連載
» 2009年09月02日 00時00分 公開

お茶でも飲みながら会計入門(19):値下げの限界はどこ? “高速料金800円”の真実

意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど。すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。

[吉田延史,日本公認会計士協会準会員]

本連載の趣旨について、詳しくは「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。


今回のテーマ:値下げの限界は2つある

 家具製造販売大手のニトリは4日、家具や寝具など400品目を8日から15〜40%値下げすると発表した。<中略>値下げは2月と5月に続いて今年3回目で、低価格指向の消費者の取り込みを徹底する考えだ。(2009年8月5日 YOMIURI ONLINEより抜粋)。

 高速道路が8月から一段とお得になる。千葉県木更津市と川崎市を結ぶ東京湾アクアラインの通行料は、平日、休日を問わず1日から普通車(現行平日は1500〜2100円)800円に。(2009年8月1日 NIKKEI NETより抜粋

 景気低迷を受け、消費者は価格に非常に敏感になっており、値下げを発表する企業が増えています。上記の2つの値下げもそういった消費者の心理を反映したものですが、両者の値下げ率を見てみると、ニトリは15〜40%であるのに対して、アクアラインは46〜61%になっています。アクアラインの方が大きく値下げできる理由は何なのでしょうか。これまでの価格設定が高すぎたことや、地域活性化のために採算を無視して値下げを行っている点が考えられますが、会計的な観点から、別の要因も考えられます。今回は、値下げの限界について解説します。

【1】値下げをしても企業は利益を得ている

 よく、「赤字覚悟!」とか、「価格破壊!」といった広告がありますが、本当に全商品を赤字で販売していたら、企業はすぐに倒産してしまいます。消費者には安く見える商品でも、企業はもっと安いコストで仕入れ、販売しているのです。

 ここで、仕入価格よりも販売価格が高ければ最終的に利益が出るかというとそうではありません。販売スタッフへ支払う給料や、販売店舗の賃借料の支払いもあります。そういったものも考慮したうえで、利益の出る販売価格が企業の1つ目の値下げの限界です。

【2】2種類のコスト

 上記の仕入価格のように、1つ販売するごとに発生するコストを変動費と呼びます。また、販売員に支払う給料や販売店舗の賃借料のように、1つ1つの販売とは無関係に発生するコストを固定費と呼びます。これらを用いると、

(販売価格−商品1つ当たり変動費)×販売量−固定費

がプラスになれば企業に最終的な利益が生じることになります。これが企業の1つ目の値下げの限界です。

 売上高から変動費合計を差し引いたもの(上記の式のうち赤字部分)を限界利益(あるいは貢献利益)と呼びます。限界利益が出るぎりぎりの販売価格は、企業の2つ目の値下げの限界です。この2つ目の値下げの限界を超えてしまうと、販売量が増えるほど赤字が増すばかりなので、そこまでの値下げはあり得ません。

 また、販売価格を下げると通常は販売量が増えることから、限界利益は上がることもあります。その場合には、企業は値下げ前よりも大きく利益を得ることができます。この狙いを持って企業は値下げをすると考えられます。

【キーワード】 限界利益

売上高から変動費を差し引いた利益。企業は限界利益を積み上げて、固定費の支払いを行い(よく、「固定費を回収する」といわれる)、最終的な利益を得ることになる


 ニトリとアクアラインの話に戻しましょう。両者の変動費を考えてみると、ニトリの場合、商品の仕入価格や輸送費が変動費に該当すると考えられます。一方、アクアラインは一台通行車が増えたところで発生するコストは基本的にはないと想像できます。つまり、アクアラインの場合は販売価格がそのまま限界利益ということになります。そのため、値下げの2つ目の限界が低く、大胆に値下げを行い通行量の増加による増益(あるいは損失の減少)を狙うことが可能となるのです。但し、アクアラインの値下げは、地域活性化をも目的としており、損失の減少だけを狙いとしたものではありません。

【3】損益分岐点

 次に、両者の違いを図解してみます。縦軸に金額、横軸に販売個数を取り、販売個数の増加に伴い、売り上げとコストが、どのように変化するかを考えます。

 ニトリの場合は、仕入価格などの変動費があるため、1つ販売するごとに得られる限界利益はそれほど多くはありません。さらに、回収すべき固定費は、莫大な初期投資を行っているアクアラインほど大きくないでしょう。逆にアクアラインの場合は、一台通行するごとに得られる収入が限界利益となります。ですが、回収すべき固定費は、主に初期投資の減価償却費という形で表れ、ニトリよりもずっと大きい金額となります。これらを図示すると以下のようになります。

損益分岐点で見るコストと売り上げ相関図 縦軸に金額、横軸に販売個数(※クリックで拡大) 損益分岐点で見るコストと売り上げ相関図 縦軸に金額、横軸に販売個数(※クリックで拡大)

 売り上げ線とコスト線との交点は損益分岐点と呼ばれます。損益分岐点に至るまで販売しないと、企業は赤字となります。

 値下げをすると、売り上げ線(緑色)の傾きがゆるやかになります。そうすると、損益分岐点は右に移動し、販売数をその分増やさなければなりません。企業が値下げを行うときには、(1)損益分岐点がどのように移動するか、(2)販売量は値下げにより増加し、結果として損益分岐点を超えて利益が生じるのか、の2つを詳細に検討します。

 東京都内の喫茶店のコーヒーは、1杯300〜500円で高いように感じるかもしれません。材料代(変動費)だけなら喫茶店は大儲けですが、POSレジのシステム構築費用や、賃借料などの固定費を差し引いて利益を出すのはそう簡単ではありません。物事の採算を考えるときには固定費の存在にも注意するといいですね。それではまた。

筆者紹介

吉田延史(よしだのぶふみ)

京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。

イラスト:Ayumi



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