連載
» 2009年03月16日 00時00分 公開

エンジニアも知っておきたいキャリア理論入門(10):自分の価値観でキャリアをつくるスローキャリア論 (1/2)

本連載は、さまざまなキャリア理論を紹介する。何のため? もちろんあなたのエンジニア人生を豊かにするために。キャリア理論には、現在のところすべての理論を統一するような大統一理論は存在しない。あなたに適した、納得できる理論を適用して、人生を設計してみようではないか。

[松尾順,シャープマインド]

 今回は、がむしゃらに高い報酬や出世を目指すのではなく、むしろ自分の価値観でキャリアづくりをしたいと考えている方に役立つ理論「スローキャリア」をご紹介しましょう。

 スローキャリアという語感から、「のんびりとマイペースで仕事をすることかな?」というイメージを持たれるかもしれません。しかし、そうではありません。「社会人ならトップを目指すべきだ!」といった社会・企業の一般的な通念や価値観にいたずらに振り回されず、仕事やキャリアを自律的に考え、つくっていく気概を持つことを指します。仕事に前向きに挑戦し、やりがいのある仕事、充実した人生を送るための処方せん、それがスローキャリアです。

 スローキャリア論の提唱者は、現在、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 教授の高橋俊介氏です。わたしは過去10年ほど毎年1〜2回、各種講演・セミナーなどを聴講しています。高橋氏は、キャリアについて常に斬新な切り口を提示してくれる、日本を代表するキャリア研究者の1人です。

成功するキャリア vs. 幸せなキャリア

 高橋氏が理想とするキャリアは、「幸せなキャリア」。働く人1人1人が「この仕事をやっていて自分は幸せだ、毎日が充実している」と感じられるようなキャリアです。ここには「他人と比べて自分がどうか?」という視点はありません。

 この対極にあるのが「成功するキャリア」です。一般的な「成功」とは、より高い収入、より高い地位を手にすることですね。これは、端的には他人との競争によって得られるものです。勝てば成功、負ければ失敗……。勝ち組はさておき、負け組はうなだれた毎日を過ごすことになるでしょう。

 従来、多くの人が上記のような「社会的な成功」を目指して脇目もふらず働いてきました。いわゆる、「上昇志向」の持ち主だったというわけです。しかし、たとえ「大金持ち」あるいは「社長」といった成功目標に到達したからといって、必ずしも幸せになれるとは限りません。幸せは、お金や地位だけで決まるものではないからです。

 さらに昨今見られる傾向として、金銭的、地位的な成功に以前ほど魅力を感じなくなってきている人が増えているように思います。「生活を維持するための相応の稼ぎは必要。自己裁量が広がるという意味で出世もしたい。けれど、もっと大事なことは、悔いのない人生を送ることだ」と考えている人が多くなっている気がします。

 日本はいま、厳しい経済環境にありますが、それでも十分に恵まれ、安定した社会にわたしたちは生きています。そんな時代だからこそ、高度成長期に主流だった上昇志向、「キャリアアップ・キャリアダウン」、あるいは「勝ち組・負け組」といった言葉が使われる「成功するキャリア」ではなく、「幸せなキャリア」を追求するスローキャリア論に共感を覚える方が多いのではないでしょうか。

スローキャリアの7つのポリシー

 高橋氏はスローキャリアを目指すうえで重要なポリシーを7つ挙げています。

●1.自分の価値観へのこだわり

 自分は、「どんなことでやる気がでるのか」(動機)、「何を大事にしたいと考えているのか」(価値観)といったことを意識して、仕事、キャリアに取り組む。

●2.変化への柔軟な対応と経験からの学習

 変化の激しい現代、特定の職種や専門性、自分の現時点での興味・関心にあまりとらわれず、新しいことにチャレンジする。失敗から積極的に学び、自分の価値観が学びを通じて変わってしまうことを恐れない。

●3.個性あるキャリア

 出世、収入、会社のブランドといった外的な物差しや数字でキャリアを考えない。仕事の質を重視し、自分だからこそできる仕事、自分だからこそつくれるキャリアを目指す。

●4.人生のフェイズによる使い分け

 長い人生のキャリアの中には、とことん仕事に打ち込み、プライベートの時間がほとんど取れないあるかもしれない。逆に、親の介護などによって、仕事よりもプライベートに多くの時間を割かなければならない時期もあるかもしれない。一時的にバランスを欠く時期があってもよい。長い目で見て充実したキャリア・人生となるように、人生のフェイズごとにメリハリをつける方がトータルでは満足のゆくキャリアになるのではないか。

●5.損益分岐点の低い生活スタイル

 たまたま収入が増えたからといって、生活水準を上げすぎてしまうとなかなか元に戻せなくなる。生活の損益分岐点が高いと、その生活を維持するために仕事を選ばざるを得なくなる。収入のためにやりたい仕事をあきらめなくてもいいように、生活の中の固定費(家賃など)を普段から抑えるようにする。ただし、変動費(例えば旅行)は、収入が増えたら自分へのご褒美という意味でも極力確保した方がいい。

●6.組織と対等で潔い関係

 所属している会社との関係において、貸し借りをつくらない、過度に依存しない、逆に食い物にしない(ぶらさがらない)ということ。会社をキャリアアップの踏み台にするのではなく、給料以上の貢献をし続ける誇りを持つ。そうすれば、転職した後でも前の会社の人脈がそのまま財産となって残る。

●7.スローキャリア社会の実現

 上昇志向ではなく、幸せなキャリアを追求するスローキャリアという働き方が認知され、スローキャリアの人々が住みやすい社会を自分たちでつくっていくのだという意識を持つ。スローキャリアを認め実践している企業の株を買ったり、その企業の商品や店を利用する。一消費者、一投資家として、スローキャリア社会の実現を考えて行動する。

キャリアコンピタンシー

 「キャリアを切り開く秘密は、実は日常の仕事におけるプロセスの中にある」というのが高橋氏の主張です。つまり、毎日の仕事において「どのように考え、行動するか」、すなわち「思考・行動特性」が重要だということです。

 5年、10年先のキャリアの目標達成のためにきっちり計画を立てて行動するというよりも、日々の仕事を大切にした結果を振り返ってみたら、キャリアができていたという思考・行動のことを高橋氏は、キャリアコンピタンシーと呼んでいます。

 従って、キャリアコンピタンシーとは、 「充実した、やりがいのあるキャリアにつながる毎日の思考・行動特性」(キャリア開発行動)といえるでしょう。

 では、キャリアコンピタンシーとは、具体的にはどのような思考・行動パターンでしょうか。高橋氏が所属している慶應義塾大学の「キャリア・リソース・ラボラトリ」(CRL)が実施した日本のビジネスパーソン2400人の調査結果によれば、仕事のやりがいや充実度との関連性の高い思考・行動パターンには、大きくは次の3種類あることが分かっています。

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