選ばれるエンジニアになるためのブランド力を養うエンジニアも知っておきたいキャリア理論入門(14)(2/2 ページ)

» 2009年09月08日 00時00分 公開
[松尾順シャープマインド]
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ブランドの価値構造

 では、ブランド化に成功するための切り口をご説明しましょう。

 ブランド論では、ブランドが提供する価値をいくつかの階層(「価値構造」と呼びます)で説明します。山本氏は、以下の3つの階層で説明しています。

  • 属性
  • 機能的価値
  • 情緒的価値

 1つ目の「属性」とは、客観的な特徴のことです。衣服でいえば、素材、色、デザインなど。人の場合は、性、年齢、学歴、保有している資格などが、その人が持っている属性です。この属性の上に、衣服なら「温かい」「通気性がいい」などの「機能的価値」(2つ目)が導かれます。個人でいえば、「迅速に仕事を仕上げられる」「コミュニケーション力がある」「企画開発力がある」「人をまとめる力がある」といったことです。言い換えると、仕事の「遂行能力」ということになるでしょう。

 ここで注意して欲しいことがあります。それは、何らかの資格を持っているという属性だけで、機能的価値が保証されるわけではないという点です。いい仕事をするためには、資格を持っているだけではダメで、やはり相応の実務経験を積む必要があります。資格を取得することは意義があることですが、クライアントは、実際の仕事において結果を出せるという「機能的価値=実務遂行能力」をより重視するという点を忘れてはいけません。

 3つ目の「情緒的価値」は、近年、とても重視されるようになってきた価値です。これは、「安心できる」「イキイキとした気持ちになれる」「楽しい気持ちになれる」といった、好ましい気分・感情を生み出せること。なんの変哲もないTシャツなのに、有名ブランドのロゴマークが入っただけで1万円もの値段が付き、それを喜んで買う人がいますね。これは、そのロゴマーク入りTシャツを着ると、「贅沢な気分」や「誇らしい気持ち」が味わえるからです。つまり、情緒的価値に対してお金を払っているというわけです。

 個人の場合の情緒的価値は、その人と一緒にやると仕事が楽しい、安心できる、勉強になる、自分が成長できるように感じるといったことになります。どんなに機能的価値、つまり業務遂行能力が高くていい仕事ができる人でも、わがままであったり高慢だったりして、クライアントやチームメンバーに不快感を与えるようだと、仕事が来なくなることがありますね。これは、情緒的価値が欠如しているからなのです。

 いわゆる「スキルアップ」は、主に機能的価値を高めることです。すなわち、エンジニアでいえば、設計力、プログラミング力といった専門能力、あるいはコミュニケーション力、プレゼンテーション力、プロジェクトマネジメント力など、ビジネスパーソン全般に求められる普遍的な業務能力を高めることを目的とします。

 しかし、個人としてブランド化に成功するためには、スキルアップだけでなく、人間性を磨き、安心感や楽しさ、成長感といった情緒的価値も並行して高めることが求められます。最近、キャリアづくりに関連して、「人間力」を高めることを説く人が増えているのですが、個人においても、機能的価値だけでなく、情緒的価値を提供することの重要性が最近ますます高まってきているということなのです。

生きるビジョン……「人望」

 山本氏は、前項で示した属性、機能的価値、情緒的価値という3つの基本的なブランドの価値構造の先に、実は「精神的価値」「社会・生活価値」と呼ばれるような価値が存在していると主張しています。これは、特定の商品や個人を選択するうえでの「究極の価値」ともいえるものです。実際、ある服を選んだ人に、なぜそれを選んだのかを掘り下げて聞いていくと、最後には「新鮮な気持ちで暮らしたいから」「自分の感性を大切にしていきたいから」といった、人生や生活にかかわる価値が出てくると山本氏は述べています。これは、「生きていくうえでの価値」=「生きるビジョン」ともいえ、ブランド化の視点でいえば、そのブランドが「独自の世界観」を持っているかどうかがポイントになります。以上のことを個人に敷延して考えてみると、その人独自の明快な「ビジョン」や「信念・信条」を相手に対して示せているかどうかだといえるでしょう。

 ここまでくると、仕事の内容を超えた「人望」と呼ばれる領域に入ってきます。では、人望は、どこから生まれてくるのでしょうか? それは、ただ目先の仕事を完璧にこなせる、安心して任せられるというだけでなく、「なぜ働くのか」という仕事の意味、具体的には、社会に対してどのような貢献につながっているのか、といったことを深く理解し、それを語れることです。

 例えば、レンガを積んでいる職人に、「何をしているのか?」と聞いたときに、1人は、「見れば分かるだろう、レンガを積んでいるのさ」と答え、別の人は「教会を作ってるんだよ」と答え、もう1人は、「地元の人が集い、祈りを捧げられる場を作っているんだよ」と答えたとします。この3人のうち、人望を集めるのはもちろん最後の人ですね。仕事の意味、働く意義を常に考え、自分なりの答え=ビジョンや信念を明快に語れる人は、人々の共感を集めることができます。そして、失敗しても助けが得られます。結果として素晴らしい仕事を成し遂げることができるわけです。

 実際のところ「なぜ働くのか」という哲学的な問いに自分なりの明快な答え(「仕事観」「人生観」とも呼べるもの)を見つけるのは簡単ではありません。山本氏は、仕事と関係のない本、文学とか自然科学などの本を読むことを勧めています。毎日の仕事には直接役に立ちませんが、だからこそ、仕事を複眼で見られるようになり、仕事の本質や意味を考える良い機会になるからです。

参考
▼『グッド キャリア』山本直人著、東洋経済新報社

筆者紹介

松尾 順(まつお じゅん)

 1964年福岡県生まれ。早稲田大学商学部出身。市場調査会社、IT系シンクタンク、広告会社、ネットサービスベンチャー、ネット関連ソフト開発・販売会社を経て、2001年より有限会社シャープマインド代表。マーケティングリサーチ、広告プロモーション企画&プロデュース、Webサイト開発企画&プロデュースを多数手掛ける一方、キャリア理論や心理カウンセリング、コーチングを学び、主に個人を対象とするキャリアアドバイザーとしての仕事を増やしてきている。顧客心理の理解向上を目指す「マインドリーディング・ブログ」主宰。「シナプスマーケティングカレッジ」講師。



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