三菱ふそうトラック・バスのCIOが「グーグルを目指す」と語る真意とは特集:IoT、FinTech時代、「求められるエンジニア」になるためには(3)(1/2 ページ)

デジタルトランスフォーメーションが進み、多くの企業がテクノロジの力によるゲームチェンジに危機感を抱き、実践に乗り出している。これは既存事業のしがらみがないスタートアップや新興企業だけの話ではない。日本の伝統ある大企業も、すでにデジタルの戦いに乗り出している。

» 2017年01月30日 05時00分 公開
[文:吉村哲樹/インタビュー:内野宏信,@IT]

 「三菱ふそう」といえば、国内を代表するトラック・バスのブランドの1つとして社会一般に広く浸透している。“FUSO”のブランド名と三菱のロゴマークを前面に配したトラックやバスは、それこそ見かけない日がないほど街中にあふれている。そんな国民的ブランド力を有する三菱ふそうトラック・バスだが、実はメルセデスベンツと同じく、ドイツ ダイムラー社のグループ企業であり、アジア地域における重要拠点と位置付けられていることはあまり知られていない。

 2003年に三菱自動車のトラック・バス部門が独立して発足した同社は、現在ではダイムラー社が89.29%の株式を保有し、年々グローバルカンパニーとしての性格を強めつつある。それとともに、同社はトラック・バス業界において、いち早くデジタルトランスフォーメーションに取り組み、既にクラウドやモバイル、IoTを駆使したソリューションの実用化を進めるデジタルカンパニーとしても注目を集めている。

 そんな同社のCIOとして、先進的なIT戦略の立案・実行を指揮しているのが、ドイツ本国で長らくダイムラーグループ IT部門のキーパーソンとして活躍してきたルッツ・ベック(Luz Beck)氏だ。同氏の目には、日本のモノ作り企業は一体どのような姿に映っているのだろうか。そして、“今”にふさわしい経営やエンジニアリングの姿について、どのような考え方を持っているのだろうか。デジタルトランスフォーメーション時代の企業とエンジニアの在り方について、あらゆる角度から話を聞いた。

グーグルのようなデータドリブンのビジネスモデルを目指す

編集部 昨今、グローバルでデジタルトランスフォーメーションが進んでいる背景には、市場ニーズの多様化と変化の速さ、ひいては企業を取り巻く社会環境の激しい変化があると思います。貴社を取り巻く経営環境をどのように見ていますか?

ALT 三菱ふそうトラック・バス CIO ルッツ・ベック(Luz Beck)氏

ベック氏 今日のグローバル経済は、シリア情勢や米国大統領選挙をはじめ、不確定要素にあふれています。ダイムラーグループが本拠を置く欧州でも、英国のEU離脱をはじめ、既存の体制を揺るがす大きな出来事が次々と起こっています。一方で、アジア地域を中心とする新興国が目覚しい成長を遂げていることも注目されます。先進国を中心にさまざまな変化が起こっている中で、弊社としても新たな経済状況に適応できるビジネスモデルへの変革を考え続けています。

編集部 米国第一主義を掲げるトランプ次期大統領の政策余波が、新興国の進展に影響することも懸念されてはいますが、人口が中国に迫る勢いで増加しているインド、インドネシアの経済成長は多方面で期待されていますね。労働力という点では日本と対照的です。

ベック氏 日本社会はこれから急速に少子高齢化が進みますから、労働力不足が深刻化していくと思います。この課題に対応すべく、政府もさまざまな施策を打ち出していますが、どうしても後手に回っている印象を否めません。この問題を解決するには、海外からもっと積極的に人材を迎え入れて、日本社会全体で多様な価値観を受け入れていく必要があると思います。それと同時に、IT技術によるビジネス変革、つまり「デジタルトランスフォーメーション」を推し進めて、テクノロジの力を使って、少ない労働力でより多くの成果を上げられるよう、(真の意味で)生産性を高めていく取り組みが不可欠になると考えます。

編集部 そうした経済状況の中、三菱ふそうトラック・バスはITを使ってどのような価値を生み出そうと考えていらっしゃるのですか?

ベック氏 現在、市場環境や消費者の嗜好はかつてないほどのスピードで変化しています。そして、先進的なITを武器にした「ディスラプター(破壊者)」と呼ばれる新興企業が市場に参入し、各業種の既存プレイヤーの地位を脅かしつつあります。そうした中、われわれダイムラーグループとしても危機意識を抱いており、これからも市場で生き残っていくためには、既存のビジネスモデルを根本的に見直して、持続可能なものへと変革していく必要があると考えています。

 例えば、既にビッグデータ活用の取り組みを進めており、社内に約15名で組織した専門部署を設けて日々さまざまなデータを収集・分析しています。かつてフォーチュン500の多くはエネルギー関連企業によって占められていましたが、現在はグーグルやアップルといったIT企業に取って代わられています。特にグーグルのような会社は、集めた大量のデータ自体を価値に変えてビジネスを大きく伸ばしています。データは、かつて石油や金が持っていたのと同等の価値を持つようになったのです。

 われわれがグーグルのように大量データを自社だけで保有することは無理かもしれませんが、大量データを利用することによって「データから新たな価値を生む」ことはできると考えます。そういう意味では、われわれも将来的にはグーグルのようなデータドリブンな会社になることを目指しているのです。

IoT時代に向けトラックやバスをあらゆるモノとつないでいく

編集部 データというと、2016年9月に独ハノーバーで開催された「IAA国際モーターショー」にFUSOブランドの電気小型トラック「eCanter」を出展されました。こちらも電気自動車としての可能性と同時に、IoTの文脈でも注目を集めましたね。

ALT FUSOブランドの電気小型トラック「eCanter」。優れた環境性能とともに、同社が「コネクティビティ」と呼ぶコンセプトに基づいた、テクノロジーによるさまざまな革新を搭載している

ベック氏 現在、弊社で開発を進めている「eCanter」は、来るべき環境配慮型社会においてトラック・バスメーカーが果たすべき役割を世に問い掛けた製品です。技術面においては、環境配慮型バッテリー部品のコストパフォーマンスが近年劇的に向上したことが、eCanterの実用化に大きく貢献しました。あとは電気自動車の運用に不可欠な充電インフラの充実を待つだけですね。

 一方で、おっしゃる通り、eCanterには最新のデジタル技術も惜しみなく投入しています。例えば、現在の位置情報、車両状態、配送状況、燃費のデータなどをネットワーク経由で配車センターのコンピュータとやりとりし、より効率的で安全なトラック・バス運用を実現することができます。

 具体的には、車両のデジタルコントロールパネルとユーザー企業の配車センターのコンピュータをつなぎ、配車センターからドライバーに作業内容を送信したり、ドライバーから集荷・配達時間をセンターに送信したりすることで、より確実・効率的な輸送を支援します。また、車両状態のデータから異常を検知したり、1日の走行距離、走行期間内の充電状態、配送状況、燃費データなども、リアルタイムで正確に把握したりすることができます。私たちはこうした技術を“コネクティビティ”と総称しています。

ALT 「車両製品として優れたものを開発・提供することは大前提。しかし、あらゆるモノがつながり合うIoT時代においては、トラック・バスも互いにつながり合うデバイスの1つだ」

 接続するのはそれだけではありません。例えば生産管理システムや製造ライン設備の管理システムなど、弊社内のさまざまなITシステムをトラック・バスと接続することで、製品の生産・運用の最適化に役立つ多様なデータを収集・活用できるようになります。そうしたデータに対して正しい分析モデルを走らせれば、私たち人間が考えるよりも、はるかに優れた生産・運用プランを短期間のうちに提示してくれます。

編集部 一般に、IoTは「モノをネットワークにつないでモノの機能を向上させること」ではなく、それによって有益な体験価値を生み出すことにあるとされています。貴社の場合もトラック・バスを通じた体験価値の向上を目指されているのでしょうか。

ベック氏 われわれはトラック・バスのメーカーですから、車両製品として優れたものを開発・提供することは大前提であり、最も重要なミッションです。しかし、あらゆるモノがつながり合うIoT時代においては、トラック・バスはスマートフォンと同じく、互いにつながり合うデバイスの1つと考えています。われわれは現在、こうした“コネクティビティ”のビジョンに基づき、お客さまに新たな価値を提供しようとトライし続けているのです。

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