「OSSライセンス=契約」という誤解を解くOSSライセンスで条件を指定する権利はどこからくるのか?(2/2 ページ)

» 2014年12月18日 18時00分 公開
[姉崎章博@IT]
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OSSとは何か、OSSライセンスとは何か

 ではあらためてOSSとは何かについて、確認しておこう。

 概略としては、「OSSとは、ソースコードが入手でき、ソースコードの改変と、手を加えたソースコードの再頒布が認められているソフトウェア」と紹介することができる。しかし、定義としては、Open Source Initiative(注3、以下、OSIと略す)による10項目の「オープンソースの定義」(OSD)がある。OSIは、エリック・レイモンドとブルース・ペレンスにより1998年2月に設立された団体であり、「オープンソース(ソフトウェア)」という言葉自体、その年の2月3日に定義された(注4)比較的新しい言葉だ。

 なお、OSIが承認したOSSライセンスは70種類前後ある(注5)が、承認されていないOSSライセンスも存在する。OSIとしては、承認していないライセンスのプログラムはオープンソースと呼ばないよう推奨している(注6)

 しかし、数少ない日本発のOSSの一つであるオブジェクト指向スクリプト言語、「Ruby」(注7)を「OSSではない」と言う人はいないであろう。Ruby固有(注8)のライセンス(注9)自身は、前述のOSIで承認されたライセンスのリストには入っていない(注10)。だが、その元としたArtisticライセンスはOSIリストにあるため、内容が不適切なわけではないだろうが、申請しなければ承認されないわけである。

注7:Ruby

注8:Rubyは、固有のライセンス以外に他のライセンスでの利用も認めている。一般にこれをデュアル・ライセンスと呼んでいる。

注9:http://www.ruby-lang.org/ja/LICENSE.txt

http://www.ruby-lang.org/en/about/license.txt

注10:RubyライセンスとOSI承認


 つまり、OSSどころかそのライセンスも、「全てがどこかで一元管理されている」と考えるのは現実を反映していない。

 またOSDは「オープンソースの定義」であって、「オープンソースライセンスの定義」でも「OSSライセンスのひな形」でもないことにご注意いただきたい。

 わざわざこのような話をするのも、OSSを語るに当たって、一般的な契約書や仕様書のように、どこかに「OSSの定義」があり、その定義に基づいて全てのOSSライセンスが存在するという、教科書的な理解をしばしば見かけるからだ。だが、世の中そんなに整理されているわけではない。

 これに関して、以下のような意見がある。

四 民法典と社会生活

 しかし、社会生活はたえず移りかわり、国民道徳の具体的内容は日に月に進化する。ところが法律はその形式的で論理的な性質から、その内容は固定的である。(中略)法典の解釈に当たっていたずらに形式的理論にとらわれることなく、社会事象の本体と法律の理想とを究明して具体的に妥当な解釈をすることに努めねばならない。(中略)そうした妥当な解釈をするためには、問題に応じ、必ずしも条文の文字どおりの解釈(文理解釈)をすべきではなく、文言を拡張したり(拡張解釈)、縮小し(縮小解釈)、法文の直接の定めがない事項には類似の法文を当てはめるという類推解釈、その逆の反対解釈をし、また、法の目的に適った目的解釈や法文の論理を尊重する論理解釈をする必要がある。

[我妻榮・有泉亨・川井健, 2003, ページ:5-6]

 一般的なビジネス上の契約書は、できるだけ文字通りの解釈、つまり「文理解釈」だけで済むように、二者間で対象を特定して合意するものだ。そういう契約書を扱ううちに、法律担当者は「法的解釈=文理解釈」という思考に陥りがちだ。だが、それは社会現実を反映したものだろうか?

 OSSライセンス自体は決して法律ではない。だが、少なくとも二者間で対象を特定し、合意したものではない。その点において、契約書よりもより長期的に、また汎用的に解釈されることが望まれる。そもそもOSSライセンスは、次に述べるようないろいろな目的を持って書かれたものであり、目的解釈・論理解釈が望まれていると捉える方が妥当であろう。

 例えば筆者は、「OSSはどういう考え方でソースコードを公開しているのか?」という質問を受けたことがあるが、OSS全体がある一つの考え方でソースコードを公開しているわけではない。ソースコードを公開していても、創作性のあるプログラムは著作物として保護され、その公表権は著作者であるプログラム開発者にある。従って、どういう考えで公表するかは開発者次第である。

 1998年頃に日本でオープンソースが知られ始めた当時、よくマスコミで「OSSは著作権を放棄したもの」とする紹介を見かけた。だがこれは、事実に反する誤った報道である。OSSのプログラムをどのように公表するかは、個々の著作者次第であり、その考え方にOSSという枠組みをかぶせ、一律に説明することはできない。

 そうした前提に立った上で、あえていくつかの考え方があることを示すために、筆者は以前、OSSを

  1. アカデミック系
  2. GNU系
  3. OSI系

の3つの考え方に分類するという試みを行った。

(1)アカデミック系

 アカデミック系は、FreeBSDなどのBSD(Berkeley Software Distribution)系OS、HTTP Serverなどのインターネットを構成するプログラムや、PostgreSQLなどのデータベース管理システム(DBMS)などのプログラムに関する考え方である。

 これらは、カリフォルニア大学バークレイ校(UCB)やマサチューセッツ工科大学(MIT)などの大学や研究機関で開発されたプログラムであり、研究成果としてソースコードが公開されたものが多い。つまり、大学/研究機関の「成果として明示されること」がポイントとなる考え方である。ここに含まれるプログラムの中には1970年代に公開されたものもあり、3つの分類の中で最初に現れた考え方だ。

(2)GNU系

 2つ目のGNU系は、1983年にリチャード・ストールマンがMITで始めたGNU(GNU‘s NOT UNIX)プロジェクトで開発されたGNUコンパイラーコレクション(GCC)/GNU Emacs/GNU Cライブラリ(glibc)などのプログラムに関する考え方とした。これらは、GNUオペレーティング・システム(注11)、つまり、「100%自由ソフトウェア」(Free Software)のUnix互換システムを提供するために開発されたものだ。

 自由ソフトウェア(注12)とは、ざっくりいうと「利用者が、ソフトウェアの実行、コピー、頒布、研究、変更、そして改良する自由を有する」ソフトウェアである。アカデミック系ではOSSがソース開示されない形で製品に組み込まれ、頒布される自由が許されていたのに対し、GNU系ではこれを制限している。常にソースが開示され、再頒布される実行プログラムのソースコードも変更・改良できるという「ソフトウェアの自由を守ること」(つまり、アカデミック系の自由とは異なる変更の自由)がポイントとなる考え方とした。

(3)OSI系

 3つ目のOSI系は、エリック・レイモンドが1997年に発表した「伽藍とバザール」(注13)の論文などの影響を受け、1998年、Netscape社がインターネットブラウザー「Netscape Communicator」のソースコードを自由ソフトウェアと同じような形態で「Mozilla」(注14)として公開したことなどに始まる考え方とした。他に2001年には、IBM社がEclipseのソースコードを公開している。

 Mozillaのソースコードが公開された際、自由ソフトウェアという言葉の代わりに、「オープンソースソフトウェア(OSS)」という言葉を生み出し、言い換えている(注15)。これは、自由ソフトウェアと同じような形態でソースコードが公開されてはいるが、「ソフトウェアの自由を守ること」よりも、「早めのリリース、ひんぱんなリリース。そして顧客の話を聞くこと」を繰り返すソフトウェア開発手法に注目しているためだ。

 これは具体的には「ベータテスターと共同開発者の基盤さえ十分大きければ、ほとんどすべての問題はすぐに見付けだされ、その直し方も誰かにはすぐ分かるはず」という考え方に基づいている。そして実際に、Linuxのような大きなプログラムが出来上がった事実に着目し、このようなソフトウェア開発手法における、多くの「相互扶助」の関係がポイントとなる考え方とした。

考え方に基づいた3分類 OSS例
(1)アカデミック系 FreeBSD(*BSD)、ApacheのHTTPD、PostgreSQLなど
(2)GNU系 GCC、GNU Emacs、glibcなど
(3)OSI系 Firefox、Thunderbird、Eclipse、OpenDaylightなど
表1 ソース公開の目的の考え方による筆者の分類

 このように私が試しに分類しただけでもOSSには3つの考え方がある。そもそも、市販のソフトウェアパッケージ商品の使用許諾契約書の考え方でさえ、企業ごと/ソフトウェアごとに異なるのだから、異なる団体/コミュニティ/開発プロジェクトで開発されたOSSにさまざまな考え方があるのは当たり前だ。

 ただ、これら3つの中でGNU系が最も強固で特徴的な考え方を示しているため、単純に「OSS=GNU系」とする解説(注16)を見かけることも多いが、これは、OSSについての正しい理解を妨げるため、注意しなければならない。

 今回は、“「OSSライセンス=契約」という誤解を解く”という本連載の趣旨を説明するとともに、前連載で説明した私なりのOSSの「考え方に基づいた3分類」を再度ご紹介した。

 次回は、その3分類のうち(1)アカデミック系の考え方のOSSのライセンス、次々回は(3)GNU系の考え方のOSSのライセンスに書かれている内容について、「ライセンス」の本来の意味から詳しく考察してみる。

注11:GNUオペレーティング・システムについて

注12:自由ソフトウェアとは?

注13:伽藍とバザール

注14:Mozillaの沿革

注15:前掲 History of the OSI

注16:例えば、日本弁理士会の月刊「パテント」2006 Vol.59 No.6「オープンソースソフトウェアのライセンスと特許権」では、「OSSの基本理念はソフトウェアの自由な利用を保障することにあり、そのためにソースコードを開示し享有することが大きな特徴である」と紹介しているが、この基本理念は「自由な利用を保障すること」においてGNU系の考え方に当たり、BSD系・OSI系の考え方が存在しないかのような記述となっている。


参考文献

山本隆司. (2008). アメリカ著作権法の基礎知識 第2版. 太田出版.

樋口範雄. (2008). アメリカ契約法[第2版]【アメリカ法ベーシックス1】. 弘文堂.

福井建策. (2005). 著作権とは何か. 集英社新書.

志賀典之. (2009). [研究ノート]オープンソースソフトウェアの著作権法による保護. 早稲田大学 季刊 企業と法創造「特集・知的財産法制研究IV」 (通巻第十七号).

我妻榮・有泉亨・川井健. (2003). 民法1 総則・物権法 第三版. 勁草書房.

姉崎章博. (2009年6月26日). 企業技術者のためのOSSライセンス入門(3):アカデミック系OSSライセンスに関する一考察. 参照先: @IT: http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/0906/26/news129.html


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