バンナム、スクエニ、東ロボ、MS――人工知能や機械学習はゲーム開発者に何をもたらすのかCEDEC 2015まとめ(2/4 ページ)

» 2015年09月29日 05時00分 公開

AIに関する「知」を循環し、アカデミーな世界と開発現場の橋渡しを

 先の講演を行った長谷氏だが、実は「大学で特にAIを研究していたわけではない。入社後に配属されたチームで学んだことの一つがAIで、その後も自分で勉強し、発表しているうちにAIのリサーチを行うようになった」そうだ。

スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 リードAIリサーチャー 三宅陽一郎氏

 おそらく、長谷氏のように開発現場での実践を通じてAIに関する知識を身に付けていった人は少なくないだろう。こうしたゲーム産業で培われてきたノウハウを、大学などアカデミックな世界にフィードバックし、還元していくことで体系化できないか。その知識をさらに開発の現場に生かせないか――そんな取り組みを進めているのが、スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 リードAIリサーチャーの三宅陽一郎氏だ。

 同氏によると、アカデミーの世界では、いわゆる「人工知能」としてのAI、それにチェスや将棋といったボードゲームに応用されるAIについての研究・講義はあるが、ゲームという特殊な分野に特化したものとなるとほとんどない。三宅氏は、『スクウェア・エニックス AIアカデミーの試み「ゲームAI技術のための教育カリキュラムを考える」』とするセッションの中で、「ゲーム開発で得られたノウハウをアカデミーの領域に還元するとともに、逆にアカデミーの知識を開発に生かす。こうした循環を作り上げていきたい」と呼び掛けた。

学生向けの連続講座「AIアカデミー」の内容とは?

 三宅氏はこうした問題意識の下、「スクウェア・エニックス アカデミー」のテストケースとして、「AIアカデミー」を実施している。学生を対象に、デジタルゲームにおけるAIの入門から応用までを5回に分けて解説する、無料の連続講座だ。応募者が多数に上ったため、2014年7月に実施した第1回に続き、2014年10月に第2回を開催し、それぞれ約30名が参加したという。

 内容は、AIに関するカリキュラムを同氏なりに体系化し、まとめたものだ。「AIとは何か」「キャラクターの意思決定はどのように行われるか」「キャラクター同士でどのようにコミュニケーションをするか」「キャラクターはどう学習し、進化するか」といったテーマごとに、AIとそれを取り巻く技術を解説し、時に演習も交えることで、AIに対する理解を深める内容となっている。

スクウェア・エニックス AIアカデミーのカリキュラム(三宅氏の講演資料より)

 例えば第1回の「入門」では、AIがどのように分化してきたかを解説する。ゲームの世界でAIが使われるようになってから長年経つが、特にゲームが大規模化し、それに伴いゲームシステムが複雑化、大容量化した1995年以降、オンリーワンのAIシステムでは間に合わなくなってきた。こうした背景から、自律的なAIである「キャラクターAI」、地形や状況をリアルタイムに解析し、認識する「ナビゲーションAI」、ゲーム全体をコントロールする「メタAI」に分化し、それらが協調しながらUXを作り出すようになっているという。

 キャラクターAIに関しては、2000年ごろからエージェントアーキテクチャが採用されるようになった。そして意思決定の技術がモジュール化、アーキテクチャ化することによって、「かつてのようにデザイナーがスクリプトを書いてシチュエーションごとに動かすAIではなく、なるべく自分自身で状況を認識して意思決定していくAIというものが目標とされるようになっている」(三宅氏)。

第一回「ゲームAI入門」(三宅氏の講演資料より)

 またメタAIについては、「現代的なメタAIは、ゲーム全体をコントロールする古典的メタAIと比べて、より積極的にゲームをメーキングする役割を担うようになっている。逃走経路を読んで敵を配置したり、プレーヤーの動きに応じてダンジョンを自動生成したりして、新しいUXを作り出す役割を果たすようになった」(三宅氏)。この結果、AIはゲームデザインとも深く絡み合うものになっているという。

AIになりきる実習を通じて働きを理解

 こんな具合にスクウェア・エニックス AIアカデミーでは、各回のテーマに沿って、アーキテクチャとその背景にある技術やアルゴリズム、時には認知科学の概念なども交えて解説したそうだ。三宅氏はまた、この内容をベースにした講義を社内でも行っているという。「だが、講義だけでは現場のスキルにまではなかなか落ちてこないため、実習も行うようにしている」。

 実習では2人〜数人が一組となって、ロールプレーイング形式でそれぞれがAIとして振る舞いながらボードゲームを進めていく。例えば第1回の演習では、プレーヤー役の他、敵AI、メタAI兼ナビゲーションAIに分かれ、ダンジョンを模したボードゲームに取り組む。プレーヤーも敵も、先に進むにはナビゲーションAIに経路を問い合わせなければならず、得られる情報も限定的だ。しかも複数いる敵AI同士は会話はできず、あらかじめ用意された「プロトコルカード」を介して意志疎通しなければならない。

ゲーム・セッティング(三宅氏の講演資料より)

 このように、それぞれ与えられた制約の下で、当初の目的をどう達成するかをロールプレーイング形式で体感することにより、分散AIがどのように働いているかを理解する流れだ。座学だけではピンとこない部分を体感できるとあって、参加者からは非常に良い感想が得られたという。

 最後に三宅氏は「ゲーム産業における開発と、アカデミックの世界の研究を橋渡しするのには力量がいるが、それができれば知識と技術を、産業とアカデミックの間で循環させることが可能になる。それによって技術はより“ふくよか”に育ち、鍛えられることになる」と述べ、自分に取って当たり前のように思われることでも積極的に発表し、共有していく姿勢が大事ではないかと呼び掛けた。

三宅氏が目指す、ゲーム産業とアカデミックの間の循環(三宅氏の講演資料より)

 同時に、AIアカデミーの活動をより実践的な領域に広げ、人材育成を後押ししていく計画という。具体的には2015年の秋から冬にかけて、AIに関する講義を大学や専門学校で展開するためのノウハウを提供する「AIアカデミー・アドバンス」を、学校の先生向けに実施する予定だ。

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