「OpenFlowの父」が語るVMware NSXの今後、オープンソース、最高の判断と後悔Martin Casado氏が、今だから話せること(2)(3/3 ページ)

» 2016年04月26日 05時00分 公開
[三木 泉@IT]
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エンタープライズITの未来が、オープンソースにある理由

――一般的なITトレンドについて質問したいと思います。大きな流れとしては、クラウド、ソフトウェア、オープンソースが席巻するようになり、その過程で、従来型のいわゆる「エンタープライズIT市場」は消えていく、あるいは大きく縮小していくと考えていますか?

Casado氏 私は、開発者がますますIT予算を左右するようになると考えています。GitHubやElastic Searchなどは既に成功し、大きな企業になっています。一方、技術的にも開発者がITインフラをコントロールする傾向が強まっています。コンテナもその一例で、情報システム部門ではなく、開発者が活用しています。一方、セキュリティに関しては今後も情報システム部門が担うでしょう。

 つまり、情報システム部門の予算の伸びは今後フラットか低率となり、開発者の掌握する予算が急成長します。そこで、例えばVMware NSXのような製品は、開発者と情報システム部門の間のギャップを埋める働きをすることができます。開発者はコンテナを存分に使い、一方で情報システム部門は全社的なセキュリティを管理できます。

 ベンチャーキャピタリストとしての観点でいうと、私が興味を持っているのは次の点です。予算に対する発言権を強める開発者は、オープンソースソフトウェアを好みます。どう動くかを自身がユーザーとして確かめられるからです。

 しかし、オープンソフトウェアの周りに企業を作り上げていくのは非常に難しいものです。ベンチャーキャピタルはこれまでオープンソース企業に大金を注ぎ込んできましたが、得られたリターンは投資額にはるかに及びません。

 ですから、オープンソースソフトウェアでビジネスをやろうとする起業家は、技術面でのイノベーターであるだけでなく、ビジネス面でのイノベーターでなければなりません。新しいビジネスモデルを作り上げなければならないのです。

 私は、スタートアップ企業がオープンソースを使わなければならないなら、その企業の活動にとってどういう意味を持つのかということに関心があります。

 ヴイエムウェアのような企業にとってはまだ楽です。開発者に喜んでもらえるようにPhotonなどの取り組みを進める一方、中核的な事業では確固たる顧客ベースを持っているからです。しかし、すぐに大企業を顧客に持てるわけではないスタートアップにとって、事情ははるかに複雑です。

――では、オープンソースにおける新しいビジネスモデルとしては、どのようなものが考えられますか?

Casado氏 まず、レッドハットモデル、つまりオープンソースソフトウェアを提供し、サポートサービスで儲けるというやり方は、他の多数の企業が取り組んできましたが、成功につながったところは非常に少数です。次に「オープンコア」と呼ばれる、一部をオープンソースとしてオープンソースでない部分を残すモデルがありますが、これもあまり成功例がありません。

 成功しやすいと考えられるのは、オープンソースソフトウェアを見せながら、このソフトウェアをサービスとして提供するというモデルです。GitHubはいい例です。Gitはオープンソースですが、GitHubはサービスです。こうしたやり方で成功できる可能性はありますし、多くの企業がどうやるかを考えている最中です。これが非常に新しい、破壊的な動きで、個人的に大きな興味を持っています。

――しかも、ますます多くのオープンソースプロジェクトが立ち上がり、互いに競合する傾向が強まっていますよね。

Casado氏 ダーウィンの進化論のような状況です。しかし、私にしてみればとてもエキサイティングです。外側から、どれが勢いを増しそうか、見ていられるわけですから。最高のアイティアは、多数のアイディアが切磋琢磨するところから生まれます。

 今は、オープンソースのルネッサンスのような時期です。おびただしい数のプロジェクトが立ち上がり、常に変化しています。私は実際に、日常的にGitHubを見て、どのプロジェクトが成功しそうかをチェックしています。

これまでの最高の判断と、後悔していること

――これまでのキャリアを振り返って、最高の判断をしたと思えるのはどの瞬間ですか?

Casado氏 2つあります。1つはSteve Mullaney(スティーブ・マレイニー)氏をCEOに迎え入れたことです。Mullaney氏はそれまでマーケティング担当のバイスプレジデントで、CEOの経験がなかったので、明白な人選ではありませんでした。

 もう1つは、ヴイエムウェアに買収されることの決断です。実は、ヴイエムウェアに買収してもらいたいと考えていたのは、(Nicira社内で)私だけでした。

――他のあらゆる人が反対したのですか?

Casado氏 ええ、それはもう(笑)。取締役会もCEOも反対しました。でも、私はVMware ESXとの連携なしに、どうやってその後事業を形作っていけるのか、見当がつきませんでした。逆にヴイエムウェアと一緒なら、とてつもなく大きなことができると思いました。

 事業を作り上げることができた今だから話せますが、独立企業のままだったら、今ごろ非常に困難な状況に陥っていただろうと思います。

――では、(これまでのキャリアにおける)後悔について、思い出せることはありますか?

Casado氏 ありすぎます(笑)。

――一つだけでいいですから、どんな後悔があるかを教えてください。

Casado氏 (Niciraの)最初の一年、ハードウェアとの連携に時間を費やしすぎました。最初の年は物理スイッチについても制御したいと考えていたのです。しかし、結局それは不可能だという結論に達しました。

――どういうことですか?(注:物理スイッチの制御を事業に含めようとしていたと聞いたことがなかったため)

Casado氏 最初の一年は、仮想スイッチを制御することを目指す一方で、物理スイッチもコントロールしたいと考えていたのです。とてつもない時間を物理スイッチのために使ってしまいました。一年を棒に振ったようなものです。

 後悔はたくさんありますよ。たくさんの間違いをしてきました。数え切れません。

起業しようとしているテクノロジストへのアドバイス

――テクノロジストで起業しようとしている人に、どんなアドバイスをしますか?

Casado氏 まず、「大きな市場を相手にしろ」ということです。とても重要なことです。小規模な市場を相手にしてはいけません。データセンターネットワーキングは100億ドルの市場です。

 次に、「企業の価値を決めるのは価格設定だ」ということです。テクノロジストは、製品を安価に提供したり、無料でばらまいたりすることを考えがちです。これをやってしまうと、事業を構築するのが不可能になってしまいます。

 最後に、「Niciraは今度こそ死ぬ」と何度考えたか分かりません。2008年にも、2009年にも、何度も失敗しました。でも、あなたが自分のやっていることを本当に信じられるなら、おそらくどんなことでもできるでしょう。

 自分がやろうとしていることを本当に信じていないなら、あなたに従うべき人に信じてもらえません。信じていないなら、(起業を)するべきではありません。チームの絆を保ち続けられませんから。

――リーンなビジネススタイルについて語られることが増えてきました。まずはMVP(最小限の機能を備えたプロダクト)を作り、継続的インテグレーションのサイクルを回してこれを伸ばしながら、どうしてもうまくいかなくなったら「ピボット(方向転換)」をしろといわれます。しかし、どういうときにピボットするかの判断は難しいですよね。どう思いますか?

Casado氏 そうですね。いい答えは見つかりません。それは100%正しいと思います。Slackという会社は、チャットアプリをやっていますが、もともとはグラフィックスのビジネスをやっていました。

 (ピボットで)難しいのは、2つのテーマが背反することです。あなたは、自分のやってきたことを信じたいと思っているはずです。私は、ほぼ失敗したといえる状況になっても。信じ続けました。ピボットなど絶対にやらなかったでしょう(笑)。私はとてもコミットしていました。時々、私を除く社員全員が、気がおかしくなったのではないかと考えたほどです。「これは絶対に起こる、起こさなければならない」と言い続けていましたから。状況が悪くなるほど、献身的にならなければなりません。

 一方で、自分から崖を飛び降りるわけにはいきません。どういう基準でピボットを決断すべきか、私には分かりません。そもそも、私がピボットできる種類の人間なのかどうかも分かりません、やったことはありませんし、とにかく一心不乱でしたから。でも、いい企業はピボットしています。

 Niciraは最初の一年でピボットしたといえるのかもしれません。ただ、仮想スイッチだけに絞ったというのは、ピボットというより、フォーカスをはっきりさせたといった方が正しいと思います。

 起業家という立場の素晴らしさは、その会社の神経系統と一体化しているところにあります。あなたがやっていることは、あなた自身が他の誰よりも知っています。

 Ben Horowiz氏からもらったアドバイスの一つはこれでした。「あなたは、他の誰よりも自分の会社のことをよく知っている。だから、会社にとって最善な選択ができる」というものでした。もしかしたら一部の起業家は、こうした意味で、ピボットすべき時期を知るのかもしれません。

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