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» 2009年05月27日 00時00分 公開

特集:運動で変わるシゴトとカラダ(3):脳科学で解明:運動は記憶力と創造力に効果あり (1/2)

特集第2回では、社会問題や国際社会、海外エグゼクティブの事例をとおして、体を鍛えることの社会的意義をお伝えした。第3回は、もう少し具体的に、運動がITエンジニアの仕事や健康にどう役に立つのか、運動しているITエンジニアや一般のビジネスパーソンの事例を基に、科学的に考えてみたい。

[荒井亜子,@IT自分戦略研究所]

 プールで泳いでいるとき、ランニングをしているとき、サーフィンで波を待っている時間、ジムでベンチプレスを持ち上げているとき……。無心に運動に打ち込んでいると、ふいにアイデアが浮かんできたり、閃(ひらめ)いたりした経験はないだろうか? また、運動をすると、頭や気分がスッキリするのはなぜだろう。

 第3回は、運動が仕事や健康にどのような効果をもたらすのかを、脳科学の知見や専門家の意見を基に考える。

 第2回で登場したパーソナルトレーナー 肥塚隆裕氏がトレーニング指導している人の中には、体を鍛えることで仕事の成果を上げている人が多くいるという。以下で紹介するAさんもその1人だ。

事例:ステップマシンの上で政策を練るキャリア官僚

 Aさんは、霞ヶ関の某省庁でキャリア官僚として働く40代半ばの男性だ。平日は決まって毎朝7時にスポーツクラブに訪れ、ステップマシンを使った軽めの有酸素運動をする。

 このAさんの驚くべき点は、ステップマシンに乗りながら、必ず仕事関係の本や資料を台に置いて読んでいることだ。これを10年以上続けている。

  「本や資料はステップマシンの上で読むのが一番頭に入り、さらに企画のアイデアが浮かぶ」のだという。Aさんは平日朝だけでなく、多いときは昼休み、夕方もスポーツクラブに来る。昼休みの場合は、11時過ぎから13時半くらいまでスポーツクラブに居続ける。

  Aさんは一体、いつ仕事をしているのか? と思ってしまうが、逆にAさんはスポーツクラブにいる間中ステップマシンに乗って仕事をしている。運動をしながら仕事をしているのだ。


Aさんの事例を脳科学的に分析

早稲田大学 スポーツ科学部 教授 内田直(うちだすなお)氏。脳機能と運動に関する研究、生体リズムの調整をスポーツコンディションに応用する研究をしている。著書『好きになる睡眠医学』 早稲田大学 スポーツ科学部 教授 内田直(うちだすなお)氏。脳機能と運動に関する研究、生体リズムの調整をスポーツコンディションに応用する研究をしている。著書『好きになる睡眠医学

 Aさんが自己分析するように、運動によって創造力や記憶力は上昇するのだろうか? 脳と運動の関係について研究している、早稲田大学 スポーツ科学部 教授 内田直氏の見解はこうだ。

 「『運動中の認知課題』の研究では、ある刺激に対し、判断する課題を与えたとき、適度な運動をしているときの方がしていないときよりも反応がいいという結果が出ています。例えば、自転車をこぎながらコンピュータ画面に出てくる問題を解くという課題をやらせると、ただ座って課題をやらせるよりも成績がいいという研究報告があります」

 Aさんは適度な有酸素運動をしながら頭を使っている。デスクでじっと作業をするよりも脳の活性化に効果があるようだ。

運動には「急性」と「慢性」がある

 運動と脳機能の関係は、「急性」と「慢性」という2つの視点で考えられる。「急性」では運動しているときの脳機能の状態を、「慢性」では運動習慣を持っている人(毎朝ランニングをしている、週4日スポーツクラブに通っているなど)と、運動習慣を持っていない人(運動をほとんどしない人)の脳機能の違いが問題になる。

 「Aさんは、運動しながら学習している点と、10年続けているという点で、『急性』と『慢性』両方の運動効果を得ているといえます」(内田氏)

運動はうつ病に効く

 内田氏によると「運動は脳の覚醒レベルを上昇させる」そうだ。では、『急性』と『慢性』では、脳機能にどのような覚醒をもたらすのか。「『急性』では、運動最中は、脳の反応時間や認知機能が改善するという効果が知られています」(内田氏)。逆に、じっとしていると頭はボーっとする。長時間の会議でアイデアに煮詰まるのがそれだ。

 一方、『慢性』がもたらす覚醒の働きは、運動が気分を向上させることだという。ここでいう気分とは、うつ病や躁うつ病といった気分障害のことである。

 「『うつ病評価スケール』という質問紙があります。『将来への希望が持てない』『自分はダメな人間だと思う』『時に物悲しくなる』『朝と夜では朝の方がつらい』といった気分調査票に丸を付けてもらうのです。すると、運動習慣がある人の方がない人より気分が高揚しているという結果が出ました」

 しかし、これは運動する人の方が気分が高揚しているから運動しやすいともいえる。つまり、運動が気分にいい影響を与えるのではなく、気分のいい人は運動するタイプだということではないだろうか。

 これについて内田氏は「普段運動していない人の気分を調査し、次に同じ人に半年間運動してもらい気分がどう変化したかを調査した研究があります。そこでも、運動していた期間の方が気分が高揚していたのです。この結果から、明らかに、運動そのものが気分の高揚に直接的影響をもたらしていると分かります」と説明する。

 また内田氏は、うつ病患者に運動療法を行った結果、薬物投与とほぼ同等の治療効果が出た研究報告についても言及した。

 これらは、うつ病評価スケールを使って症状のレベルで判断した結果だが、運動が脳内物質の分泌量において変化をもたらすという研究報告がある。

 うつ病の原因は、脳内伝達物質「セロトニン」の欠乏といわれる(*1)。セロトニンは精神安定剤とよく似た分子構造を持ち、興奮や不快感を鎮める作用がある。規則正しいリズム運動や、日光に当たることで活性化する。

(*1)参考:『脳は「歩いて」鍛えなさい』(大島清著)、『セロトニントレーニング』(有田秀穂著)


 「ダンスやランニングのようなリズミックな動きをすると、脳内のセロトニンレベルが上昇し、気分が高揚するという研究報告があります」(内田氏)。

 運動にはリズミックな要素が多い。つまり、慢性(習慣)的に運動をしている人はうつ病にかかりにくくなるといえる。

運動を習慣化すると、24時間のリズムがはっきりする

 内田氏は、「習慣的に運動することが健康科学的には重要です。運動習慣を持つということは、24時間のリズムをはっきりさせる効果があります」と述べる。運動することで、起きている時間にしっかり覚醒し、寝ているときはしっかり休むというメリハリが付く。それがクオリティライフの向上につながるという。睡眠の質も上がるため、比較的短時間の睡眠でも目覚めがよくなるという結果が出ている。

 「起きている時間の覚醒レベルが上がれば集中力や気分が向上するため、仕事をしていて気分がよく、やりがいがあったと満足できます。仕事に対して前向きにもなれるでしょう」(内田氏)。事例のAさんも、早朝から運動し、起きている時間の覚醒レベルを上げている。運動することで脳が活性化すれば、Aさんのように創造力や記憶力が上がる可能性もあるのだ。

 ちなみに運動を習慣化するなら、「週4日はやった方がいい」(内田氏)とのことだ。

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