第111回 規模拡大のペース減速が半導体ベンチャーを苦しめる頭脳放談

半導体ベンチャーのアイピーフレックスが破産。原因は、半導体のビジネスモデルそのものか? もはや半導体ベンチャーは育たないのか?

» 2009年08月28日 05時00分 公開
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 今回は、正直にいうとあまり触れたくない話題なのだが、コメントしないわけにもいかないと思うので書かせていただくことにした。2009年7月下旬に破産した「アイピーフレックス株式会社」の件である。アイピーフレックスについては、「第37回 Intel参入で注目を集める「リコンフィギュラブル」って?」で少し触れているが、「リコンフィギャラブル」なプロセッサを開発販売していた日本の「半導体ベンチャー企業」である。すでに10年近い歴史を持っており、業界の一部では「知られた」企業であった。

 筆者は、アイピーフレックスと直接かかわったことはないし、技術動向なども特別にフォローしていたわけでもない。この会社の事情に特に詳しいわけではないのだが、知り合いが「在職していた」、それも何人もという点で、とてもヒトゴトとは思えずにいる。しかし、ここ数年は連絡をとってもいないので倒産の経緯も分からないでいる。みんな、どうしているのだろうか? だから、以下は「遠くからみていた」筆者の勝手な意見である。

アイピーフレックスは最初の障壁を乗り越えた?

 破産報道のわずか一週間前くらいに自宅に届いた雑誌に、アイピーフレックスが特定のアプリケーション分野でシェアを獲得しつつあり、「勢いがある」といった記事が載っていた。「あぁ、頑張っているのだ」という感想とともに、実をいえば、少々意外にも思ったのである。

 「リコンフィギャラブル」のような従来と「切り口」の異なる技術は、なかなか採用されるのが難しい、と思う。特に日本ではそういう傾向にある。だから、その有効性をはっきりと示し、買ってもらえるアプリケーション分野を見つけることがまず必要だ、と思っていた。そういう点では、アイピーフレックスは、この最初の障壁を乗り越えるところまではいっていたようだ。日本発で、日本企業相手に「買ってもらえる」スレッショルドを超え、特定のアプリケーションとはいえ、市場シェアを高めつつあったのだから。

 しかしアイピーフレックスのファブレス半導体会社というビジネス・モデル、つまりICの企画、設計は自分で行い、製造こそ外部に委託するものの、できたICを売って利益を上げるというモデルについては、「年々困難になっている」という認識を持っていた。だから、「勢いがある」という記事には少々違和感を覚えたのである。その記事の掲載された雑誌を受け取って、1週間にして破産の記事を読むことになってしまった。非常に残念なものがあるが、結局は「年々困難になっている」点を乗り越えることができなかったのだろう、と想像した次第である。

厳しくなる半導体ビジネスに問題?

 「年々困難になっている」のは、端的にいったら半導体のビジネス・モデルそのもの、といってもよいかもしれない。古老であれば、昔の半導体ビジネスが、いまに比べたら「ボロもうけ」の商売だったことに同意してくれるだろう。筆者はそれほどな「古老」ではないが、業界入りたてのころを思い出すとよく分かる。8bitのマイクロコントローラが数十ドルもしていた(さすがに為替レートは360円ではなくなっていたが、いまよりはずっとドルが強いころだ)。一応、設計もCAD化されており、現在のように最先端プロセスで製品を試作しようとすると何億円もかかるような時代と比べたら、設計にかかる費用もかわいいものだったように思う。

 別に統計を持っているわけではないのだが、大ざっぱにいってしまえば、4分の1世紀前には、製品の単価は現在の数十倍以上も高く、設計や試作にかかる費用は数十分の1以下という感覚である。当然、年々歳々技術は進歩し容量は増え、という具合で、4分の1世紀前の製品と現状の同等製品では、基準となる技術レベルも異なるのではあるが、結局、いつの時代にも、似たようなアプリケーションには「相対的に似たようなクラス」のデバイスが使われる。「同様なクラス」の価格や費用であれば比べても問題ないような気がしている。

 感覚的な話なのだが、そのころと比較して現在は、ざっくり単価は10分の1、費用は10倍、「しょっぱさ」でいえば100倍! になってしまった、という塩梅ではなかろうか。しかし、それでも1990年代くらいまでは、何とかやってこられたのは、半導体の市場規模がどんどん大きくなって、1つのアプリケーション分野での所要量が、その昔に比べて数十倍か数百倍にまで広がったためだ、と思う。利益率も変動してきたはずだが、ざっくり一定で、単価を荒利と読み替えれば、荒利が10分の1、費用が10倍でも量が100倍ならばバランスするという道理である。

 ところがである、これまた感覚的な話なのだが、1990年代の末くらいに、その市場がどんどん広がって数量が増える、という状況がピークを超えてしまった気がする。その後は、1つ1つのアプリケーションが小粒になって、どんどんばらけている、という感じである。数量がまとまらなくなってきているのだ。

 こうなると苦しい。その昔なら、単価も高く、費用も少なかったので、数量が出ないアプリケーションでも、採用されれば何とかなった。Intelにせよ、AMDにせよ、そのころはベンチャーであったが、ある意味、いまよりは小さなリスクで半導体ビジネスに取り組めていたはずだ。ところが、このごろはベンチャーといえども価格競争に巻き込まれ、荒利の低い価格で、かつ大量に売りさばかない限りは成立し得ない。そんな状況下では、少しの割合の数量減も非常に大きな痛手となる。

 「チップを作って売る」というシンプルで分かりやすいビジネス・モデルがなかなか成立しづらくなっているのだ、と思う。まあ、対策としては、数量をまとめるために、複数のアプリケーションを開拓するとか、新興国市場へ打ってでて販路を広げるとか、皆さんがやっているような手はあるが、日本のベンチャーにはなかなか「つらい」。高く売る、という点でも、米国のように「軍需」「航空宇宙」といった、数量は少ないけれど値段が高い市場が小さいか、あるいはまったくなく、民生中心の日本市場では手段が限られる。思うに「チップを作って売る」というモデルを脱却して、ほかのことでお金が回るようにしないと、半導体ベンチャーなど成立し得ない状況なのかもしれない。しかし、それが半導体ベンチャーといえるのかどうかは別な話であるが。

 それにしても、アイピーフレックスのチップを買っていたユーザーはどうなっているのだろう。研究開発レベルで使っていたのなら大したダメージはないだろうが、量産に使っていたユーザーは大変なはずである。大慌てで再設計しているのだろうか? 不謹慎ながら、そういうユーザーに聞いてみたいことがある。「リコンフィギャラブル」でできていたアプリケーションを、また普通のプロセッサに置き換えているのですか? と。もしそうならそれがどれくらい大変ですか? と。大変であればあるほど、苦労しているユーザーには悪いが「リコンフィギャラブル」プロセッサというものに価値があった、ということであろうし、もし簡単に置き換えができてしまうのであれば、実は大した価値を生み出せていなかった、ということになるからだ。どうですか?

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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