旅行のソーシャル化は「現実世界のFacebook」、AirBnB CEOに聞いた延べ1000万泊の実績、日本市場参入へ

個人間で宿泊サービスを提供できるマーケットプレイスのAirBnBのCEOが、日本市場参入を見据えて来日。@ITはインタビューを行った

» 2012年11月30日 19時05分 公開
[西村賢,@IT]

 個人間で自宅の空きスペースや、空き期間を他人に有償で貸して宿泊させるオンラインのマーケットプレイス、「AirBnB(エアー・ビー・アンド・ビー)」が日本市場への本格参入機会をうかがっている。

 2012年11月には、これまで英語をはじめとする欧米言語で提供してきたWebサイトに日本語メニューを追加。共同創業者の1人でCEOのブライアン・チェスキー氏が初来日してコミュニティのメンバーと意見交換などを行った。@ITは来日したチェスキー氏にインタビューする機会を得た。

延べ1000万泊、いずれ超大手ホテルグループも凌駕!?

 AirBnBの概略を振り返っておこう。

 2008年に創業したAirBnBは、オンラインストレージの「Dropbox」と並び、シードアクセラレータのY Combinatorが出資したスタートアップ企業として最大級の成功を収めつつあるスタートアップ企業だ。赤の他人を自宅に泊めるというアイデアは当初、投資家からも周囲の人々からもクレイジーだと言われたが、わずか4年で世界192カ国、3万都市に26万件の登録物件、通算でのべ1000万泊の成約を見るほどに成長した(延べ1000万泊達成は2012年6月)。2011年7月には評価額が10億ドル(約800億円)に達したと報じられていて 、スタートアップ業界では期待のホープといったところだ。

2012年11月には日本語のメニューを追加した。日本の物件登録はまだ240件程度と少ない
宿泊費用、場所、これまでの利用者の評価など詳細な情報で登録情報探しができる。マンションの1室のようなものだけでなく、湖畔のコテージやお城まるごとなどといった登録もある

 3年前とやや古い記事だが、記者が実際にAirBnBを利用した体験談を書いた「AirBnBを使ってみた:ネットで部屋を貸し借りして“人間らしい旅”を」も参考にしてほしい。単にホテルよりも割安に旅ができるということよりも、見知らぬ人との出合うことができ、地元の人々に溶け込んで、本当の意味で「その土地に行く」という体験ができることが、AirBnBの魅力の1つとなっている。

 2012年6月には、1晩だけで6万人がAirBnBを通して予約した個人宅に宿泊したという。チェスキー氏は、「いずれ1晩当たり100万人がAirBnBを通して見つけた宿泊先で寝ることになるなるだろう」と話す。

 1晩で100万人とはどういう規模だろうか。

 例えば、ホテル業界のニュースサイト、2012年のHotel Onlineの報告によれば世界トップのインターコンチネンタルホテルで客室数は66万室。稼働率を6割、1部屋の平均滞在者数を1.5人と仮定すれば、世界各国にあるインターコンチネンタルホテルの宿泊施設で1日当たり約60万人が宿泊していることになる。つまり、チェスキー氏は宿泊者数規模でグローバルなホテルチェーンを超えるポテンシャルをAirBnBに見ているということだ。そして、それによって世界は変わるだろうという。

AirBnBの“一夜の成功”には1000日かかっている

 AirBnBは現在、世界10カ所に拠点を構え、550人の社員を抱えるほどに成長した。投資も集まり、今でこそ順風満帆に見えるが、ビジネスが軌道に乗るまでには結構時間がかかっている。

AirBnB共同創業者の1人でCEOのブライアン・チェスキー氏

 「今どきのインターネットカルチャーだと、1カ月で人気がでなかったら多くの人が(サービスやプロダクトを)諦めますよね。“オレたちはFacebookにはなれない”、などと言って。Facebookは2週間で立ち上がりましたからね」

 「われわれAirBnBのサービスは、実際にユーザーが使い出すようになるまで1年半かかっています。軌道に乗るのに1000日かかっています」

 創業わずか4年で10億ドルの評価額。その華々しい成功談をメディアは、“一夜にして成功したAirBnB”(overnight success)と書き立てたが、「その“一夜”というのは、われわれの1000日のことでしょうね(笑)」とチェスキー氏は笑う。サービス開始当初は、アイデアに眉をひそめる人が多く、ときどきメディアで話題になることはあっても利用実績はなかなか伸びなかった。

 それでも起業当初から一貫してアイデアがブレることはなかった。これで世界は変わる、という信念があったからだという。

 「われわれは粘り強いんでしょうね。諦めずに続けられた理由は、やはり自分たち自身で体験して感じたことを信じていたからです。体験というのは、2007年10月のある週末、われわれ自身が見ず知らずの3人の旅行者に部屋を貸した日のことです」

創業者たち自身の体験が原点に

 チェスキー氏は美術系の名門大学、ロードアイランドスクールオブデザインでデザインを学び、卒業後はロスアンゼルスで工業デザイナとして働いていた。同級生で、後に共同でAirBnBを創業した1人のジョー・ゲビア氏に「卒業したら一緒に会社をやろう」と誘われていた。AirBnBのような具体的な起業のアイデアがあるわけでもなく、サンフランシスコのゲビア氏のアパートへ引っ越したときには所持金は1000ドルしかなかったという。

 「ジョーのアパートの家賃は毎月1150ドル。私は銀行に1000ドルしかなかったんです。ちょうどその時、国際的なデザインカンファレンスが(地元のサンフランシスコで)開催される予定になっていて、ホテルが軒並み満室になっていました。ジョーは家具もないアパート暮らしでしたが、どうしたわけかクローゼットにエアーベッドを3つも持っていました。それを取り出して膨らませたのがAirbedandbreakfast.comの始まりです(AirBnBは当初はAirbedandbreakfast.comという名称で、後に改名した)。カンファレンスに参加するボストンの35歳の女性、ユタ州の45歳の5人の父親、インドの30歳の男性の3人をホストしました。みんなデザイナです」

 「カンファレンスが終わって3人が去った後に気付いたんです。賃料は十分稼げたし、新しく友だちもできた。ほかの人たちも同じことをやればいいのではないか、と」

金銭がキッカケとなって、交流を体験

 「AirBnBで自宅の空きスペースなどを提供するユーザーのうち、実は大半の人はソーシャルな体験を求めてなどいません。われわれ自身がそうだったのですが、ほとんどの人は金銭目的でAirBnBを使って場所を貸します。“いろんな人に会ってみたい。だから人を泊めてみよう”などと言い出す人は、実はあまりいません」

 「ただ、お金がキッカケになるんです。お金のために場所を貸してゲストを迎える。その後に何が起こるかというと、多くの人が、より多くの人との交流、ソーシャルな体験を求めるようになるのです。誰かをホストして、その人たちが好きになれば、同じ体験を求めるようになる。最初から人との交流を求めるのではなく、偶然や副作用としてセレンディピティ(偶然の出合い)を経験するんです」

 「私自身がそうでした。友だちがほしいとは思っていませんでした。でも3人の友だちができたんです。今でも3人とは連絡を取り合っています。インド人の男性は結婚式に招いてくれたほどです。彼は最近AirBnBのオフィスに来て、第1号ユーザーとして全社員の前でしゃべってくれたりもしています」

 「もし他の人たちもわれわれと同じ体験をしたら、きっと気に入って続けるだろうし、そうなれば世界は変わると思ったんです。それは、たぶん可能だろうと信じたんです」

 すでに書いたように、AirBnBを通して実際にユーザーが利用するようになるまでに1年半かかっているが、その間、これが成功するビジネスモデルだということを疑ったことは1度もなかったという。

 「多くの人は、われわれは頭がおかしい、AirBnBなんて馬鹿げたアイデアだと思っていました。初期の投資家の1人であるY Combinatorのポール・グレアムですら、AirBnBはダメなアイデアと考えていたほどです。彼は、AirBnBのアイデアというより、創業者としてわれわれのことを気に入って投資してくれたんです。われわれがいつか違うアイデアに取り組むと思っていたようですね(笑) でも、ピボット(サービスの軌道修正)なんて、ただの1度も考えたことがありません。AirBnBは、体験しないとダメなんです。1度でも体験すれば、みんな考え方が変わる。だから新しく来たユーザーが体験し続けている限り成長するだろうと思っていました。一見、頭のおかしいアイデアなので、人々は試そうとしないだけなんです。だから、AirBnBが立ち上がるのにはしばらく時間がかかるだろうと思っていました」

 「1000日かかったといっても、すごく時間がかかったとは言えないですよ。50年とか1世代以上続くようなビジネスが立ち上がるのに1000日は少しも長くないどころか、短いぐらいです」

旅行のソーシャル化は「現実世界のFacebook」

 チェスキー氏が1世代以上続くだろうと見るビジネスの本質とは何なのか。世界が変わるとは具体的にはどういう意味だろうか。

 「旅行というのは誰でもするものですし、異文化交流をして互いに学ぶことは重要です。各国の文化について直接経験から学ぶことができれば、それは長く人々の記憶に残る強烈なものになるでしょう。旅行というもの自体がパワフルなアイデアで、われわれには旅行という体験をもっと広めることができます。変化が激しいので長期的な予測はできませんが、旅行市場自体は数千億ドル規模の市場があって、それは今後も成長するでしょう。われわれAirBnBは、旅行市場における新しい選択肢の1つです」

 「所有する時代から、アクセスする時代に急速に変化してきていて、自分が持っているモノを人々とシェアできる時代なのです。つまり、世界が、人々が、われわれを必要としているのです。ついにソーシャルネットワークが現実世界に入り込むわけです。いわば、AirBnBのコミュニティは“オープンにつながった現実世界のFacebook”です。より多くの人がAirBnBで旅行をすれば、世界は変わるでしょう。中長期的に世界がどう変わるかは分かりません。でも、AirBnBは重要だし、世界に必要なものなのです」

 チェスキー氏が「世界が自分たちを必要としている」という背景には、これまで、トラブル発生がメディアなどで報じられるたびに強化してきた安全面への取り組みの数々がある。

 AirBnBでは万一の損害などではホストへの補償金は最高で100万ドルまで提供される。利用者の認証も、Twitter、Facebook、LinkedInなどのソーシャルサービスとの連携や電話番号の確認をはじめ、現地写真、詐欺対策チームの活動、不審な挙動を検知するシステムの導入など、安全性の向上に努めているという。ユーザーレビューも、実際に支払いが終わって滞在が確認できたユーザーのみが投稿可能であるほか、ネガティブなレビューを書く必要がある場合は運営者のAirBnB側に非公開で通知できる仕組みを設けるなどして、コミュニティ全体で不審者やマナーの悪いホスト、ゲストを排除する仕組みを高めている。

 「1年後には、もっと多くの安全面での施策が可能になっているでしょう。それにしても考えてみてください、1000万泊というのは非常に良い実績です。どこか具体的な競合サイトと比較して証明ということはできませんが、安全性ではAirBnBが絶対にベストだと信じています」

 「どうやってユーザー間で信頼を生み出すか、決済をどうするのか。われわれは、170以上の国で決済を処理しています。お金はどうやって徴収するのか、詐欺にどう対抗していくのか。物件ごとに、いくらの価格付けをすべきかホストに提案するといったこともしています。こうしたことは簡単なことではありません」

 多くの施策やオンラインでの交流の場の提供は、インターネットの登場で初めて可能となったもの。そういう意味ではAirBnBはシリコンバレー型のソフトウェア企業の1つの典型だ。

規制との整合性よりも、まずコミュニティに耳を傾ける

 日本市場への取り組みを始めるというAirBnBだが、法人を立ち上げるわけでもなければ、オフィスを開くわけでも、関係省庁やビジネスパートナーと調整を始めるわけでもないという。

 しかし、法規制との整合性はどうするのか。文化的にAirBnBのようなサービスを受け入れづらい市場や国民性というのはないのだろうか。AirBnBの日本人利用者は今のところ、サイト全体からすれば少ない。

「確かに文化は異なります。日本文化は、ほかとは異なります。でも、1つだけ言わせてください。どこの国に行っても『わが国は違いますよ』と、皆さん言うのです。どの国もわれわれは違うと言いますし、実際どこの国も違うと思います。でも、東京にも、パリにもグローバルなコミュニティがあります。これはすごく現代的な話です。われわれは日本でも成功できると思います」

 これまでの類似サービスと異なり、バカンスのための郊外の物件よりも、AirBnBは都市部の利用者が多いのが特徴という。都市部のコスモポリタンたちが旅行を通して異文化交流を楽しむ姿が目に浮かぶ。AirBnBの利用者には個人事業主やアントレプレナーも多いという。

 「新しい国や市場に参入するときには、各国に実際に赴いて、そのコミュニティから文化や規制を学びます。われわれが誰で、何をしているのかを、まず人々に理解してもらうようにしています。そういうことをしていて気が付いたのは、多くの都市で、非常に時代遅れの規制が存在しているということです。異なる時代背景のもとに制定された、不明瞭な規制です」

 「だからわれわれは、コミュニティに直接話しかけて、何が必要なのかを理解しなければなりません。そのためには自分たちのプラットフォームに対してもオープンな姿勢を貫かなければなりません。ユーザーがしていいことやしてはいけないことについても、徹底して理解してもらわないければなりません」

やってみてから対応するのがシリコンバレー流?

 チェスキー氏は各国の規制や文化の違いは超えていけると楽観するが、果たしてそうだろうか。外資系サービスが、“欧米の感覚そのまま”で日本市場に参入しても、鳴かず飛ばずのまま2、3年で撤退というのがよくあるパターンだ。日本市場にリソースを割くことを正当化できず、サイトやマニュアルの翻訳すらできなくなり、悪循環に陥る。そのうちに国産の類似サービスが登場して市場を席巻する。もちろん、この逆に、Facebookのようにほとんどローカライズなしに浸透するサービスもある。チェスキー氏が指摘する通り、今の時代には国境を超えて、ビジネスなどで繋がっている個人のグローバルなコミュニティがあり、こうした人々が日本でもAirBnBのコアのユーザーとなる可能性はあるだろう。

 規制のほうは大丈夫だろうか?

 チェスキー氏へのインタビューは東京・六本木のとある高級マンションの1室で行われた。その部屋自体がAirBnB利用者の自邸で、チェスキー氏は、そうやって各国のAirBnB利用者の家を泊り歩いているという。

 平日の午前11時。インタビューが行われる部屋へ向かおうとマンションへ入ろうとした記者の背中に向かって管理人室から声がかかった。「オタクら、ここで仕事をしてるんですか? そういうことは禁止されているんですけど、どちらへ?」。その日は、初めて見る顔の出入りが多かったのだろう。記者は露骨に嫌な顔をされた。

 東京のような日本の都市部は集合住宅が多く、その場合、たとえ自宅であろうとも赤の他人を敷地内へ招き入れることを同じマンションの隣人たちや管理組合が快く思わない可能性が高い。

 問題は隣人よりも法規制や商習慣だ。もしホテルの代替手段という認識が広がるなら、法規制を盾にした既存企業群からの圧力が強まることもあるだろう。すでに米国のサンフランシスコやニューヨークではAirBnBのような宿泊サービスに対する課税の法整備が進んでいるが、こうしたことも米国のようにスムーズにはいくように思えない。

 ただ、記者にはAirBnBのこれまでの成功はインターネット時代に見合った旅行のあり方を提供しているという意味で普遍性があるように思われる。YouTubeがそうであったように、各方面と時に激しい摩擦を引き起こしつつも、インターネットの時代に見合ったサービスやビジネスモデルは強く、徐々に浸透していく。AirBnBも、少しずつ周辺を巻き込み、変えていくのではないだろうか。AirBnBがゆっくりと日本に参入してくることで、またもう1つ既存産業の一角がインターネットとソフトウェアの力によって大きく変わっていくことになるのかもしれない。そのとき、世界はより小さくなり、互いに繋がっているのだという感覚を持つ人の数は増えていることだろう。

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