第109回 シリコン・バレーはいまやグリーン・バレー?頭脳放談

シリコンバレーと呼ばれてIT企業が集中していたカリフォルニア州サンノゼ周辺。しかしIT企業は環境事業へシフトし、グリーンバレーへと。

» 2009年06月24日 05時00分 公開
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 日本では株価がようやく持ち直し、少しだけ明るい兆しが見えてきたが、なかなか「新しいもの」に手をつける雰囲気にはなり切れていない。ところが、今回の恐慌の震源地である米国では、自動車の問題で苦闘する中西部をしり目に、シリコン・バレー周辺では、ベンチャーも大企業も一気に走り出している感じである。

シリコン・バレーは環境ビジネス一色?

  いまや「シリコン・バレー」改め「グリーン・バレー」なのだそうである。地下で流れていたものが、オバマ(Barack Hussein Obama, Jr)大統領が就任して一気に噴出した感じで、「環境ビジネス」「エネルギー・ビジネス」分野に参入が相次いでいる。猫も杓子もという雰囲気がしないでもないし、「環境」とか「エネルギー」とかをビジネスのターゲットにしないと市場から見放されてしまう、という強迫観念さえも感じられる。Google、Oracle、Cisco SystemsといったIT系の大企業も、Intelのような半導体の巨人もみんな、同じ方向に向かっている。確かに巨大な新市場が開ける期待がある。

 何で、IT系が「環境」や「エネルギー」でビック・ビジネスを見込んでいるかということについて、イマイチ分かっていない人向けに注釈しておく。いまや「エネルギー」の流れに「情報」の流れも乗ってくることが不可避になってきてしまったのだ。といって電力線伝送の話ではない。スマート・グリッドという概念に代表される新たな「エネルギー・インフラ」においてである。

 従来、「系統」と呼ばれてきた送電線網、配電線網は基本的に上流から下流にエネルギーを流し込むための巨大で精密に制御されたシステムであり、配電線の先に分散型の電源が多数ぶらさがるようなことは想定していない。それがいまや、太陽電池のような「素性の悪い(電力が変動する)」電源が多数ぶらさがってしまうような事態が目の前に迫っているのだ。これをうまくコントロールしないことには「環境対策」や「エネルギー対策」どころか、既存の「系統」が不安定化して手に負えなくなってしまう。インフラの刷新が必要なのだ。

 そこで、従来は単なるエネルギーの流れであって、せいぜい電力料金の課金のために積算情報を取る程度のものであったものを、リアルタイムでモニタし、コントロールすることが必須になってきている。さらにいえば、負荷となる多数の装置(例えばクーラー)などをうまく制御することで全体としての消費電力を低減することもできそうなのだ。電力を減らせれば、料金が減るという「具体的な」メリットも出てくる。そのためには実時間で膨大な情報を処理する必要がある。そこに、Google、Oracle、Cisco Systemsなど名だたる企業がビジネスできる余地が生まれる訳だ。

 そのうえGoogleなどは、ばく大な数のコンピュータを有しており、巨大な電力消費者でもある。IEEE Computer誌の2008年8月号「Some Computer Science Issues in Creating a Sustainable World」の記事によると、世界中のデータセンター、PC、ネットワーク機器が消費する電力を換算すると、ニカラグア+イラン+ポーランドの3カ国に相当するCO2を排出しており、それは2007年時点の全世界排出量の2%に相当するとある。IT業界は、自分たち自身がCO2削減を迫られる「ビック・ユーザー」でもあるのだ。

 しかし、そういう「上から目線」でビック・ビジネスを創出できそうな企業は限られる。かといってテスラ・モータース(Tesla Motors)のように、「電気自動車(EV)」のような注目の分野に手を出すのは普通のエレクトロニクス、IT系の企業には難しいだろう。

太陽電池そのものではなく周辺装置という手がある

 ほかに手はないのだろうか、と思っていたら、そこは「グリーン・バレー」、うまく行くかどうかは分からないが、「お手本」になりそうなアプローチがあったのだ。半導体業界の老舗中の老舗、National Semiconductor(以下、ナショセミ)が「太陽電池ビジネス」に参入していた。実のところ「バルク太陽電池」は「バルク・シリコン」と製造技術的には一緒だ。つまり半導体業界にとってはなじみのある世界なのだ。とはいえ、競争は激しく技術蓄積が必要だから、発展途上国ではやったようなターン・キー(製造ラインを一括で購入して製造を行う手法)で参入というような安直な方法ではうまく行かないことは目に見えている。

 そこでナショセミが選んだのは、既存の太陽電池パネルの効率を上げる周辺装置を開発して売る、というアプローチである。ブランド名はSolarMagicだ(SolarMagicについては、SolarMagicのホームページを参照のこと)。米国のホームページを見れば、消費者向け、あるいは、太陽電池パネルの工事業者向けのページなどもあり、「末端から」浸透するつもりの戦略のようだ。既存の電池パネルの効率が10%、影によって出力が低下するのを最適化することで、場合によっては50%もアップするというのだ。太陽電池メーカーが数%の効率向上にやっきになっているときのこの数字はインパクトが大きい。うまくいく可能性は十分あると見た。

 ナショセミといえば、アナログの権化のような会社である。アンプや電源ICでは非常に強力な会社だが、会社としては同世代のIntelやAMDのように派手なスポットライトを浴びるようなことがほとんどない、ある意味で「地味」な会社だった。しかし、これで一気に「太陽電池」ビジネスのキー・プレイヤーとして認知されるかもしれない。もともと、電源系の技術では定評のある会社なので、こういうものを出しても信頼度は高い。「末端から」戦略で実績を積むだけでなく、既存の大手プレイヤーと組んでの大口開拓も可能だろう。実際、「太陽電池」ビジネスの大手の一角、中国のSuntech Powerとは手を結んだようだ。中国系の太陽電池ベンダは、生産能力こそ巨大だが効率の悪さに苦しんでいたはずなので、この手の技術を使って巻き返すのはアリだろう。

 「グリーン・バレー」とは名ばかりで、いまごろのシリコン・バレーの周囲の山々はすでに黄色く干からびて、いわゆる「カリフォルニア・ヒルズ」と呼ばれる景観になっているはずである。グリーンなのは冬から春先にかけての雨期のわずかな期間だけだ。雨期に一気に芽吹いて山々を埋め尽くすのである。いまや干からびた「シリコン・バレー」が「グリーン・バレー」へと転換する「時」だ、と信じよう。さて、遠く極東のわれわれはどうするのか? 実は「必要な要素技術」の多くは日本にこそあるのだけれど……。

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筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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