レリゴー、レリゴー♪ それ以上でも以下でもない、ありのままの私田中淳子の“言葉のチカラ”(7)

イケイケで強気だった30代の淳子さんをいさめてくれた言葉は、10数年後、別の意味を持って彼女を助けてくれた。

» 2014年06月09日 18時00分 公開
[田中淳子,@IT]
田中淳子の“言葉のチカラ”
「田中淳子の“言葉のチカラ”」

連載目次

新入社員はいつの時代も変わらない

 社会人になって29年目を迎えた。入社した当時、さしたるキャリアビジョンもなかった私は、「3年働いたら万々歳だなぁ」と漠然と考えていた。それが気付けば丸28年を超えたのだ。

 今年、久しぶりに新入社員研修にどっぷり2カ月携わり、20代前半の方たちと長時間を共に過ごした。彼ら、彼女らにとって、職業生活は今スタートを切ったばかりで、ここからの50年を見据えていく必要がある。私が社会人になった1986年時点では「60歳定年制」だったが、今の若手は70歳過ぎまで働くことを最初から想定してキャリアを考えなければならない。

 新入社員研修ではビジネスマナー、ビジネス文書の書き方、利害関係者とのコミュニケーションの取り方、PDCAやホウレンソウといった仕事のキホンをさまざまな教材を使って体験的に学習してもらった。

 20年前の新入社員と比べて、人前で話すことは非常に上手だ。こういう秀でた部分もあるが、敬語が苦手、文章を書くのも苦手、というのは昔も今も変わらない。彼らが学ぶ過程に寄り添いながら、「新入社員というのは、今も昔も苦労する部分が変わらないなあ」とあらためて実感した。

 そういう彼らもきっと10年もしたら、部下や後輩をうまく動かしながら、大きな仕事の遂行にまい進しているに違いない。

この世の春の傲慢さ

 30代というのは、この世の春みたいなところがある。

 仕事はかなり分かってきている。体力も気力も満タンだ。資料を読めばどんどん頭に入ってくるし、一度覚えたらなかなか忘れない。

 何をしても頑張れる30代。10年も基礎固めをしてきたのだから、活躍するのは当然だ。そうなると、強気に発言したり、強引に行動したりするようにもなる。

 場合によって、その強過ぎる発言が反感を買ったり、強硬に何かを進めようとして他者との摩擦を必要以上に生んだりしてしまうこともあるだろう。

 私がそうだった。30代は「イケイケ」。生意気なことも言うし、年長者に食ってかかることもあった。メールもとげとげしいし、相手への配慮などなくズケズケと物を言い、「自分がしたいことを実現できるならいいのだ」とばかりに強行突破したことも数々あった。当然、敵が増える。それでも本人は鼻息が荒いので理解できない。

 ある日、尊敬する先輩から受け取ったメールにこう書いてあった。

淳子さんがなんだか背伸びをしているように見える。偉そうにしなくても、淳子さんは淳子さん。それ以上でもそれ以下でもないんだよ。そこを忘れない方がいい。

 先輩にかなり生意気なことをメールにしたため送ってしまった。その返事がこれだったのだ。

 「あなたはあなた。それ以上でもそれ以外でもない」

 必要以上に背伸びして見せたり、自分を装飾して他者に示したりする必要なんてない。もっと自然にしていなさい。そう諭してくれているのだと、そのとき思った。

 ナマイキで元気でイケイケな30代、その勢いで突入した40代前半、今思えば恥ずかしい言動を繰り返していた(今でももちろん、片りんは残っていると思うけれど)。

 今は、イケイケな30代を見たら、「ふふふ」とほほ笑ましく見守ることにしている。かつての自分を見ているようだからだ。そして「それ以上でもそれ以下でもないんだよ」と心の中でそっとつぶやく。

 そう、無理せずに。虚勢を張らずに。自然体で。

 先輩の言葉は、私の胸に刻まれた。「背伸びするな」、そういう意味でこのメッセージを捉えていた。少なくともこの十数年は。

先輩の言葉が持つ“もう一つの”意味

 しかし最近、この言葉にはもっと深い意味があることに気付いた。

 他者との間でトラブルが起き、誤解されたり、罵倒されたりすることがある。「そんな言い方しなくても」と思えるようなメールを受け取ったり、人前で糾弾されることなど、しょっちゅうではないが、たまにはある。

 若いころから何度かそういう経験はしてきたものの、いつまでたっても慣れることはできない。批判されれば落ち込むし、罵倒されれば心が折れそうになる。心の中にネガティブな気持ちが渦巻き、自信喪失し、顔を上げて歩くことすらままならない数日を過ごすこともある。

 そのとき、ふと、先輩の言葉を思い出したのだ。「淳子さんは淳子さん。それ以上でもそれ以下でもないんだからね」

 あ、そうか。

 他者から理不尽に(と私には思える)批判されても、それは私の人格全てを否定するものではない。仮に誰かが私の全てを否定したとしても、昨日までの私と今日の私、明日からの私、私自身に何ら違いはない。

 私は私。それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 最初に言われたときは、「それ以上」という部分にフォーカスしてこの言葉を受け止めた。今は「それ以下」にもとても重要な意味が含まれていると理解できる。

あなたはあなた。それ以上でもそれ以下でもない。
私は私。それ以上でもそれ以下でもない。

 いい気になって調子に乗って、イケイケな気分で他者への配慮を忘れかけているときには自戒の言葉として。激しく落ち込んで、世界の全てが自分の敵に見えるときには励ましの言葉として。

 どちらにも大きな意味のある言葉なのであった。

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筆者プロフィール  田中淳子

 田中淳子

グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー

1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。

日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「田中淳子の人間関係に効く“サプリ”

ブログ:田中淳子の“大人の学び”支援隊!


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