研究会」の報告書には、この問題の現状と今後の対応策が示されているので、ぜひご覧いただきたい。

 報告書では国是として、「始めにIPv6ありき」で論が展開されているのは仕方がないとして、サービス、ネットワーク、ユーザーの各レイヤで、それぞれのアクションプランを立てて「枯渇前期」「枯渇初期」「枯渇中期」と3つの期間を経てIPv4からIPv6へ移行するとしている。そうなると、プロバイダにもIPv6への対応と移行が迫られることになる。

問題その2「NGNの本格運用開始」

 NGNは、NTTが構築中の次世代ネットワーク。プロバイダ側から見たNGNを端的に表すと――NTTが、IPv6を導入して構築しようとしている一昔前のパソコン通信のような閉域網――となる。

 NTTはご存じのように、地域通信をほぼ独占していて、33.7%の株を財務大臣(=日本国)が保有する国内通信のガリバーだ。

 閉域網であれば完全に閉じたままで運用してくれればいいのだが、NTTは、これを次世代のインターネットと位置付けているフシがあり、問題3の「NTTの再々編議論」と絡んで、電話などの独自サービスと同列にインターネット接続を提供したいという思惑があるから話がややこしくなる。これにより、後述する理由でプロバイダとの間でガチンコのせめぎ合いが勃発する。

問題その3「NTTの再々編議論」

 竹中平蔵総務大臣(当時)の肝いりで開催された「通信・放送の在り方に関する懇談会」(竹中懇)が、2010年にNTTの再々編を議論すると提言した。そこには、NTT各グループの資本分離を断行する見返りとして、現在NTT法(日本電信電話株式会社法)で規制され、プロバイダの専売特許となっているネット接続事業を、NTT東西に開放するという、アメとムチの提言が盛り込まれている。物理的な回線を所有する“持てる者”であるNTT東西が、ネット接続事業にまで進出するとプロバイダの出る幕はなくなる。

 これら3つの問題が複雑に絡み合うことで、プロバイダの存在意義が問われようとしているのだ。

マルチプレフィクス問題でプロバイダの存在意義がなくなる

 そんな中、まず浮上するのは、NGNとIPv6に絡んだ「マルチプレフィクス」という難題。IPv6時代になると、NTT東西は、電話、地上デジタル放送の再送信、ネット接続、そのほか、独自サービスなど、あらゆる通信サービスをIPに統合しNGNだけで提供する予定だ。NTTのユーザーはNGNを利用することになる。

 プロバイダがIPv6に移行・対応した場合、NGNを利用しているユーザーに対し、NGN側とプロバイダ側の双方のネットワークから、IPv6アドレスが与えられる。そうなると、閉域網のNGNが発行するIPv6アドレスで、インターネット側のサイトやサービスにアクセスしてしまうなど、つながらないケースが発生しうるのだ。

 実は、現行Bフレッツにも「フレッツ・ドットネット」のようなIPv6を利用したサービスがあり、契約ユーザーには、NTT側(IPv6)とプロバイダ側(IPv4)の双方からIPアドレスが発行されるのだが、IPv6とIPv4は互換性がないため“たまたま”共存が可能となっている。まあ、不幸中の幸いというべきか……。

 話を戻そう。プロバイダ側は、「マルチプレフィクス」への対応として、図1の左図にあるように、宅内のホームゲートウェイ(HGW)まで仮想のトンネルを構築し、HGW内のNAT機能を利用することで、NGNのIPv6とプロバイダのIPv6の両方の接続を共存させる「トンネル方式」を提案しNTTと協議を開始した。

 だが、これには、トンネル構築やNAT機能搭載で複雑化するHGWの開発などのコストは誰がどのような形で負担するのかというような、乗り越えなければならない問題が山積する。

図1 NGNのIPv6とプロバイダのIPv6の両方の接続を共存させる「トンネル方式」(左)とNGNのIPv6のみのネイティブ方式(右) 図1 NGNのIPv6とプロバイダのIPv6の両方の接続を共存させる「トンネル方式」(左)とNGNのIPv6のみのネイティブ方式(右)

 その一方で、図1右図にあるようにユーザーにNGNからのIPv6アドレスだけを割り当てる「ネイティブ方式」という案もある。この方式が「技術的にもコスト的にもスッキリとして簡単な解決策」(大手ベンダ技術幹部)なのだが、そうなると、インターネット接続事業者としてのプロバイダの存在意義が問われることになる。「ネイティブ方式」だと、ユーザーはNGN経由でそのままインターネットに出て行くことができる。プロバイダなど不要だ。

 ここで絡んでくるのが、問題その3「NTTの再々編議論」だ。現状NTT東西による回線事業とプロバイダによるネット接続事業が分業化されているのは、NTT法により東西地域会社の事業が制限されているためだ。

 もちろん、現行のNTT法に照らすと、NTT東西はネット接続事業を提供することが許されていない。仮にNTT法が現行のままだとすると、ネット接続事業は、依然としてプロバイダが提供する分業体制を維持しなければならない。

 しかし、前述のように「竹中懇」がネット接続事業をNTT東西に開放する提言を盛り込んだため、NTTの中には「NGNの本格運用を機に業務を拡大したい」という思惑が働くであろう。そうなると、NTTとしては、プロバイダを不要にしてしまう「ネイティブ方式」が望ましいというベクトルに考えが向く。

日本プロバイダ協会副会長・立石聡明氏 日本プロバイダ協会副会長・立石聡明氏

 存在意義を問われる事態だけに、プロバイダ側にも以前より問題意識はある。しかし、「マルチプレフィクスの問題は、2年以上前から総務省の勉強会などで事有るごとに言及してきたが、なかなか理解を示してくれなかった」(日本プロバイダ協会副会長・立石聡明氏)と不満を漏らす。

 また、あるプロバイダ関係者は「NTT側も、この問題が顕在化することは、NGN構築当初から理解していたはず。始めからネイティブ方式ありきだったのでは」と疑念をぬぐい切れない様子。

 NGNの本格運用開始後も「各プロバイダが独自性のある接続サービスを継続することこそが、ユーザーの選択肢を広げ、長期的な観点でユーザー利益につながる」(立石氏)とし、プロバイダ協会(JAIPA)としては、NTTはもちろん、機器ベンダや通信事業者とも「トンネル方式」の実現に向けて協議を進めるとしている。

 しかし、インターネット接続環境の変化がプロバイダを不要としているのもまた事実。「先進国で回線と接続事業が分離しているのは日本だけ」(立石氏)という状況の中、業界内にもプロバイダ不要論は根強い。

 ダイヤルアップの時代は、電話回線を提供するNTTがあり、その上のレイヤでユーザーからのダイヤル発信のモデムを用意して受ける「プロバイダ」というネット接続事業は存在意義があった。

 しかし、常時接続のブロードバンドが普及したいま、回線と接続を分業にするのは「合理的ではない」(業界関係者)面があるのも事実。あるプロバイダ関係者は「総務省の中にもプロバイダ不要論はある」といい、「プロバイダは3社程度あれば十分」(総務省幹部)という意見すら聞こえてくる。

 とはいうものの、多種多様な価値観を持ったプロバイダの存在という状態を経験してしまったいまとなっては、電電公社時代の黒電話ではあるまいし、NTTによるインターネット接続の独占など想像できない。

 それに、回線と接続事業が分離した分業体制が日本の通信事業の特徴であるなら、それはそれで、インターネットの文化に寄り添った「自律・分散・協調」型の“好ましい”構造と見ることもでき、「世界の潮流に逆らっても大切にしたい」という思いもわき上がる。

 「先のフィルタリング法案の議論を思い出してほしい、もし、NTT独占になると政府や官憲がその気になれば、簡単にネット検閲できてしまう」(立石氏)と警鐘を鳴らす。NGNは、政府が3割以上の株式を保有(現時点)するNTTが運営する接続事業だけに、日本のインターネットが、中国のような国家管理体制下に置かれてしまう危険性もあるわけだ。

プロバイダが生き残る道はこれだ!

 1995年に個人向けプロバイダのリムネットが創業した当時、待っていましたとばかりに加入し、その後、ライターとして書籍やネット雑誌の執筆でプロバイダと深くかかわってきた筆者としては、プロバイダという存在には思い入れが深い。だから今回の問題を乗り越えてプロバイダという事業形態が2010年以後も存続してほしいと願っている。

 ただ、その一方で、常時接続の普及という環境の変化がその存在を否定する現実に逆らってまで、いまの事業形態を残すことが、長期スパンで見て本当に正しいのか、と自問する。ユーザー、通信業界、国際競争力などの視点から見た場合、プロバイダ自身も環境変化に合わせて変わらなければいけないのではなかろうか。

 米国大統領候補のオバマではないが、プロバイダが「Change」する道はあるのか。つまり、接続事業からの脱却だ。そんな疑問を立石氏にぶつけてみた。「中小のプロバイダで接続事業だけに依存して運営しているところはほとんどない。むしろ、地域に密着し、ホスティング、コンテンツ制作、SIer事業が売上の中心で、接続事業は付加サービス的なもの」(立石氏)という。であるならば、中小プロバイダにとって、接続事業が奪われること自体、死活問題ではなさそうだ。

 その一方で、大手のプロバイダにとって接続料収入は、売上の大切な柱である。So-netを運営するソネットエンタテインメントの2009年3月期第1四半期の決算では、売上のうち7割弱が接続事業からのものだ。プロバイダの存在意義の議論は、大手プロバイダのビジネスに直結したものなのだ。

 ただ、プロバイダも一枚岩ではない。「NGN発展の邪魔になるなら、旧電電ファミリー系のある大手電機メーカーは自社が運営するプロバイダ事業をつぶしてもいいと思っている」(あるプロバイダ関係者)という大胆な意見もある。自社の通信機器がNGNの構築に採用されるなら、プロバイダ事業よりも多くの利益が見込めるためだという。

 では、大手プロバイダが接続事業から脱却することは可能なのだろうか。ヒントはある。総務省が2008年の2月から開催している「通信プラットフォーム研究会」だ。この研究会では、ネットワークレイヤとコンテンツサービスレイヤの間に位置し、各事業者が抱え込んでいる「通信プラットフォームレイヤ」をオープンなものにするための議論が行われている。

 先ごろ公表された報告書(案)には、通信プラットフォームの中で重要な機能である、各事業者の認証・課金機能を有機的に連携させることで「認証・課金基盤」を構築する構想が描かれている。

 そこでは、既存事業者の認証・課金機能の連携だけでなく、新たにファイナンス系事業者からのこの分野への参入なども議論されている。図2は「認証・課金基盤」のイメージだ。

図2 端末、キャリアの垣根を超えたシームレスなログイン環境の実現 図2 端末、キャリアの垣根を超えたシームレスなログイン環境の実現

 各通信事業者がオープンにした認証・課金機能のプラットフォームだけでなく、新規参入のMVNOやファイナンス系企業の認証・課金機能プラットフォームが、互いに連携することで、ユーザーに、端末、キャリア=伝送路の枠を超えたシームレスなログイン、決済環境を提供しよう、というものだ。

 筆者は、大手プロバイダの最大の資産は、「ブランド」と「メールアドレス」にあると思っている。これによりすでに多くのユーザーの囲い込みを実現している。であるなら、その資産を最大限生かして、認証・課金基盤を利用したり、あるいは、自らここに参入したりすることで、上位のコンテンツアプリケーションレイヤからのトランザクションで稼ぐ方法もあるだろう。

 ケータイ、パソコン、IPテレビといった複数の端末、そして、ケータイ、NGN、インターネットという複数のキャリア=伝送路の末端にいるユーザーが利用するコンテンツ、アプリケーション、サービスから、横断的に、いつでもどこでも、広く薄く稼ぐのだ。認証・課金基盤は、このような新しい事業形態の絵を描くことを可能にしている。

 今後、アプリケーションやサービスのクラウド化が進行するのは必至だ。そうなると、あらゆる端末――ケータイやパソコンだけでなく、カーナビ、情報家電など通信機能を搭載したユビキタス端末なども含む――に向けて、多種多様なサービスが“雲の上”から降り注ぐようになる。

 そのような複数のクラウド系事業者のサービスを、ユーザーの好み、生活形態、利用端末などに合わせてパッケージ化することで、クラウド事業者とレベニューを分け合うモデルを構築することができないだろうか。

 既存の事業形態を死守し事業を存続される努力はプロバイダとして当然のことだろう。しかし、それだけでは発展性がない。通信を取り巻く環境変化に対応し、新しい道を模索することも大切なのだ。

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著者紹介

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山崎潤一郎

音楽制作業に従事する傍ら、IT系のライターもこなす蟹座のO型。自身が主宰する音楽レーベルのサイト「インサイドアウト」もよろしくお願いします。最新刊『ケータイ料金は半額になる!』も好評発売中。著者ブログ 「家を建てよう」


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