導入後が勝負! 人事制度運用のポイントIT企業のための人事制度導入ノウハウ(12)(2/2 ページ)

» 2009年10月16日 00時00分 公開
[クレイア・コンサルティング]
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運用を開始してから浮上する問題への対処方法

 ここまで、人事制度の運用において、想定しにくい「不確実性」の高い代表的な場面を紹介してきました。ただし、不確実性が高いとはいっても、発生しそうな問題とその対処方法が分かっていれば、前もって準備をしておくことが可能です。ここからは、人事制度を走らせながら、ピンポイントで問題に対処していくノウハウについてご紹介します。 

(1)目標共有会議

 全社的な視点から各部門に期待される役割を共有し、適切な目標に落とし込むための工夫です。

 これはあるIT企業で実施した例ですが、部長とその部下である課長全員で「目標共有会議」を開催しました。部長はその部が取り組むべき課題を明確にし、各課長に担ってもらいたい目標とその根拠を説明していきます。

 課長は「この目標を部下に説得力を持って説明できるだろうか?」という視点で、組織目標の根拠について部長と折衝を行います。「ここまでならできるが、これ以上は譲れない」という意見をお互いに戦わせながら、目標の内容と水準を決めていきました。この企業は社員の一体感が強く、立場の違いにかかわらず腹を割って話せる風土だったため、建設的で有意義な議論を行うことができました。

 同様に、課長や課員クラスでも目標共有会議を開き、課の目標達成に向けてメンバーの意識を統合するとともに、各メンバーの期待役割をお互いに確認し合いました。これによって、各メンバーが上位の視点から自己の役割を認識し、適切な目標を設定できるようにするための準備を行いました。

 初めて目標管理制度を導入する場合には、目標の内容・水準に大きなばらつきが出ることが想定されます。そのため、たとえ手間がかかっても、各人が設定した目標を横断的にチェックすることをお勧めします。期待役割に照らして低い目標のまま放置してしまうと、評価の公正性や納得性が損なわれることになります。

(2)期中の「仮評価」

 評価の目線を合わせるための工夫です。評価基準を改定したときには必ず実施することをお勧めします。

 具体的な実施方法としては、評価対象期間が半分くらい過ぎた段階で、評価者に「仮評価」を付けてもらいます。仮評価の結果は事前に集計・分析したうえで、評価者を集めて研修を実施します。研修の場では、評価のばらつきが大きかった評価項目を特定し、その評価根拠について評価者同士で意見を交わしながら、目線合わせを行っていきます。また、評価が中央に分布しており、差がつけにくいと考えられる評価項目についても、評価の違いについて考え方を統一します。

 評価者は「自分だけが厳しい評価になるのではないか」という不安から、可もなく不可もない評価を付けてしまう傾向があります。「仮評価」を通じて目線合わせを行うことは、評価者が自信を持ってメリハリのある評価ができるようになるメリットがあります。また、仮評価を付けてみて目線合わせを行えば、期末の時点で厳しい評価を付けざるを得ない人がだいたい特定されます。期末の時点でいきなり厳しい評価結果を伝えるよりは、「このままでは評価が低くなるのでもっと○○した方がよい」という前向きな警告を与える機会を持たせた方が、評価者・被評価者双方にとって望ましいと考えられます。

(3)低評価者へのフィードバックの練習

 低い評価を付けざるを得ない部下に適切なフィードバックを行うための工夫です。前述の「仮評価」と同じタイミングで、実際の部下を具体的に想像しながら、フィードバックの実践トレーニングを行います。

 フィードバックの難易度が高いのは、低い評価を付けざるを得ない部下です。低い評価を付けられたら、どんなに客観的な事実を提示されても納得しません。厄介なのは、評価が低くなってしまう部下の多くは、自分では「できている」と思っていることです。本人が正しい自己認識を持たない限り、上司がどんなに建設的な指導を行っても、前向きに行動を変えようという気持ちにさせることはできません。このように、フィードバックの難易度が高そうな部下を1人ピックアップし、評価結果をどうやって伝えたら最も効果的かを評価者同士の議論を通じてアイデアを出し合い、フィードバック面談のロールプレイングを通じて「練習」を行います。

 一般的に、自己認識が足りない部下のタイプには次の2つがあります。

(a)場の空気が読めない人

 いわゆる「空気が読めない人」は、言語化されない「場の雰囲気」「相手の表情」といった情報に対する認識力が低く、業務の中でも「自分がどう見られているか」「何を期待されているか」という視点で考えることが不得手です。このようなタイプの部下に対しては、客観的な事実や数字に基づいて、論理的に飛躍のないストーリーで筋道立った説明を行うことがポイントです。コミュニケーション能力の高い部下であれば「あうんの呼吸」で伝わるところを、空気が読めない部下に対しては相手が理解できるロジックにのっとって丹念に説明を行わなければならないため、上司にとっては相当の時間と忍耐力を要求されます。

(b)目の前の仕事だけに没頭する人

 このタイプは、目の前にある仕事に没頭するあまり、より広い視野や高い視点で考えることが苦手な人です。性格的にはいわれたことをきっちりとやるまじめな人が多く、必ずしも本人の意欲や能力が低いわけではありません。そのため、より長期的な視点で本人に自分の成長を考えさせたり、いまの仕事で要求されている以上の「期待値」をあえて提示したりするといった働き掛けを、上司が積極的に行っていくことが求められます。例えば、「君には○○技術の第一人者になってほしいと思っている」「○○ができるようになれば、3年後には○○さんのように大きな仕事を任せたいと思っている」といったように、期待する将来像を具体的にイメージしやすい形で伝えることがポイントです。

おわりに

 人事制度は導入した後のメンテナンスが重要です。過去11回の連載で解説してきたように、人事制度設計のスタートとなるのは「人事制度を通じて解決したい課題」です。

 ところが、ここで認識された課題は、人事制度の運用が始まった時点ですでに過去のものとなっている場合が多いです。組織を取り巻く状況は常に変化しており、また新しい人事制度の影響で漸進的に組織に変化が起きるためです。

 これらの変化は、当初の狙いどおりの問題もあれば、ある問題を解決したことによって生じる別の問題もあります。例えば、効率的な働き方を推進するために評価・報酬制度を変えたところ、当初の狙いどおり残業時間は減ったが、社員同士のコミュニケーションや新しいことにチャレンジする雰囲気が失われた、という例があります。

 こうした状況の変化を常にウォッチし、人事制度設計のときに考慮した前提条件が変化していないか定期的に検証することによって、「目指す姿」に近づけていく努力が不可欠です。

コラム 評価調整や評価者トレーニングを継続させる必要性

 A社では、「評価にばらつきがある」という課題を抱えていました。

 6年ほど前に人事制度を改定しましたが、導入時には模擬評価やディスカッションによる評価者トレーニングを実施し、その甲斐あって当初の運用はスムーズだったそうです。

 しかし、数年が経過する中で、新任評価者からは以下のような声が上がりました。

 「自分の評価がこれでいいのか、正直自信が持てない」

 「うちの部下だけ低い評価になるのが心配で、厳しい評価が付けられない」

 評価調整や評価者トレーニングは、評価者の評価能力を高めることはもちろん、評価者が自信を持って評価できるようになるためにも重要な役割を果たします。ほかの評価者の評価を知ることで、自分自身の評価の癖を理解し、評価基準を確認するきっかけになるでしょう。

 一方で、人事評価の経験が長いベテランの評価者は、自分の視点が偏っていないか定期的にチェックが必要です。一度目線を合わせても、その後の運用の中で再度ずれが大きくなることは十分に考えられます。

 これらの問題を解消するためにも、評価調整や評価者トレーニングは定期的に継続して実施することをお勧めします。


筆者紹介

クレイア・コンサルティング

クライアントの企業価値向上・経営革新・持続的な成長を支援する組織・人事を専門領域とするコンサルティングファーム。アーサー・アンダーセンからスピンオフした組織・人事チームの主力メンバーにより設立。米国型合理主義を熟知したうえで、「日本企業の固有な体質」に合わせた独自のコンサルティングを推進している。


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