第129回 技術への挑戦は不具合発生の頻度を上げる?頭脳放談

Intelのチップセットの不具合がIT業界にさまざまな影響を与えている。この件は「プロトタイプ」として、奥深い問題を投げかけているように思える。

» 2011年02月23日 05時00分 公開
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 Intelのチップセット「Intel 6シリーズ・チップセット」の不具合の問題が、各所に影響を与えているようだ。すでに新聞などでも報道されているので繰り返してもしょうがないが、不具合自体はそれほど「致命的」なものとも思われない。大事な金額の計算を誤るわけでもなく、とりあえず機能はするものだからだ。しかし、隠すわけにもいかない重大度ではある。

 また、影響は一部の最新型機種だけとはいえ、かきいれ時の年度末に生産、販売計画が狂ってしまったPCメーカー各社の対応も大変であるし、Intel自体もこの不具合一発で数百億円に達する費用がかかるらしい。不具合の深刻度がそれほどでもない割には、広範な方面に影響が出ている印象を受ける。Intelの新チップの市場規模が大きいからといってしまえばそれまでだが、半導体のバグの1つでこれだけのお金がかかるというのは恐ろしいことである。

 当然、Intelは内部で再発防止策などに取り組んでいるであろうし、今後は「同じような」不具合を繰り返すことはないだろう。しかし今回の件は「プロトタイプ」として、世界に奥深い問題を投げかけているように思われる。

技術への挑戦なくして他社へのリードなし

 半導体製品の不具合そのものはそれほど珍しいものでもない。Intelのプロセッサ関連製品だけ見ても、過去にも何度もあったことだ(一度など浮動小数点の計算を間違える、というバグがあった)。それどころか、はるか昔にはバグがそのまま「仕様」になってしまっていたような大らかな時代もあったのだ。しかし、プロセッサなど半導体製品が広く使われ、社会的な影響度が高まるにつれて、そんな大らかな時代はとっくに過ぎ去っている。いまでは設計段階から量産まで、高度な検証ツールの通過と厳しいテストと品質管理が要求され、昔に比べたら不具合が見過ごされたまま出荷されてしまう可能性は非常に低くなっているはずだ。そのうえ、ひとたび今回のような市場での不具合がでてしまうとよってたかって解決策と再発防止策などが積み上げられる。別にIntelに限らず、各社の品質保証部門にはそのようなアクションの履歴が累々と横たわっているはずだ。そんなことを繰り返していたら不具合など根絶しそうなものだが、それでも今回のようなことが起こるのである。

 ビジネスマン的にはこういう事態は100%の根絶を望むだろうし、経営者は完璧な体制を構築することを叫ぶかもしれない。しかし結局、半導体製品もまた「物理現象」である。神ならぬ人(エンジニア)が「物理現象」を100%コントロールできると思うこと自体が「思い上がり」ではないかと思う。ただし、長年のエンジニアリング手法の積み上げにより、「物理現象」を非常に高い確率でコントロールできているからこそ商品にできているということも真実である。100%でなく99.9何とか%だ、ということだ。

 いまどきのレベルとして、特に枯れた製造工程で、よく分かっているものを作っている分には不具合が流出してしまう確率など、非常に低くなっているだろう。人間の短い一生を考えなくても、いまどきの短い製品サイクル程度の周期を考えれば、その期間の間では100% OKといっても大丈夫かもしれないくらいである。

 しかし、常に先端の製造工程で、挑戦的な設計をするならば不具合の出る頻度はもう少し高くなるだろう。いろいろな設計ツールや、検査ツールなどで虱潰し(しらみつぶし)にやったとしても、自然は想定外の「現象」を密かに仕込んで人間を試しにくるのだ。いろいろな再発防止策などは人知と経験の積み重ねであるから、自然や偶然の繰り出す仕込みには裏をかかれる場合が多い。それでも、昔に比べれば現状の技術レベルは格段に上がっている。多分、今回のような不具合が流れ出てしまう頻度は、数年から十年に1度くらいなもんではなかろうか。

 ビジネス的には、この確度をもっと上げてこんな事態は根絶したいところだろう。それは不可能ではない。「技術的な挑戦」と「急速な市場投入」を止めてしまえばよいのだ。そうすればこの確度はもっと上げられるだろう。しかし、そうしてほしくはないし、Intelなどもそんな気はないだろう。技術に挑戦しなくなれば他社をリードする進歩もなく、競争に勝ち抜くためには早期の商品化が必須だからだ。ただし、挑戦は常に新たなリスクを取り込んでいくということでもある。現状の技術レベルは「挑戦」と不具合流出頻度の低下のバランスという点では結構よいところまで来てしまっているように思われるのだ。これ以上やりすぎると恐ろしくて挑戦できなくなるかもしれない。

知らない誰かが作ったバグが世界を変える可能性

 それよりなにより不気味なのは、チップセットの1つの不具合が、ごく短時間で世界中のかなり多くの人々に影響してしまう現在の社会のありさまの方である。今回の不具合の影響などは、半導体業界からPC、IT業界といった、まずは予想しうる範囲の人々への影響で留まっているので、まだまだ局所的かもしれない。しかし、今日の社会は、予想もしない要素同士があまりにタイトにカップリングしてしまっている。予想しうる範囲に予想できる影響が起こるだけでは済まず、誰も想像しないところに想定外の影響がでることもしばしばだ。地球の裏側で見知らぬ誰かがしたことが、ごく短期間のうちに地球上のほとんどの人々に何らかの影響を与えかねないということを、我々は経験しつつあるのではないだろうか。

 そして、政府や為政者といった存在でも意図的なコントロールはできなくなっているように見える。よくよく想像してみると、Intelどころか、もっとマイナーな会社のどこかの半導体エンジニアが作ってしまったバグが見逃されたまま出荷され、何かの不具合を市場で作り出してしまうと、場合によってはリーマン・ショックのような経済的な大変動、あるいは思いもかけない動乱のトリガとなるかもしれない。くわばらくばわら、そんなトリガは引きたくないもんだなぁ!

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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