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» 2013年05月17日 00時00分 公開

ITエンジニアの市場価値を高める「営業力」(8):「DB」「要件定義」が通じない? 顧客の知識レベルを探る (1/2)

エンジニアが市場価値を上げるには、営業力が必要だ。元SEで営業経験もある著者が、「エンジニアが身に付けておきたい営業力」を語る。

[森川滋之,ITブレークスルー]

前回のおさらい――三大発信方針と三大質問方針

 前回の記事「顧客が本当に欲しかった、『技術力以外』のもの」で、三大発信方針と三大質問方針というものを挙げました(図1)。

図1 三大発信方針と三大質問方針 図1 三大発信方針と三大質問方針

 「相手の役に立つことを言う」「相手の知らなかったことを言う」「相手の好奇心を満たすことを言う」からなる三大発信方針は、心掛けるだけで、顧客のあなたに対する印象が良くなる(つまり、市場価値の向上につながる)というものです。

 当たり前のことのように思えますが、これらを意識して心掛けているという人は、私の知る限りほとんどいません。なので、心掛けるだけでも差別化につながります。

 では、どうすれば心掛けていることが相手に伝わるのでしょうか? 適切な質問ができればいいのです。適切な質問ができない限り、相手の役に立つことが何なのか、相手が知らないことが何なのか、相手が興味を持っていることが何なのかは、一つとして分かりません。

 三大発信方針を心掛けている人は、まず「この人は心掛けているな」と相手に分かるような質問をしているのです。

 そして、その質問をするときに必要なのが、「相手の課題は何か?」「相手の知識レベルはどのぐらいか?」「相手の興味・関心はどこにあるのか?」の三大質問方針なのです。

 さて、前回は三大質問方針のうち、「1.相手の課題は何か?」について説明しました。今回は、「2.相手の知識レベルはどのぐらいか?」についてお話しします。

ITエンジニアの多くが、「相手の知識レベルを配慮しない」ために叱られている

 「相手の知識レベルはどのぐらいか?」をまず知ろう――。そう書くと、「そんなの当然だ」と思う人が多いと思います。

 例えば、ITエンジニアであるあなたが家電量販店でPCを買う場面を想像してみてください。“素人”相手の対応をされたら腹が立つことでしょう。「そういうことは知っているから、こっちの聞きたいことを話せ」と言ってしまうかもしれません。

 逆に、釣りを始めようと思って、釣具店に行ったとしましょう。もしあなたが釣りの初心者だったら、竿の選び方などは分からないはずです。そこに店員が来て「竿をお探しですか? 先調子と胴調子とどちらがよろしいでしょう」と言われたら、困ってしまうでしょう。あなたのキョトンとした様子を見た店員の顔に「何だ、素人か」という表情が浮かんだとしたら、最悪の気分になるはずです。

 あなたも一度や二度はこのような目に遭ったことがあるでしょう。だから、相手の知識レベルをまず知ることの重要性はお分かりだと思います。

 一方で、ユーザー企業の担当者、特に経営サイドや利用サイドの人たちの不満は相変わらず、「ITエンジニアの説明は、専門用語ばかりで分からない」か、「素人相手だと思って、かんで含めるような説明をされるのが気に入らない」か、どちらかなのです。

 もちろん、このように言われないITエンジニアも多いことでしょう。しかし、いまだに相手の知識レベルに配慮せず、叱られるITエンジニアもたくさんいるのです。

 自分がされると腹が立つことを、相手にしていても気付かない。こういう人は(ITエンジニアに限りませんが)たくさんいます。

5年も続ければ専門家

 しかし、これはある意味仕方のないことでもあるのです。

 「1万時間あることに費やせば、その道の専門家になれる」という言葉があります。

 あなたは、年間どのぐらい働いているでしょうか。土日祝と全て休み、有休も消化、毎日残業なしという恵まれた人はとても少ないでしょうが、仮にそうだとしても、約1900時間働いていることになります(年間235日×8時間働いたとして、1880時間)。

 となると、5年と数カ月も勤めていれば、1万時間働いたことになります。もはや立派な専門家と言っていいわけです。人によってスキルレベルに差があるとしても、ITの素人から見たら、第一印象では差などほとんど分かりません。

 年間約1900時間というのは、ある意味理想的な職場環境でしょうから、実際には3年もやっていればいっぱしのプロという感じの人がゴロゴロいるわけです。

 さて、“専門家”になると、どういうことが起きるのでしょうか?

 つい最近、ネットビジネスで成功している女性が初めて本を出すというので、アドバイスを求められました。彼女は、すでに5年以上ネットビジネスを行っていて、かなりのお金を稼いでいます。しかし、5年前は普通の主婦で、ネットのことなどほとんど知りませんでした。

 この経験を生かして、主婦をはじめとするネットの初心者に向けて、「あなたもネットビジネスで稼げる」というテーマの本を書いたのです。

 私はざっと読んで、専門用語が多いことが気になりました。注釈なしで「URL」とか「ドメイン」という言葉を書いても、読者であるネットの初心者にはきっと分からない人が多いでしょう。せっかく「初心者でもできる」という内容の本なのに、用語で敬遠されては元も子もありません。

 このように指摘すると彼女は、「それは気がつかなかった」と言うのです。

 専門家とはこのように、「初心者が何が分からないのかが分からない」ものなのです。ポジティブに言えば、こうなってこそ専門家なのかもしれません。

「DB」も「要件定義」も“専門用語”

 私は、自分の経験に照らして、さもありなんと思ったのでした。

 あるユーザー企業に常駐して、ITコンサルタントを務めていたときの話です。

 「森川さん、この資料なんだけど……」と、ユーザー企業の部長が言うのです。「DBという言葉、ほかの言葉に置き換えられないかな? うちの役員連中にはたぶん通じないんで」

 「DBって一般用語じゃないですか」と反論しましたが、受け入れてもらえません。この会社は民間企業でしたが、とある事情で某省庁の外郭団体のようになっていました。役員は省庁でキャリアを積んでから退職した人たちがほとんどで、右も左も東大卒というような高学歴の人の集まりだったのです。なので、DBという言葉を知らないなんて信じ難かったのですが、部長は頑として意見を曲げません。

 そこで、ドラム缶型の図形に「××DB」と書いていたのを消して、「××データを蓄積」と書き直しました。

 部長の言うことは本当だったようで、役員の間では「珍しく分かりやすい資料だ」と好評だったそうです。内容のレベルは一切変えていないのにです。

 もっとショックを受けた事例があります。

 ソフトウェア導入の成功事例を執筆したときのことです。ソフトウェア製品を開発、販売している会社が、PR用に自社のWebに掲載するための事例です。対象のソフトウェア製品は、ユーザー企業のシステム部門ではなく、ユーザー部門が自ら導入するタイプの製品でした。私は開発会社の依頼を受け、ユーザー企業に取材しました。

 いくつもの特長がある優れた製品です。中でも、私が取材したユーザー企業の担当者が一番喜んでいたのは、要件定義が不要だというところでした。それをそのまま事例に書いたら、当の開発会社にダメ出しされてしまったのです。

 「森川さん、その担当者の方は、『要件定義』という言葉を使っていましたか?」

 「いや。『事前の綿密な打ち合わせが不要で、取りあえず導入し、使いながら調整していけるのがいい』という言い方でした」

 「そうでしょう?『要件定義』なんて言葉はIT屋以外使わないんですよ」

 これには、後頭部をガツンと殴られたようなショックを受けました。

 システム部門の担当者にPRしたいのなら「要件定義」でも良かったのです。しかし、ユーザー部門主導で導入する製品なので、読ませたい相手は当然ながらユーザー部門の担当者になります。そうなると、われわれ“IT屋”が一般用語だと思っている「要件定義」という言葉は、専門用語になってしまうのです。

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