Amazon CTOが語るPaaS、そして企業ITの新たなスタイルクラウドHot Topics(5)(1/2 ページ)

今世紀最大のIT潮流といっても過言ではないと思われる「クラウド」「クラウドコンピューティング」「クラウドサービス」。本連載では、最新の展開を含めて、クラウドをさまざまな側面から分析する。

» 2011年08月09日 00時00分 公開
[三木泉@IT]

 Amazon Web Services(AWS)は、最近になって企業の社内業務アプリケーションをターゲットし始めたと言われることがある。しかし、Amazon Web Servicesの開発を率いてきた最重要人物の1人であるAmazon CTOのヴァーナー・ヴォーゲルズ(Werner Vogels)氏は、少なくとも3年前に、IT雑誌Information Weekのインタビューに答え、AWSを企業のデータセンターの延長として推進していく考えを示している。ではいま、企業ITへの展開という観点で、AWSはどこまで来たのか。また、にわかに活気を帯びるPaaSに対してはどのようにアプローチするのか。7月初めに来日したヴォーゲルズ氏にインタビューした。なお、ヴォーゲルズ氏とともにAWSを作り上げてきたAmazon Web Services兼Amazon Infrastructure担当上級副社長 アンディ・ジャシー(Andy Jassy)氏へのインタビューは、本連載の第2回に掲載している。

外の世界との連携が進んできた

―― 3年前のInformation Weekのインタビューで、あなたはAWSが提供しているようなクラウド技術はまだ「第1日目」のレベルだと答えている。それ以降、進展はあったと思うか。

 AWSは、顧客からの大きな信頼を獲得し、いまや190カ国以上のユーザーに使われている。これほど強力なユーザーベースに恵まれたことは非常に幸運だったと思う。

 われわれは、顧客にとって使いやすいものを目指し、顧客からのフィードバックを生かす戦略をとってきた。特に過去1年間に投入した新機能や新サービスは、非常に目覚ましいものだった。顧客はビジネスで戦っていくために、さらに多くのサービスや機能を求めている。そして彼らは自社にとっての差別化につながらないものから、もっと解放されたいと考えている。

 第1に、ますます多くの地域への展開を進めている。アジア太平洋地域には昨年進出した。世界中の、さらに多くの地域への展開を進めていく。非常に多くの人々が、ローカル・プレゼンスを求めている。

 昨年われわれが行ったことの多くは、使いやすさに焦点を当てたものだ。これまでにもわれわれは多くのサービスを投入してきた。しかし、多くのアプリケーションでは、構築と運用に多くの手順を踏まなければならない。データベースを配置し、負荷分散機能をここで行い、DNSとの連携はこう行う、といった具合だ。

 基本的なIT機能をクラウドサービスが担ってくれることを、顧客は喜んでいる。それでも、まだ多くの作業が残っている。そこでわれわれは3つのことを行った。

 1つはManagement Consoleだ。以前はAPIしか提供していなかった。2つ目はCloud Formationだ。複数のコンポーネントを同時に立ち上げるなどの設定を宣言的に行える。顧客自身がテンプレートを書くだけでなく、当社やISVもテンプレートを提供している。もう1つはElastic Beanstalkだ。アプリケーションをちょっと走らせたいときに、サーバや負荷分散をいちいちインスタンス化しなければならないのかという面倒を解消する。これも、スケーリングなどを支える下位の要素を抽象化する手法の1つだ。

 また、今年になって外の世界との統合が進んできた。

 多くの企業顧客にとって非常に重要な機能として、VMwareとの間のエキスポート/インポート機能がある。ますインポート機能から始めたが、いまではエキスポートもできるようになっている。

 われわれがやっていることのなかには、外からはあまり革新的には見えなくとも、顧客にとっては非常に重要なことがよくある。これらの新しい機能のほとんどは、無料で使えるものだ。

既存のSAPシステムもクラウド移行でメリット

―― では、企業の従来型の社内向け業務アプリケーションに対してはどこまでAWSを訴求しようとしているのか。こうした既存アプリをクラウドサービスに移行するインセンティブはより小さいと思うが。

 たしかにAWSの(用途の)中核となっているのはインターネット・アプリケーションだ。しかし当初から、エンタープライズ・アプリケーションも非常に大きな部分を占めてきた。Amazon EC2を始めた直後から、製薬、金融などの大企業の一部は、こうした環境をどう使えるかを知っていた。もちろん当初はHPCやデータ処理、データ変換などの分かりやすい使い方が中心だった。

 しかし、次第に大規模ソフトウェアベンダが、彼らの主要ソフトウェアをわれわれの環境上で確実に動かせるように、協力してくれるようになった。今年の早い段階で、OracleとSAPはいずれもAmazonプラットフォーム上で認定されている。すなわち、フル・サポートを受けながら、Amazonプラットフォーム上でこれらのソフトを稼働できる。2、3年前には見られなかったが、こうした製品ベンダによるサポートのおかげで、多数の企業が例えば中・大規模のERPシステムをクラウドに移行している。

 われわれは、製品ベンダとの協業を通じ、顧客がクラウドの伸縮性を生かせるように努力している。

 では、特定のアーキテクチャにしばられていたりROIが合わないといった理由で、オンプレミスに永遠に残るソフトウェアはあるだろうか? おそらくあるだろう。しかし、徐々に、そうしたアプリケーションの数は減っていくだろう。

―― しかし、SAPのようなアプリケーションがすでに構築されている場合、これをAmazonに移行するメリットは何なのかを改めて聞きたい。

 こうした(移行が行われる)システムは、サービスとして機能させるために、大きなハードウェア投資を必要とするような大規模環境であることが多い。当初は比較的小規模なものだったとしても、次第に規模が大きくなり、これによってハードウェアが制約になってくることが多い。

 AWSを使うメリットは、例えば小さなインスタンス・タイプで始め、後で次のインスタンス・タイプに移行できることにある。Amazonの最大のインスタンス・タイプでは、世界で最大規模のSAP実装も動かせる。

 加えて、ERPシステムは単一のシステムだけということはない。これを活用するための小規模なアプリケーションを周りに構築することになる。こうしたアプリケーションは私が「core-strained elasticity(コアシステムに制約される伸縮性)」と呼ぶものを生かせる。

 よくクラウドに移行される典型的なアプリケーションは人事システムだ。私自身、当初は知らなかったが、人事システムは季節変動が非常に大きい。春には従業員の勤務評価が行われる。秋には昇進の考課があり、夏にはコンプライアンスに関するトレーニングが行われたりする。

 勤務評価を例にとると、アマゾンでは約4万人の従業員全員が、自身の勤務評価を2月末までに提出しなければならない。宿題と同じで、誰でも期限ぎりぎりに提出するものだ。従って、2、3日の間、この4万人をサポートするため、数台のサーバ・インスタンスが必要になる。しかしそれ以外の時期は1台でいい。これが、私のいうcore-strained elasticityの意味だ。

 人事システムは、クラウドへの移行に非常に適している。コストを大きく減らすことができるからだ。

ITスタッフをハードのお守りから解放する

―― 企業がすべてのアプリケーションをクラウドに移行させ、オンプレミスには何も残さないような形を、あなたは提唱しているのか。

 ある大規模な保険会社のCIOと話した。彼の会社では4000のアプリケーションを統括しているが、管理体制が整ったころにかぎって合併があり、また最初からやり直さなければならないということを繰り返してきた。彼は合併にうまく対応していくために、クラウドを活用することに興味を示している。

 合併の連続で彼が直面している悪夢とは、こういうことだ。自分が調達に関与したわけでもないあらゆる種類のハードウェアがばらばらに存在し、メンテナンス契約もばらばらで、こうしたハードウェアの管理が、合併に際して大きなITコストとしてのしかかっている。そこで彼は、できるだけ多くのサーバをクラウドに移行し、ハードウェアを可能なかぎり資産から外したいと考えている。

 CIOはそれぞれ、戦略や優先順位が異なるが、彼の場合は、多くのアプリケーションをクラウドへ徐々に移行することが目的だ。ただし、彼はシステムそれぞれについてROIを仔細に検討し、移行にどれくらいの作業が発生するのか、時間や労力に見合うだけの価値があるのかを見定めようとしている。

 彼がハードウェアをなくしたい理由の1つは、優秀な部下たちがデータセンターのお守りを強いられているからだ。これは保険会社としての差別化にはつながらない。彼は、優秀な部下たちがシステム維持に力を費やすよりも、ビジネスをサポートしてほしいと思っている。

―― 企業のIT担当者のなかには、ITクラウドサービスに自分の仕事が奪われることをこわがっている人もいるが、こうした人々をどう説得しているのか。

 これが話題になるのは初めてではない。恐怖心を食い物にしようとする動きがよくみられる。従来型のIT企業のなかには、サービスの質よりも恐怖心で競争しようとする企業がいる。組織のITの大きな部分がクラウドに移行すると、スタッフの仕事の内容は変化する。ハードウェアを管理する代わりに、クラウド上のサービスを管理するようになる。

 古いITの世界では、ユーザー企業は特定のIT企業1社にコミットしてきた。しかし新しいITのスタイルでは、社内の各業務部門のために、さまざまなプロバイダの提供するサービスとしてのアプリケーション群を管理することになる。

 IT担当者の活動は、ハードウェアの管理から、サービスの管理へシフトしようとしている。これに伴って、セキュリティの管理、サービス品質の計測、IT機能の円滑な運用を確保していくための選択肢の検討、といった業務が出てくる。仕事の内容はある程度変化するが、より面白くなるはずだ。少なくとも私は、人減らしのためにクラウドが使われた例を知らない。

―― その言い方で人々は納得するか?

 (AWSの)採用ペースから判断して、われわれは人々に納得してもらうことにかなり成功していると思う。しかし、変化は、クラウドに関するものだけでなく、どんなものでもそうだが、つらいものだ。人はいつでも、まず変化に逆らおうとする。私がCIOと話すと、彼らは恐怖心を持っていない。なぜなら、過去10〜15年において、いくつかの大きな変化を経験してきているからだ。

 例えば仮想化が登場したとき、多くのハードウェア・エンジニアは、自分の仕事がなくなることを心配した。しかし、仕事は変わったものの、仕事を失うことはなかった。

 新しいタイプのデータベースが生まれたとき、多くのDBAは仕事がなくなると恐れた。しかし彼らはいまでも働いている。知識をSQLデータベースだけでなく、No SQLデータベースに広げたからだ。

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