連載
» 2011年01月07日 00時00分 公開

ITエンジニアのための経営戦略入門(6):事業の経済性に影響を与える「5つの法則」

ユーザー企業がシステムの設計・開発を依頼するとき、そこには経営的な判断が存在する。顧客の「経営戦略」をとらえたうえでシステムを設計・開発できるITエンジニアになろう。

[松浦剛志, 木山崇,@IT]

 前回は「経営戦略にかかわる者の『3つの心得』」と題して、会社の意思決定に携わる者が持つべき下記の心得について説いた。

  1. 当事者意識
  2. 対話による共通理解
  3. 実践重視

 経営戦略には統計学や投資理論といった自然科学を駆使する一面もあるが、会社は人が有機的に動かす組織であるため、心理学や行動論といった社会科学的な一面もある。意思疎通や対話などの極めて泥くさい要素もまた、経営戦略で学ぶべきことの1つなのだ。

 さて、いよいよ今回から経営戦略の本論に入る。前半は全社戦略、後半は事業戦略となる。

事業は移り変わっていく

 全社戦略とは何か、という問いについては、連載第1回を振り返ってもらいたい。「複数ある事業のポートフォリオをつくること」が全社戦略であった。

 では、そもそもなぜ、事業ポートフォリオを管理しないといけないのか。なぜ全社戦略が必要なのだろうか。

 大前提として、経営者は皆、企業の持続的な競争優位性を願っているとする。これは本連載における経営戦略の与件だ。

 競争優位性を保つためには、時代に合致した新たなビジネスチャンスをモノにして、時代とともに会社の事業を変遷させていかなければならない。

 いくつか例を挙げよう。世界一の自動車メーカーとなったトヨタ自動車の前身は、自動織機であった(豊田自動織機は現在も存在するが、繊維部門の売り上げは会社の中でも全体の数%しかない)。パナソニックは二股ソケットから始まって、いまや総合電器メーカーとなった。IBMはコンピュータのハードウェアの会社であったが、近年PC部門をレノボに売却し、大規模ミドルウェアやビジネスソリューションの会社になりつつある。

 大会社に限らず、事業の変遷例は枚挙にいとまがない。事業内容を変えていったからこそ会社が生き残り、また大きくなったのだ。その陰には、時代に乗り遅れ、廃業に至った会社が無数にあることを忘れてはならない。

 事業をシフトしていく過程では、1つの事業を廃止して新たな1つの事業をスタートする、というわけにはいかない。通常、多産多死の繰り返しとなる。その過程において、事業の数は必然的に増える傾向にある。しかし、どんな企業であっても保有する資源(リソース)には限界がある。ヒト・モノ・カネ・情報のみならず、「時間」という、どんな巨大企業にとっても有限な資源もある。限られた資源内で競争優位性を築くためには、事業の経済性を優位にするような事業の組み合わせを、保有資源の傾斜配分により実現する必要がある。

 これが、事業ポートフォリオをつくる必要性を生む。簡単にいえば、何もかも一度にはできないから、いま手に入るリソースで最も自分たちに合った事業から優先的に展開していく、ということだ。

 そのためには、事業の経済性を優位にするような事業の組み合わせを見つける必要がある。だがその前に、事業の経済性に影響を与える以下の5つの要素について理解しておこう。

  1. 規模の経済性
  2. 経験効果
  3. 範囲の経済性
  4. 事業特性
  5. ライフサイクル

 事業の経済性に影響を与える5つの要素を理解することが今回のテーマだ。5つの要素を前提とした事業の組み合わせ(ポートフォリオ)の考え方については次回、解説する。

その1:規模の経済性(economies of scale)

 「規模の経済性」とは、生産量が大きくなると、単位当たりの生産コストが低下する効果のことだ。この現象は、生産活動以外の企業活動についても見られる。例えば、人材の採用コストでも規模の経済性は表れる。

 規模の経済性を生む要因は固定的なコスト、つまり固定費である。製品の材料費は生産量に比例するが、工場を稼働するには人件費、機械や建物の減価償却費といった生産量に比例しない固定費がかかる。工場で100個の製品を作ると固定費である工場の建設費(減価償却費)は製品1個当たり100分の1ずつ負担されることになるが、1000個の場合なら1000分の1で済む。このように固定費は生産量が増えると単位生産品当たりでは安くなる。これが規模の経済性である。

 留意点は、規模が大きくなり過ぎると逆効果を生み出す、という点である。例えば、コンビニを都心から展開していくと、そのうち都心が飽和状態になって郊外にも出店することになる。だが、人口密度が低く都心から遠い郊外に出店したところで、全体のコストが増大する(店舗当たりの売り上げが減少し、配送コストが増加する)。これを「規模の不経済性」と呼ぶ。事業の経済性を考えるには、規模の不経済性と経済性の臨界点を見極める必要がある。

その2:経験効果(experience curve effect)

 「経験効果」とは、製品の累積生産量に比例して、コストが低下する効果をいう。「ラーニングカーブ」という言葉を耳にすることがあると思うが、その類義語である。経験効果は複雑なプロセスについて特に大きく見られ、生産にかかわる従業員の習熟度、機械や人の効果的な配置、製品の一般認知度、優れた製品の模倣などがその理由だとされる。1960年代にボストンコンサルティンググループのコンサルタントによって提唱され、1970年代には多くの研究結果が発表された。

 経験効果をグラフに表したものは経験曲線と呼ばれる(図1)。累積生産量を横軸に、単位生産量当たりのコストを縦軸にプロットすると、下に凸な右下がりの曲線を描く。通常、累積生産量が2倍になるごとに何%コストが低下するか、で表現される。経験効果は前述の規模の経済性と同様に、生産コストだけではなく企業活動全般に当てはまる。

図1 経験曲線 図1 経験曲線

 留意点は、「事業特性」や「ライフサイクル」との関係だ。すなわち、

  • 事業によってコスト低減効果の大きさが異なる
  • 経験が進むと、ある上限値からはコスト低下がほとんどなくなる

という2点である。これらは直感的に理解できるだろう。複雑であれば習熟に時間がかかるし、習熟が進むと生産コストは一定に落ち着くからだ。また、同じ累積生産量であっても、常に改善を目指しているところとそうでないところでは大きな差が出てくるので、この点にも注意が必要である。

その3:範囲の経済性(economies of scope)

 「範囲の経済性」とは、複数の事業を持つことによって、おのおの単独で事業を行う以上の価値を出せることを指す。換言すれば、複数の事業を持つことによってコスト削減あるいは売り上げ拡大(シナジー)が実現できる、ということだ。「規模の経済性」と近い考え方であるが、規模の経済性が単一事業の生産拡大による平均費用の低下を意味するのに対し、範囲の経済性は複数事業による平均費用の低下、あるいは売り上げの拡大を意味する。

 範囲の経済性の源泉は活動や資源の共有である。例えば、衣料用洗剤の開発を端緒に、同ブランドで台所洗剤、風呂用洗剤、トイレ用洗剤と種類を広げていけば、製造原価は下がり、顧客のブランド認知度を向上させるための宣伝広告費も安く済む。

 留意点は、共有要素に見えるものが本当かどうか、という点である。洗剤の種類を増やすにつれ、管理コストが増大する一方で顧客へのインパクトは薄れるため、範囲の経済性が永久に持続的であるわけではない。M&Aの多くが失敗に終わるのは、この共有要素、つまりシナジーの過大評価だといわれている。

その4:事業特性(business characteristics)

 ここまで「規模の経済性」「経験効果」「範囲の経済性」と続いたため、「結局、規模が大きくて、歴史が長い会社ほど経済性が良いってこと?」と思った読者がいるかもしれない。だが、現実は必ずしもそうだとは限らない。その証明となるものが、アドバンテージ・マトリックスという方法で表される「事業特性」である。

 アドバンテージ・マトリックスは、ある業種を競争要因の多寡と優位性構築の可能性の大小という4つの象限に区切り、それぞれの業種における成功要因を規模との関係で説明する(図2)。それぞれの例を挙げると、

a.競争要因が少なく、優位性構築の可能性が大きい - 小型車・家電など高シェアが鍵となるもの

b.競争要因が少なく、優位性構築の可能性が少ない - 繊維・造船などの装置型、コスト減少を追求して発展途上国へ行くことが多い

c.競争要因が多く、優位性構築の可能性が大きい - 化粧品、医薬品など

d.競争要因が多く、優位性構築の可能性が少ない - レストラン・旅館など

となる。4つの領域のうち、aは規模が大きいほど有利であるが、bとcにおいては規模が成功要因には関係なく、dにおいてはむしろ規模が成功要因を阻害することになる。つまり、多くの三ツ星レストランや三ツ星ホテルは、規模の経済性の逆をいくことで持続的な競争優位性を保っているのである。

図2 アドバンテージ・マトリックス 図2 アドバンテージ・マトリックス

その5:ライフサイクル(business life cycle)

 「ライフサイクル」とは、「事業には成長段階があり、段階によって競争状態、必要な経営資源の大きさ、戦略上の焦点が変わる」という仮説で、成長段階を導入期・成長期・成熟期・衰退期の4段階に分けるものである。もともとは製品についての理論であったが、市場、業種、企業についても応用が利く。

 事業の場合、導入期から成長期は資金需要が旺盛(おうせい)であるが、成熟期になると資金回収が進み、衰退期にはどれだけ追加投資をせずにこれまでの投資資金を回収するかが成功の鍵となる。このように、事業はそのライフサイクルの各段階によって異なる経済的な特徴がある、というのがこの理論の意味するところである。

図3 ライフサイクル 図3 ライフサイクル

 事業の経済性に影響を与える5つの要素を踏まえ、企業全体で「選択と集中」を決定していく、つまり全社戦略を遂行するためには、どのような視点で事業の組み合わせを見ればいいのだろうか。ポイントは、

  • 事業範囲(ドメイン)
  • 保有能力(コアコンピタンス)
  • キャッシュバランス

の3つだ。詳しくは次回に述べる。この3つが理解できれば、いよいよ連載第1回のポートフォリオ問題が解ける。お楽しみに。

筆者紹介

松浦剛志(まつうらたけし)

京都大学経済学部卒。東京銀行(現 三菱東京UFJ銀行)審査部にて事業再生を担当。その後、グロービス(ビジネス教育、ベンチャー・キャピタル)、外資系ベンチャー・キャピタルを経て2002年、戦略・人事・会計を中心とするコンサルティングファーム、ウィルミッツを創業。2006年、業務改善に特化したコンサルティングファーム、プロセス・ラボを創業。現在は2社の代表を務める傍ら、公開セミナー、企業研修の講師を務める。セミナーテーマは「経営戦略」「会計と財務」「問題解決」「業務改善」。

木山崇(きやまたかし)

2000年、東京大学工学系研究科修了。シティバンクを経て、外資系証券会社に勤務。日本証券アナリスト協会検定会員。ウィルミッツ、プロセス・ラボのアドバイザーとしても活躍。


セミナー情報

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