検索全盛の時代だから、ドメインの有用性を考えようものになるモノ、ならないモノ(34)

ドメインは、情報にたどり着くための基本中の基本の仕組みだ。トップレベルドメインが自由化されると、現状の250個が5倍になるという

» 2009年07月27日 10時00分 公開
[山崎潤一郎@IT]
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 テレビCM、ビルボード、チラシ……、商品名などキーワードが入った「検索窓」をアイコン化して「詳しくはWebで」とやるのは当たり前の光景となった。

 今回は、空気のように当たり前となったこのやり方にあえて疑問を投げかけてみたい。だって、この手法が続く限り、GoogleとYahoo! に向かってお金が流れ続けるわけで、「君はいつまでそれに甘んじるのか!」みたいな感情ってわき上がってきませんか? 広告代理店と企業がこの手のプロモーションを展開すればするほど、喜ぶのは検索エンジンの会社なわけだからねぇ。

「村上春樹.日本(ムラカミハルキ・ドット・ニッポン)」も登場!?

 なぜこのような疑問をいい始めたのかというと、「.日本(ドットニッポン)」という2バイト文字を用いたTLD(トップレベルドメイン)の利用が来年あたりから可能になるという話を聞いて、「まずは検索ありき」の現状に変化が訪れる予感を感じるからだ。

TLD(トップレベルドメイン)とは、comやjpを指す TLD(トップレベルドメイン)とは、comやjpを指す

 現状は、何か商品などの情報を知りたければ、1. 検索サイトにアクセスして、2. 検索窓にキーワードを打ち込む、3. 検索結果をクリック、4. 該当ページが表示される。という手順を踏むわけだが、例えば、「プリウス.日本」みたいに、商品名やサービス名と「.日本」を組み合わせたもので該当ページにたどり着くことができれば、手順も少なくなるし、極めて直感的でやりやすいと思うのだ。この手法でテレビCMなどに、検索窓ではなく、「(商品名).日本」ドメインが表示されたアドレス窓をアイコンとして出す方が、近道のような気がする。

 「.日本」のことをいうと、例えば、「川端康成.jp」や「渋谷駅.jp」のように「いまでも『(人名やサービス名).jp(com)』が登録できるのに、まったく普及してないじゃないか、だから『.日本』だってぜんぜんダメだね」っていう反論を受けるのは承知のうえなんだけど、ただ、なんというか、2バイト文字とASCII文字が同居した「日本語.jp(com)」ってどこか間が抜けているというか、しっくりとこない。なんだか、融合するはずもない異文化を無理やりくっつけたみたいな感じ、とでもいうのだろうか。それに、字面でこれを見せられると、「何かの冗談? それともシャレなのか?」って思う人もいるみたいだし。

 それが、「(日本語).日本」だと結構すんなりと入ってくる気がするのだが、皆さんはどうでしょうか? 例えば、「村上春樹.日本」なんてドメインを見たら、「世界に誇るハルキ文学の神髄ここにあり!」って誇らしい気持ちになって、キーボードを打つ指にも力が入ろうというものです。

 ただ、難をいえば、真ん中に半角の「.(ドット)」が入っている点に、郷に入っては郷に従ってない不良っぽさを感じる部分ではあるが、まあ、こんなものは、「。」で変換すればいいことだし、Macintoshユーザーであれば、テンキーの「.」でイッパツ入力可能なのだ。

 「.日本」について、ブロガーなんかの意見を読んでみると、「いまさらこんなもの必要なの」とか「国境のないネットの世界で、ドメスティックなドメイン作ってどーするの」など、総じて悲観的、否定的な意見が多いのだけど、まあ、それはネットの扱いにたけた人の意見であって、URLの文字列を見た瞬間に、意味不明の呪文のように感じ、パソコンと自分との間に壁を作ってしまうネットスキルの低い人からすると、案外すんなりと受け入れられる可能性もある。

 ここで、ちょっとトリビア系のネタを披露。アラビア文字を用いた「(アラビア文字).com」ドメインの場合、右から読むアラビア文字と左から読むASCII文字とが同居することになる。これはいくらなんでも不便でしょ、というわけで、実はアラビア文字文化圏から、TLDの多国文字化を求める要望が強かったらしい。「.日本」誕生の裏には、砂漠の民の強い働き掛けがあったというお話。んっ、それともオイルマネーが動いたか……? ただ、アラビア文字の多国文字URLは、右からTLD→セカンドレベルドメインというふうに表記するのだろうか。なぞだ。

「.日本」を管理する事業者はどこになるの? という関心事

 このあたりで、「.日本」について、ちょっとまじめな話をしておこう。「.日本」は、ドメイン名を管理・調整しているICANN(The Internet Corporation for Assigned Names and Numbers、アイキャン)によるTLDの多国文字化実装案を受けて総務省の情報通信審議会で検討を行っていた。「.ニッポン」や「.日本国」なども検討されたらしいが、「ニホン」と「ニッポン」で混同する、「日本国」より「日本」の方がなじみがある、などの理由で、最終的に「.日本」に決定した。

 今後は、「.日本」を管理する事業者(レジストリ)がどこになるのかが、ネット業界の大いなる関心事。技術的な都合から、レジストリは1社に限定される見込みなのだ。この手のビジネスの場合、一種のインフラ事業だけに、一度、指定業者になれば、大もうけはできないが安定的な収入を得ることができる。つまり既得権事業になるということだね。ちなみに、審議会の答申には、「数年ごとに事業者の適正性を確認する必要」に触れており、一度指定されたからといって未来永劫「.日本」のレジストラでいられるというものでもないようだ。

 総務省では8月を目途に、民間主導の「日本インターネットドメイン名協議会(仮称)」 を発足させ、公平性、透明性、中立性を確保したうえで、事業者選定の審査基準を決め、それを受けて新しく発足する「選定委員会」が事業者を決定する。おそらく、来年のいまごろには、「.日本」が使えるようになっているかもしれない。

 それにしても、インターネットのドメインにかかわる専門家や業界団体ってその数が限られているのに、なぜこのような複雑な過程を踏んで複数の組織をリレーしながら事業者を決める必要があるのか、不思議に思える。複数組織をまたぐことで、責任の所在をあいまいにしたいのだろうか。「正式な手順を踏んで決めたんだよ」という、過程に重きを置く、霞が関的な意思決定スキーム爆裂のニオイがぷんぷんとする。ただ、逆にいうと、密室の協議ではなく、たくさんの人の手を経ることで、事業者選定のプロセスが透明化される側面もあるわけだから、それはそれで意味のあることなのだろう。

 ここで気になるのは、かつてドメインの取り合いで裁判沙汰も起きたように「サイバー・スクワット」のような問題が起きるのではという心配。有名企業や有名人の中には、自分の名前のドメインを他人に渡したくない場合もあるだろう。そのようなケースに備えて、指定レジストラは、商標権などを根拠に先行してドメインの登録申請を行うことのできる「サンライズ期間」を設けるものと思われる。

「.秋葉原(.akihabara)」「.原宿(.harajyuku)」が誕生するかも

 あと、2バイト文字のTLDについては、「.日本」以外にも、「地理的名称に関するTLD」というのも検討されている。例えば、「.東京(ドット・トウキョー)」や「.京都(ドット・キョート)」のたぐいだ。「西陣織.京都」「富良野.北海道」のように、土地の名産や名所旧跡系のドメインに利用されることを想定しているようだ。

 ドメインビジネス的な見方をすると、レジストリ事業者が1社に限定される「.日本」と異なり、この「地理的名称に関するTLD」の場合、それこそ「地理的名称」であれば、あらゆる名称がTLDになり得る可能性があるわけで、レジストリ事業への参入ハードルは低くなる。ただ、参入には、後述するコストが掛かるだけに、価値のあるドメインを取得しないとビジネスにはなり得ないだろう。

ドメインが発行される仕組み ドメインが発行される仕組み(図をクリックすると拡大表示します)

 で、価値ある地理的なTLDってどんなものだろうか。例えば、「.東京(.tokyo)」「.京都(.kyoto)」「.沖縄(.okinawa)」「.北海道(.hokkaido)」なんてのはビジネスとして成り立つ可能性はある。あるいは、自治体とか行政区の大小は問われないそうなので、「.湘南(.shonan)」とか、「.秋葉原(.akihabara)」「.原宿(.harajyuku)」なんてのもありかもしれない。

 ただ、このTLD取得には、それなりの手続きを踏む必要がある。その名を冠する自治体が「支持する」か「反対しない」ことが求められるそうだ。例えば、「.東京」を取得してレジストリ事業者になりたければ、まずは、東京都に出向き、首長の著名入り文書が必要になるそうだ。それをもって初めてICANNに登録申請をすることができる。石原都知事がハンコを押してくれるかどうかだね。

日本プロバイダー協会副会長・立石聡明氏 日本プロバイダー協会副会長・立石聡明氏「ドメインビジネスで大もうけできる時代がやってくるかもしれません」

 そして、この申請に係る費用を聞いてびっくり。申請料18万5000ドル(約1800万円)+維持費用2万5000ドル(約240万円)/年が必要になる。ICANNぼろもうけジャン!という気がするが、案の定「高過ぎるという意見が出ており、最終決定はどうなるか分からない」(日本プロバイダー協会副会長・立石聡明氏)そうだ。ただ「安くすると乱造される恐れもある」(立石氏)だけに、TLDにはこのような金銭的なハードルも必要なのだろう。何しろ、そんじょそこらのドメイン取得とは訳が違う。トップレベルドメインだからねえ。確かに、日本の観光地名や名産物の名前が中国で無断で商標登録されるような問題も多発しているだけに、乱造は困る。

 加えて、レジストリ事業者としてドメイン事業を運営するには、システムの構築費用なども掛かるわけで、ホイホイと気軽に参入できるビジネスではなさそうだ。ただ、いまこのタイミングに限っていえば、政府のバラマキ系事業である「平成21年度第1号補正予算」の成立を受けて「ユビキタスタウン構想推進事業」なんて施策も進んでいるだけに、IT系の補正予算を提示されても何をしていいのか分からない自治体を巻き込んで、国民の税金でもって事業化するなんてこともできるかもしれない。公共事業に乗っかる土建屋チックな、ずるいやり方だけど……。あれ、ユビキタスタウンの事業募集は、間もなく締め切られるから間に合わないか……。

海外ではドメインビジネスが盛り上がっている

 このように、来年あたりから、TLD関連のビジネスが日本でも盛り上がる可能性があるのだが、実は海外では、すでにTLD関連ビジネスが、盛況を極めている。皆さんは、「.TEL」というドメインをご存じだろうか。これは、メールもWebも持てない、単に住所や電話番号だけをネット上に表示するためのドメインなのだが、早い話が、クラウド版「vCard」みたいなもの。

 試しに、iPhone.telにアクセスしてみよう。Apple Inc.の電話番号とWebサイトが表示される。iPhone.telは、寂しく2項目の情報があるのみだが、例えば、電話や住所のほかに、「メール」「Skype番号」「Webサイト」「Googleマップ表示へのリンク」「Twitterアカウント」「Facebookアカウント」など、とにかく自社(自分)の連絡先に類する情報をワンストップで表示させることができるわけだ。

 もしかしたら、このようなドメインって、これから大いに必要とされる、アプリケーションなのかもしれない。前述のようにいまでは、1人で複数のコミュニケーション用のアカウントを持っているのは珍しくない。比較的少ないと自負(?)している筆者にしても、住所や電話以外に、メール、Webサイト、ブログ、グリー、ミクシィ、Twitter、Facebook、Last.fm、Flickrなど複数の“連絡先”を持っており、そのすべてを名刺に刷り込んでいるわけではない。

 Googleにしても最近は、「Google Wave」などという、多様化するコミュニケーション手段をワンストップ化する試みを発表したくらいなので、その入り口たる、アドレスやアカウントを、ドメインでもってワンストップ化するこの手法も時代に即したものだと思う。「.TEL」が普及してくると、名刺には、名前と「名前.tel」だけ記載することになりそうだ。

 「.TEL」以外にも、「.mobi」の運営事業者がドメインビジネスと同時並行に、ケータイブラウザの標準化を進めたり、旅行業界が「.travel」、郵便業界が「.post」を推進するなど、日本と違って海外ではドメインビジネスが盛んになっている。

分野別トップレベルドメインの種類と登録数
.aero 航空運輸業界用 5,802
.asia アジア太平洋地域の企業/個人/団体用 240,961
.biz ビジネス用 2,083,289
.cat カタロニアの言語/文化コミュニティ用 32,833
.com 商業組織用 80,333,074
.coop 協同組合用 5,921
.info 制限なし 5,090,034
.jobs 人事管理業務関係者用 14,884
.mobi モバイル関係用 914,236
.musium 博物館、美術館用 545
.name 個人名用 291,632
.net ネットワーク用 12,255,674
.org 非営利組織用 7,330,856
.pro 弁護士、医師、会計士、エンジニア用 28,217
.tavel 旅行関連業界用 203,701
分野別トップレベルドメインの種類と登録数(代表例)(2008 年末現在)総務省資料より

 なんでも検索全盛のこの時代にあって、ネット上の住所たるドメインというのは、いってみれば、情報にたどり着くためのネットの基本中の基本の仕組みなわけで、初心に帰ってドメインの有用性をもっと見直してみるのもいいかもしれない。

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