受託開発は本当にオワコンか? SI業界の未来を前向きに考えるイベントレポート

Webサービス全盛の今こそ、エンジニアリングについて本気で語るイベント、「これからのエンジニアリングの話をしよう」第1回レポート。未来の受託業界を担うベンチャー企業のエンジニアが集まってパネルディスカッションを行った。

» 2012年03月19日 00時00分 公開
[金武明日香@IT]

「Webサービスは格好いい」「SIオワコン」本当に?

 「Webサービスが盛り上がっていて、“クリエイティブで楽しい”“華やか”というイメージがある。一方、受託開発は“地味でオワコン”という風潮があるが、本当のところはどうなのか?」

 2012年1月19日、ベンチャーカフェが主催するイベント「これからのエンジニアリングの話をしよう」で、このような質問が投げ掛けられた。

 本イベントは、「Webサービス全盛の今こそ、エンジニアリングについて本気で語る場が欲しい」というエンジニアの声によって生まれた。さまざまな切り口で「受託開発の未来を考える」シリーズイベントで、全5回を予定している。

ディスカッション ベンチャー企業の代表3人とひが氏によるディスカッション

 第1回目のテーマは「クリエイティブ・エンジニアの未来?受託とサービスの垣根を越えて〜」。ベンチャー企業で受託開発を行っている3人のエンジニア、ゆめみCTO 中田稔氏、ビープラウド代表取締役 佐藤治夫氏、ヌーラボ代表取締役 橋本正徳氏、そして本イベントのナビゲータ兼監修を務めるひがやすを氏が、パネルディスカッションを行った。

受託開発と自社サービスを持つ人たちの本音

 ひが氏は、かつてブログで「SI業界からはさっさと抜けだした方がいい」と書いたことがあるが、今も電通国際情報サービスに在籍している(もっとも、今はサービスを作る仕事をしているので、受託開発をしているというわけではない)。「ブログを書いた当時から少し考えが変わった」と、ひが氏は語る。

 今回パネルディスカッションに登壇した3人は、サービスと受託開発を一緒に行っているベンチャーの代表たちだ。

●ヌーラボ代表取締役 橋本正徳氏(@hsmt

 ヌーラボは、BacklogやCacooといった自社サービスを持ち、同時に受託開発も行っている。橋本氏はもともとSI企業で派遣社員として働いていたが、お客さんに近いところで働きたいという思いで独立したという。

●ビープラウド代表取締役 佐藤治夫氏(@haru860

 ビープラウドは、Pythonをメイン言語とした企業だ。受託開発がメインだが、最近はBtoBとBtoC向けに自社サービスも開発している。受託開発でPythonに特化している企業は珍しい。なぜPythonを採用したかについて、佐藤氏は「優秀なエンジニアを集めるためには人数が多いJavaやPHPでは難しいと思った。だからあえてPythonにした」とのこと。実際、同社には「Pythonで仕事ができるなんて夢のようだ」というエンジニアたちが集まってきたという。

●ゆめみCTO 中田稔氏(@u_minor

 ゆめみは、モバイルサービスの企画や開発を行っている。中田氏は「受託と自社サービスは補完関係。大事なのは“人が何を求めているのか”なので、あえて両者を区別していない」と語る。オンラインで得た情報をいかにオフラインで生かせるかを重視しているという。

 パネルディスカッションは、事前アンケートで回収した質問について、登壇者が自社の事例をふまえて回答する、という形で進められた。

会社におけるエンジニアの役割

――大手SI企業のエンジニアは、実際にシステムを作っているわけではなく、パートナー企業に開発を依頼するのが一般的ですが、(パネルディスカッション登壇者の企業で)エンジニアはどのような役割を担っていますか。

橋本正徳氏 ヌーラボ代表取締役橋本正徳氏

ヌーラボ橋本氏 「この人はエンジニアで、あの人はそうではない」という感覚はないですね。役割分担はあまりないです。お客さんとの打ち合わせから見積もり、開発にサーバのメンテナンスまで、エンジニアは全般的に行います。

ビープラウド佐藤氏 エンジニアは、開発工程の全般に関わっています。お客さんとエンジニアが直接話すことで、開発スピードが速くなるからです。

ゆめみ中田氏 同じく、全行程に関わっています。お客さんは、作りたいものがあるけれど、詳しい部分は分かっていないことが多いです。だから、エンジニアがお客さんの実現したいことを聞いて、提案からやっています。


 一言で「受託開発のエンジニア」といっても、大手SI企業とベンチャー企業ではエンジニアの役割が大きく違っている。特徴的だったのが、分業体制をほとんど引いていないこと、顧客折衝の段階からエンジニアが担当していることだ。そのメリットとしては、開発スピードの向上や、ユーザーの望むものを開発できることが挙げられている。

プログラマとSE問題

――ずっとコードを書き続けたいけど、会社にはそうしたキャリアプランがありません。それぞれの企業は、どういう取り組みをしていますか。

中田稔氏 ゆめみCTO 中田稔氏

ゆめみ中田氏 私は今もコードを書いていますし、死ぬまでコードを書くつもりです。新しい技術に触り続け、自分自身を磨いていないとダメだと思っています。「自分では作らずにパートナーに伝える」ということはしません。コードを書く人間が、お客さんに接するようにしています。

ビープラウド佐藤氏 プログラミングが得意な人は、プログラミングを追求してくださいというスタンス。中には、アイデア出しや顧客との折衝が得意な人もいる。基本的には「価値を発揮できる場所」で働いてもらうことにしています。

ヌーラボ橋本氏 プログラマとSEを分ける場合、どんなメリット/デメリットがあるかを考えてみます。職種が分かれている場合、「コードを書け」と強要されないのはメリットです。世の中にはプログラムを書きたくない人もいます。

佐藤治夫氏 ビープラウド代表取締役佐藤治夫氏

ひが氏 I企業でプログラマとSEが分かれているのは、案件の増減に備えるため。開発にはたくさんの人が関わり、1000人月の案件などもある。しかし、企業はそんな大人数を抱えられない。少しの社員で、大規模プロジェクトを運営するには分業が必要になる。デメリットとして、要件を聞くSEが技術を知らないということ。プログラマへの頼み方も分からないから「よろしく」と丸投げになってしまう。これは残念なこと。

ゆめみ中田氏 人月そのものが好きではないですね。人月は、エンジニアを頭数で数えているけど、本当はそうじゃない。受託開発は、価値の提供であって人数ではありません。人月でやるからややこしくなるのではないでしょうか。

 大規模システムで人数をそろえなければならないのは分かりますが、今のシステムは小さなシステムを疎結合する時代になっています。なので、そもそも大規模人数をそろえること自体が減っているように思います。


 大規模な開発案件の場合は、分業はそれなりのメリットがある。一方、開発のことを理解していない人間が設計することのデメリットもある。ベンチャー企業では、人数が少ないためか、分業しないほうが高いパフォーマンスを出せるという印象だった。

良い受託と悪い受託

ヌーラボ橋本氏 違いは、楽しいかどうか。楽しい受託開発は良い受託だし、楽しくない受託は悪い。

ビープラウド佐藤氏 良い受託は、やった後に達成感がある。「自分がこれを作った」という誇りが生まれる。悪い受託とは、やらされている感がある受託。もうあの人とはやりたくないといったような負の遺産が残るもの。

ゆめみ中田氏 ユーザーに価値を提供できるのは良い受託。自分が何を学ぶのかということを考えれば、たとえハードな交渉などでも経験になるし、成長できる機会がある。悪い受託とは、メンバーの心が折れる受託。人月として頭数だけで見られると、言われた通りに作ればいいという感じで、アイデアを出す余地がない。

ひが氏 悪い受託は見分けられます。「お客さんがいいシステムを作ろうと思ってない」のは総じて悪い受託開発。社内システム部は、エンドユーザーのニーズを聞き、安く、納期以内に作るのが評価の対象になる。

 良い受託開発は、お客さんが良いものを作ろうとしている。システムが売り上げや会社の規模に直結する場合は、できるだけ良いものを作ろうとしますよね。

――悪い受託開発に関わっている場合、どうすればいいのでしょうか。

ひが氏 悪い受託開発をしている会社は、どうしようもないのでは。良い受託をするにはお客さんを選ばないといけない。しかし、経営者はわざわざ顧客を変えようとしない。変えられるんだったら最初から仕事を請けていないはず。なので、会社が悪い受託開発をしているなら、それはなかなか変わらないので、抜けるなど別の方法を考えた方がいいと思います。


 エンジニアがやりがいを持てるかどうかが鍵のようだ。「ユーザーとの関係」については、エンジニア個人の努力ですぐにどうにかできる問題ではないので、所属する会社が悪い受託開発をしているなら、別の道を考えた方がいいのでは、というアドバイスも出た。

SI業界はオワコン?

――SI業界はだめだと思いますが、どうなんでしょうか。受託開発に未来はあるのでしょうか。

※SIの定義:ここでは、インフラからすべて請け負う企業に絞る。

ヌーラボ橋本氏 SI企業は、どんどん専門性に特化していくと思います。特に、SEが少数精鋭になるのでは。SEは、アイデアやプロトタイプなどの専門性に特化していって、プログラミングはオフショア開発など、外にお願いすることになる。こういう仕事が好きな人にとって、SI企業は悪いところではないと思います。能力がない人は分からないですが。

ビープラウド佐藤氏 本当に開発をやりたい人は、SI企業を抜けていくでしょう。そうでない人は、SI企業の中にとどまって政治的なことをやっていくと思います。ただ、人数は減るし、パイも減ると思います。私自身、良いお客さんと付き合っているし、売り上げも伸びているので、「受託が悪い」という実感がありません。

ゆめみ中田氏 大手SI企業は縮小すると思います。今は、小規模なシステムを疎結合する時代。大規模システムを作らなくなっています。受託開発に未来がないか? というと、そうでもないと思います。良いシステムを作りたいという意欲があるお客さんはいっぱいいます。良いお客さんと一緒に仕事をするかどうかでは。

まとめ

 さまざまな意見が出たが、「受託開発へのニーズはなくならないし、お客さんもいるけれど、これまでと同じやり方では対応できない」という共通認識があったように見える。

 「受託開発の市場が今すぐなくなるわけではないが、中?長期で考えた時、市場は先細りになるだろう。大企業の多くは大きくなりすぎて持たない。大手SI企業がだめになるにつれて、案件数も減っていく」とひが氏はまとめた。

 3人のパネラーはそれぞれ、自分たちにとって「良い受託開発」を考えて実行している。「少人数」「分業しない」「エンジニアがお客さんと話す」「やりがいを大事にする」などが、これからの受託開発を考える上でのキーワードになりそうだ。

 最後に、「そもそも、エンジニアリングって何?」という質問への各人の答えをまとめておこう。

――そもそもエンジニアリングとは?

ゆめみ中田氏 「世界を作る」こと。神や創造主に近い仕事。

ビープラウド佐藤氏 アイデアを形にすること。

ヌーラボ橋本氏 魔法。

ひが氏 ものを作ること。



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