連載
» 2010年11月09日 00時00分 公開

ITエンジニアのための経営戦略入門(4):経営戦略が導くゴール=経営理念

ユーザー企業がシステムの設計・開発を依頼するとき、そこには経営的な判断が存在する。顧客の「経営戦略」をとらえたうえでシステムを設計・開発できるITエンジニアになろう。

[松浦剛志, 木山崇,@IT]

 前回は「4つの思考法」について解説した。仮説思考、逆算思考、構造化思考、具体化思考の4つを使い分けながら、企業を現状から未来へとフレームワーク化できる能力を養うことが、すなわち戦略眼を身につけることである、という話だった。

 今回は、経営戦略の先にある企業経営のゴールとは何か、について解説しよう。いささか哲学的で「解答のない問い」とも受け取れるが、絶対的な解答のない「Justice(正義)」に対するハーバード大学の講義が人気を博している昨今、時宜を得たテーマであるといえるだろう。

指標から「どの会社が優れているか?」を考える

 まず、試しに考えていただきたいケースがある。一見すると会計の問題なので、会計理論をまったく知らないか、財務諸表を解釈するのが苦手という人には分かりづらいかもしれない。そこで、少々解説を加える。

 期首の状態がまったく同じで、1年後の期末には図1のような異なる財務諸表になったA、B、Cという3社があるとする。損益計算書(1年間の会社の成績)を見ると、利益はみな同じ100である。しかし、A社だけは売上が他の2社に比べて多い(従って費用も多い)。

 今度は貸借対照表(会社の財政状態)を見てみよう。借入金の額はみな同じであるが、CはAやBに比べると自己資本が少ない。また、Aが資産として売掛金(掛販売し、まだ回収していない売上)を持っているのに対し、BとCは現金のみである。

図1 3社の損益計算書と貸借対照表 図1 3社の損益計算書と貸借対照表

 さて、3社のうち、最も好ましい状態の会社はどれだろうか?

 筆者が実際の研修を行っていると、この質問に対する受講者の回答の割合とその理由は、おおよそ次のように分かれる。

  1. 10%(売上が大きいから)
  2. 50%(売上高利益率が高く、自己資本比率も高いから)
  3. 40%(自己資本に対して、利益率が高いから)

 確認のため、売上、売上高利益率(利益÷売上)、自己資本比率(自己資本÷資産)、自己資本利益率(利益÷自己資本)を並べてみよう。表1で、青く色をつけた部分がその指標で最も高い数値であることを示している。なるほど、受講者の回答はどれも正しく聞こえる。

  A B C
売上 300 200 200
売上高利益率 33% 50% 50%
自己資本比率 50% 50% 33%
自己資本利益率 50% 50% 100%

表1 3社の各指標比較
(青色の部分が、各指標で最も高い数値)


 もう一段階、踏み込むと、

  • 売上を増やしてシェアを取ろうというならば、Aが優れている
  • 現金を手元において、いざというときに供えたいなら、Bが優れている
  • 株主に効率良く貢献したいなら、Cが優れている

と解釈できる。

 しかし、皆さんは気付いただろうか?

 「売上が大きいからAが一番良い会社」と「売上を増やしてシェアを取ろうというならばAが成功している会社」という2つの表現の間には大きな隔たりがある。前者は、シェアを取るという戦略が暗黙の前提になっているが、後者は、その前提が必ずしも絶対ではないことを踏まえた表現だ。

 30年前のビジネスパーソンに同じ質問をしたら、Aが一番良い会社だと回答する人が、おそらく過半数を占めただろう。その当時はシェアが何よりも大事とされた時代だったからだ。その後、シェアは古い、効率が大事であるといって、ROE(自己資本利益率)ROA(総資産利益率)EVA(経済的付加価値)などの考え方が出てきた。銀行の貸し渋りが騒がれた時代には、キャッシュフロー経営という言葉がもてはやされた。翻って、現在では経済のグローバル化の結果、シェアが3番以内でないと生き残っていけないともいわれている。

 当初の質問への回答例で分かったことは何か。

 それは「会計や財務の指標というものは、それ自体で良いとか悪いとかの評価はできず、戦略に沿った形で結果が合致していれば良い」ということだ。戦略は、時代や状況、会社自体の考え方によって変わる。だから、会計や財務の指標は重要ではあるが、文字通り指標であって、経営の進ちょくを測る道具でしかない。つまり、経営の最終ゴールにはなり得ないのである。

 会計や財務の指標ではないとしたら、経営戦略によって会社が導かれる最終ゴール、つまり真のゴールとは何だろうか。

 それは経営理念である。

理念と戦略の関係

 経営理念とは、中長期にわたって達成したい使命や存在意義、ビション、将来像、夢、理想などと、保持したい価値観、大切にしたいこだわりなどを合わせた本質的な理念である。日本の伝統的な言葉である「社是」と同義だと考えてよいだろう。会社によっては「ミッション」という形で掲げている場合もある。

 経営理念の表現の仕方にルールはなく、実際の表現は各社さまざまである。しかし、一言で簡潔に力強く、印象に残る言葉になっていると、社員はもとより、顧客など、自社にかかわる人々やステークホルダー(利害関係者)に対して、自社が「どんな会社であるのか/ありたいのか」を端的に伝えることができ、その理想を共有することが容易になる。

 そのような一言は、バンパーステッカーに例えることができる。経営理念とは自動車のバンパーに張るステッカーのようなものだ、という意味である。アメリカ人はバンパーステッカーが好きで、大量に張ってある車を見かけることがよくある。自分が会社の経営者で、会社という車に1枚だけ張るとしたら何を書きたいか、と考えてもらえばいい。いくつか例をあげてみよう。

  • 「世界中のすべての人々とビジネスの持つ可能性を、最大限に引き出すための支援をすること」→ マイクロソフト
  • 「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」→ グーグル
  • 「Drive your dreams」→ トヨタ
  • 「Live Positively(世界をプラスにまわそう)」→ コカ・コーラ

 とがっている会社は、バンパーステッカーに書かれる言葉もとがっている。そして、時代の先端を走る企業が人や世界に関する言葉を並べていることに気付く。

 本連載の第1回のタイトルは「経営戦略は、『企業が持続的な競争優位を築く』ためにある」だった。持続的な競争優位性を築くことを目指す、そもそもの目的に当たるのが経営理念である。「あなたの会社は何のためにあるのか」「あなたの会社は何を目的としているのか」「あなたの会社の存在意義は何か」という質問の答えとなるものである。

 なくてもいいかもしれないが、深刻な問題が起こったときに、経営理念はそこに方向性を与えてくれるだろう。あるいはあなたが最初の会社を選ぶとき、他の会社に移るとき、決断に迷ったときに、会社の理念に対する共感、あるいは失望が、あなたの背中を後押しするだろう。

 「経営理念」と現実とのギャップを埋めるための指針――つまり、このように進めば理想に近付ける、という方向性――を示すのが、本連載のメインテーマである経営戦略なのだ。

 今回学習してきたように、戦略の成否は会計や財務の指標によって把握されるものが多い。逆にいうと、会計と財務が分らなくては、戦略がうまくいったかどうかが分らないわけである。本来、戦略を学ぶに当たっては最低限、会計と財務について理解することが望ましいが、本連載では詳しくは解説しない。各自、本を読んだり、セミナーに参加することで知識を深めてほしい。

 次回のテーマは「経営戦略にかかわる者の『心得』」である。お楽しみに。


 最後に追加で触れておきたいことがある。投資家へのリターン(ROE)を極大化することが、会社の最終ゴールということはありえるのか、という問題である。「会社の究極のゴールは、できるだけもうけて投資家に配当を払うことか」という質問と同義だ。

 この質問に対しては、Yes派とNo派に分かれる。経営学者のピーター・ドラッカーは次のように断言している。

 「もうけ自体が最終目的ではない。企業の目的は『顧客の創造』だ」

 ドラッカーのいう「顧客の創造」とは、どんな人たちに、どんな価値を提供するのかということだ。つまり、バンパーステッカーには、このことがビシッと伝わってくる言葉が書かれていなければならない。

 絶対的な解答のない問いである「経営戦略の先にある企業経営のゴールとは何か」に対して、本連載ではドラッカーの考えに賛同した形で解説してきたことを付け加えておこう。

筆者紹介

松浦剛志(まつうらたけし)

京都大学経済学部卒。東京銀行(現 三菱東京UFJ銀行)審査部にて事業再生を担当。その後、グロービス(ビジネス教育、ベンチャー・キャピタル)、外資系ベンチャー・キャピタルを経て2002年、戦略・人事・会計を中心とするコンサルティングファーム、ウィルミッツを創業。2006年、業務改善に特化したコンサルティングファーム、プロセス・ラボを創業。現在は2社の代表を務める傍ら、公開セミナー、企業研修の講師を務める。セミナーテーマは「経営戦略」「会計と財務」「問題解決」「業務改善」。

木山崇(きやまたかし)

2000年、東京大学工学系研究科修了。シティバンクを経て、外資系証券会社に勤務。日本証券アナリスト協会検定会員。ウィルミッツ、プロセス・ラボのアドバイザーとしても活躍。


セミナー情報

本連載の筆者が講師を務める「会計と財務 実戦型演習セミナー」の情報がWebサイトで閲覧できます。1日の集中トレーニングで会計の「センス」を身に付けたい人に最適なセミナーです。

会計と財務 実戦型演習セミナー



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