第158回 機械が心配りをする時代?!頭脳放談

シャープが「ココロエンジン」というものを広く家電に採用するという。家電が使われ方などを学習して最適化するものらしい。はてさて、これが「ファジー」などと同様、一過性の流行で終わるのか、新しい家電の潮流となるのか。

» 2013年07月26日 05時00分 公開
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 他人の気持ちを推し測るのは難しい。悪気などまったくなくても、気が回らなくて不快な思いをさせたり、気を回し過ぎて余計なお節介となったりすること、しばしばである。人間が人間の気持ちを推し測ってもそうなのだから、ましてや機械に人の気持ちを推し量ることができるのだろうかとも思う。けれども、最近、その手の技術の研究は進んでいることは確かである。脳の中の活動をのぞき見するような装置がいろいろできたおかげで、脳の研究も進み、それを応用した技術もチラホラ見受けられるようになってきた。また、別に脳の中をのぞき見するようなことをしなくても、ショッピングの履歴などからのレコメンデーションなども、「あなたの気持ち」を推し量っている技術の一端であろう。なまじっか妙な期待や憶測がない分、「目が曇ったりしない」機械の方が冷静な判断ができるのだろうか。

 昔は、心理学者か詐欺師(?)の領分であったような分野が、脳科学とか、情報科学、電子工学の進展によってIT業界から電子デバイス業界にまで関係するようになってきたわけである。何といっても人の気持ちというのは、人間にとっての重大な関心事だ。別によからぬことを企まずとも、その一端でも知ることができればビジネス・チャンスは大きい。アベノミクスではないが、商売は気持ちの問題でもある。

 そこで取り上げたいと思ったのは、シャープの「ココロエンジン」というものを広く家電に使っていくというニュースである(シャープのニュースリリース「『ココロエンジン』説明会を開催)。すでに、新聞やWeb媒体などでも取り上げられているので、ご存じの方も多いだろう。詳しいことはニュースリリースには書いていないし、コスト最重視であるはずの家電に組み込もうというのだから、そんなに尖がったチップやソフトウェアを使っていることはないと思うのだが、一応、一種の人工知能らしい。

 業界の年寄にとっては、「人工知能」というとかつての「第5世代コンピュータ」の前後のProlog中心の推論マシンの流行とか、米国のLISP隆盛の時代を思い出してしまう。「第5世代」の雲散霧消ぶりを思い出すと、またか、という気持ちと、ああ、まだAI(Artificial Intelligence:人工知能)やってくれていたのだなぁ〜、という不思議な安堵感の両方がある。そうはいっても、当時からみたらマシンもソフトウェアも進歩した。あの80年代にやろうとしても到底できそうになかったことが、いまやいろいろ射程に入ってきている。コンピュータ将棋もプロの棋士と五分に渡り合えるご時世なのだ。我々はようやく本当のAIができそうな入口に達しているのかもしれない。

 しかしだ、相手は家電である。ここにシャープの「大いなる」挑戦があるといってもよい。ちょっと大げさか。だいたい家電というのは「万人に嫌われない」テイストが基本線だったはずだからだ。例えば、AIといわず、その前段階ともいえる音声ガイドなど、「萌え」ボイスなら特定の狭い顧客層を掘り起こせるかもしれないが、肝心の主婦層から反発を買うだろうから却下。万人受けするというか、「誰からも嫌われない」線を狙うのが定石である。

 その点、「ココロエンジン」はどうか。筆者は使用実体験がないので杞憂なのかもしれないが、イチイチこちらの気持ちを機械が推し量ってくれるということに対して反発する人が出ないだろうか? 多分、好む人と好まない人が分かれる類の機能であろうと想像する。しかし、そこにあえて打って出た(?)らしいシャープを電子デバイス業界側の人間としては支持したい。ぶっちゃけ、人工知能搭載が流行れば、「プロセッサもメモリもソフトウェアも売り上げ拡大で万々歳!」かもしれないからだ。この業界には、個人的にその手のシステムが好きなやつ多いし……。

 マーケティング的には、「万人受けする家電」から「顧客一人一人にカスタマイズする家電」への転換点、と評価してもよいのかもしれない。同じ機能の製品を買っても、その後の履歴でAIは学習し、それぞれ使用者に適した個性を持つようになっていくのだろうから。ある意味スマホと同じ。同じ機械でも使っている人それぞれで違うもの。自分の気持ちやら習慣やらをいろいろ「分かって」くれる機械こそ、手に馴染んだお道具として愛着も湧く。結果、顧客を囲い込めれば会社の業績も上向こう。しかし、お節介を嫌いな人には押し付けられないか。

 この後のシャープの本気度と、その「ココロエンジン」というものの完成度を見守りたい。そういえば思い出すのは、昔、「ファジー」家電が流行った時代があったが、いまじゃ誰も「ファジー」などといわない。「ファジー」自体は面白い制御理論であったが、家電業界における咀嚼というのは傍目から見ていて中途半端、単なるセールス・ポイント止まりのものも多数あったように記憶している。中にはよい玉もあったのだろうが、同じ言葉で呼ばれる石コロが多すぎて埋もれた。今回の「ココロ」がそんなことにならないように、また、低迷する業績からの苦し紛れの一手でないことを願いたい。

 最後にもう1つ。そういう「エンジン」が家電に乗ると、直ぐにネットにつないでビッグデータに入れて商売に結び付けたい、という考えが出てくるだろう。その方角は苦しい業界の商売的には悪くないけれども、いろいろな個人データが集積されていき、ますますヤバい感じがする。うまくいけばいったで行く末がちょっと怖い。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス・マルチコア・プロセッサを中心とした開発を行っている。


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