連載
» 2010年12月07日 00時00分 公開

ITエンジニアのための経営戦略入門(5):経営戦略にかかわる者の「3つの心得」

ユーザー企業がシステムの設計・開発を依頼するとき、そこには経営的な判断が存在する。顧客の「経営戦略」をとらえたうえでシステムを設計・開発できるITエンジニアになろう。

[松浦剛志, 木山崇,@IT]

 前回のテーマは「経営戦略が導くゴール=経営理念」だった。財務指標はある一面的なモノサシにすぎず、絶対的・万能な財務指標など存在しない。優れた経営という曖昧(あいまい)な言葉を掘り下げてみれば、その定義は時代とともに変遷する。ならば何が経営の目標たり得るのか。戦略的経営の先にあるもの、経営戦略の最終的ゴールとも呼べるもの、それが経営理念である、という話だった。

 本連載は次回から全社戦略に向けて舵(かじ)を切る予定であるが、その前に前回の経営理念と併せて、経営戦略に携わる者の心得をぜひともお話ししたい。ポイントは下記の3つだ。

  1. 当事者意識
  2. 対話による共通理解
  3. 実践重視

心得その1:当事者意識を忘れない

 心得の1つ目、それは「当事者意識」である。

 自分の会社に対して、「この会社は○○がない」といういい方をしたことはないだろうか。

 ○○には「危機感」「大局観」「ビジョン」「戦略」「思いやり」など、さまざまなものが入る。このフレーズを使うときは大抵、上から下りてきた指示や仕事がネガティブで、結果もネガティブなときである。

 当たり前の話だが、結果が上々で社員全員が喜んでいるときには、あまり「この会社は……」と批判したりしない。「この会社は……」と批判している自分は当事者ではなく、どこかその失敗の外にいて事態を鳥瞰(ちょうかん)しており、自分ならそんな失敗を犯したりはしない、という含みを持っている。格好よくて使いやすいフレーズだ。

 だが、ちょっと待ってほしい。確かに30歳前後であれば、全社的な重要事項に対して、決定する権限を持っていることは少ないかもしれない。しかし、経営陣に現場の状況を伝えることも、経営陣が下した重要な決定事項を現場で実行することも、経営戦略に参画していることなのだ。かかわり方は立場によって異なるにせよ、経営戦略は組織のメンバーすべてにかかわるものだ。自分も経営戦略の当事者であると意識することを忘れないようにしたい。

 批判は大いに結構だ。イエスマンでは意味がない。しかし、批判するあなたは建設的な対案を持っているだろうか? 自分があなたの上司だったとしたら、どう指示を出しただろうか? 経営者だったら? 誰に何をやらせれば、より良い結果が出せただろうか? 部署のメンバーはあなたの指示に従っただろうか?

 結果が駄目なとき、批判するのは簡単だ。しかし、もう一歩進んで、自分の立場でどうリカバリーできるか、手を動かしてみること、上司の立場で考えてみること、経営者の立場で考えてみること、そういった訓練をしてほしい。これは第3回の「構造化思考」にも通じる内容である。

心得その2:対話を通じて共通理解を目指す

 心得の2つ目は「対話による共通理解」である。

 筆者は時々、海外出張へ行く。会う人会う人、皆が「実際に会ってみることの大切さ」を口にする。会って、仕事の話をし、その後は食事をしながら、カジュアルな会話をする。家族のこと、共通の知人の噂(うわさ)話、食べ物の話、旅行の話など、大体どこへ行っても話題は同じだ。そういう世界共通の話題を通じて、相手と少しずつ打ち解けていくのである。

 手紙、電話、FAX、電子メール、チャット、ビデオ会議と、インターネットの発達に従って、コミュニケーション手段は多岐にわたるようになった。筆者も日本で働きながら、いろいろなツールを使って海外と日常的にコミュニケーションを行っている。実際のところ、仕事がメールで済むならすべて済ませたい。しかし、メールだけでは決められない大事なこともあるし、物理的に会って対話をするのとしないのとでは印象の強さが大違いなのである。ITエンジニアであれば、実際に会ってさまざまなトピックについて議論する「勉強会」の重要性を思い出していただければ、筆者の主張が理解できると思う。

 経営戦略は1人で策定するものではないし、1人で実行できるものでもない。対話による共通理解によって、より適切な戦略を策定でき、実行に移すための納得感が醸成され、そして力強く実行されていくのである。現場の第一線から経営幹部まで、場合によっては、顧客や取引先といった社外との意見交換も必要になってくるのだ。だから、普段メールで仕事を済ませている人は、ぜひ仕事相手と会う機会を作り、足を使って、対話をすることを心掛けてほしい。人的ネットワークを作っておいて、損をすることはない。

 対話をする場合は、お互いの共通言語で話すことを心掛けよう。対話とは言葉のキャッチボールであるから、ある共通理解のもとで行わなければ成立しない。日本語で話しているのに、相手が何をいっているのかさっぱり分からない、という経験をしたことのある読者は少なくないだろう。前後関係や文脈(Context)が分からなければ、会話は成り立たないのである。

 「チケットに2次元バーコードをつけて携帯サイトに誘導する」ことを20年前の人に説明したとしても、目的も、意味も、対象とする人も、イメージも、何ひとつ理解されないだろう。理解するためには、

  • 現代では携帯電話とインターネットがインフラとして誰でも使えるようになっている
  • 特に若年層では携帯電話からのインターネット接続が非常に多い

ということが理解でき、イメージとして描ける必要がある。同じように、自分の知っていることではなく、相手の知っていることを基準に、自分の語りたいことではなく、相手の知りたいことを語ることで、対話による共通理解を目指してほしい。

心得その3:実行されてこそ意味がある

 3点目。最後は「実践重視」である。

 経営戦略は実行されて初めて価値を持つ。第3回の「仮説思考」で述べたように、経営戦略は不完全な現状認識を前提とした仮説の塊である。加えて、現状は常に変化しており、実行すると予想しなかったことがどんどん出てくる。想定外だらけのことが起こり得るのである。

 それは必ずしも戦略策定の失敗ではなく、実践で見えた現実に戦略を合わせていく必要がある、ということを意味する。換言すれば、「経営戦略は実行からのフィードバックによって進化していく」ということである。

 机上だけでは経営戦略は完成し得ない。人間が考えられる範囲には限界があるのだ。しかし、人間には思考プログラム自体を修正する能力がある。「Plan-Do-Seeサイクル」という言葉を聞いたことがある読者もいるかもしれないが、考え、実行し、そして修正するという繰り返しこそが人間に備わった力であり、経営を良い方向に向ける方策である。

 若いコンサルタントにありがちなのが、「われわれが提示した戦略は完ぺきだった。実行サイドの問題であり、これはクライアントの問題である」という主張である。勘違いしてはいけない。コンサルタントとはクライアントにプランを実行させてこそ価値があるのであり、そこに真価が問われるのだ。クライアントのIT環境や予算や技術力を考えずにITプロジェクトを推し進めるコンサルタントが優秀だといえるだろうか?

 「木を見て森を見ず」という言葉がある。これを経営戦略の世界に落とし込むと、枝葉末節に振り回されて全体感を見失う、という趣旨になるだろう。だが、経営戦略の場合は逆で、「森を見て木を見ず」に気を付けていただきたいのだ。森という全体感をフレームワークを通して見ることはさほど難しくない。1つ1つの細かい事象を理解し、対応することが難しいのだ。社長の出した「森」に対してあなたに「木」が割り当てられたとき、自分がどう思うかを考えてほしい。神は細部に宿ることを忘れてはならない。


 以上、皆さんにお伝えしたい「経営戦略にかかわる者の3つの心得」について解説した。次回はいよいよ本論、全社戦略の話にお付き合いいただきたい。お楽しみに。

筆者紹介

松浦剛志(まつうらたけし)

京都大学経済学部卒。東京銀行(現 三菱東京UFJ銀行)審査部にて事業再生を担当。その後、グロービス(ビジネス教育、ベンチャー・キャピタル)、外資系ベンチャー・キャピタルを経て2002年、戦略・人事・会計を中心とするコンサルティングファーム、ウィルミッツを創業。2006年、業務改善に特化したコンサルティングファーム、プロセス・ラボを創業。現在は2社の代表を務める傍ら、公開セミナー、企業研修の講師を務める。セミナーテーマは「経営戦略」「会計と財務」「問題解決」「業務改善」。

木山崇(きやまたかし)

2000年、東京大学工学系研究科修了。シティバンクを経て、外資系証券会社に勤務。日本証券アナリスト協会検定会員。ウィルミッツ、プロセス・ラボのアドバイザーとしても活躍。


セミナー情報

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