エンジニアのための景気底打ちとIT投資の仕組みお茶でも飲みながら会計入門(17)

ITエンジニアに役立つ会計知識をお届けする連載「お茶でも飲みながら会計入門」の番外編。

» 2009年07月09日 00時00分 公開
[吉田延史日本公認会計士協会準会員]

 今回は、景気の動向について解説します。昨今の不況は、ITエンジニアの雇用や案件数に大きな影響を及ぼしています。新聞など一部のメディアは、国内景気の回復を2010年ごろと予想しています。こうした景気予想の仕組みと、IT業界における景気回復の見通しについて、3つの業態を取り上げ解説します。

今回のテーマ:景気底打ち宣言とIT投資回復の見通し

 政府は17日発表した6月の月例経済報告で、景気の基調判断を2カ月連続で上方修正した。「一部に持ち直しの動きがみられる」として、7カ月ぶりに「悪化」の表現を削除。生産や輸出の持ち直しを受けて主要先進国の中で最も早く「景気底打ち」を宣言した。(日本経済新聞 2009年6月18日朝刊より抜粋)。

 先日、与謝野馨財務大臣が記者会見で「景気は底を打ったと強く推定できる」との政府見解を示し、景気底打ちを宣言しました。政府見解が正しいとすると、これから景気は横ばいか緩やかでも上昇していくことになります。しかし、景気が底を打ったとどうして判断できるのでしょうか。また、景気が底を打ったことにより、IT業界の案件数や採用にどのように影響してくるのでしょうか。

【1】何を根拠に景気が底打ちしたと判断したのか

 まず、政府の景気底打ちの判断基準についてみてみましょう。一言で景気といっても、世の中にはさまざまな企業があり、多様な経済活動を行っています。また、個人の消費動向も景気に深くかかわっています。そこで、景気の良し悪しに影響する要素を細分化し、それぞれの要素を分析した結果、総合的に景気の判断を行います。

 具体的には、個人消費、設備投資、生産、企業収益、雇用情勢、株価、海外経済、物価などの項目ごとに分析を行い、最終的に「一部に持ち直しの動きがみられる」と判断したということになります。

 また、さまざまな人にインタビューを行った統計結果も景気判断の一要素として用いられています。

【2】IT業界に及ぼす影響

 次にIT業界に及ぼす影響について、見ていきましょう。ここでは、IT業界の業務として(1)(インフラ構築などを含む)システム開発、(2)セキュリティ・内部統制などの法令順守対策、(3)(運用の請負などの)アウトソーシングの3つを取り上げ、それぞれについて見ていきます。

(1)システム開発

 システム開発は、依頼する企業にとっては設備投資ということになります。IT投資はコスト削減や効率化などのメリットをもたらしますが、それは3〜7年くらいの中期的スパンで享受できるものです。一方、上場企業であれば、業績予想を開示しており、進行年度の設備投資の予算は2009年6月時点で、大枠で固まっている状況です。

 こういった状況のなか、投資を行う心理は起きにくくなっているのが現状です。ただ、各企業業績予想を保守的に行っているでしょうから、今回の景気底打ち宣言などを受けて、業績予想よりも実際が良くなってくると、投資意欲が回復し、案件数が回復してくると考えられます。いずれにせよ、景気の回復によって個人消費や生産が持ち直してくるよりも、IT投資は遅れて回復してくることになると考えられます。

(2)法令順守対策

 法令順守対策は、景気の良し悪しに関係なく、企業にとっては必須の事項といえます。3月決算の会社は昨年度が内部統制監査の導入初年度であり、これによるシステム改変やインフラ整備などの需要が(昨年より以前がメインであったかと思いますが)ありました。

 この領域は、新たな法令やセキュリティ関係の事件が大きな需要につながると考えられます。今後大きな話題になると考えられるのは国際会計基準への対応です。しかし、国際会計基準の強制適用は2015〜2016年になるといわれており、いますぐに案件数の増加に結びつくものではありません。直近でいくと、これらの分野での投資は堅調に推移するでしょう。

(3)アウトソーシング

 システム運用委託などのアウトソーシングは、企業にとっては、専門外の業務を委託し自社の強みに集中する目的と、固定費を変動費とする目的があると思います。このうち、固定費を変動費とした業務については、景気の後退を受けて各社がコストの見直しを行った結果、案件数は減少する一方であるかと思います。これは、変動費として企業に認識されている業務の宿命ともいえます。

 この領域は、今後景気が持ち直してきたとしても、そのときに引き合いが戻ってくるかどうかは、業務の必要性に左右されます。企業にとって本当に必要な業務でなければ、景気が回復しても、戻ってこないと考えられます。

 また、採用の増加は、IT企業が案件の増加に対応する形で起こるため、さらに遅くなると考えられます。

【3】結局、景気底打ちはIT業界にとって朗報なのか

 【1】で見た月例経済報告によると、「設備投資は、大幅に減少している」とあり、景気は全体として底打ちを宣言しているものの、IT業界の主要業務のひとつである設備投資セクションでは、厳しい状況であると解説しています。

 また、日本経済新聞社の社長100人アンケートによると景気を横ばい・悪化と答えた人が84.7%に上り、そのうち景気回復時期について2009年中の回復が22.6%、2010年中の回復が67%となっています。

 前述のとおり、(1)システム導入については景気回復に幾分遅れて回復してくることとなり、(2)法令順守については大きな案件増は見込まれず、(3)アウトソーシングについても従前よりも減少したままになると考えられます。

 これらから考慮すると、景気底打ちはIT業界にとっては、長い目では朗報となりますが、すぐに案件数・採用数の増加をもたらすものとは残念ながらならないようです。それではまた。

筆者紹介

吉田延史(よしだのぶふみ)

京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。

イラスト:Ayumi



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