顧客体験、イノベーションと有名ブランドの緩やかな死Gartner Insights Pickup(19)

小売大手の米シアーズが苦境にあえいでいる。今回は米ボーダーズ、米コダック、米サーキットシティなど過去に破綻した3社と、ビジネスを継続している競合3社を比較する。そこから分かるのは、顧客体験(CX)を追求して生まれる力だ。

» 2017年05月12日 05時00分 公開
[Augie Ray, Gartner]

ガートナーの米国本社発のオフィシャルサイト「Smarter with Gartner」と、ガートナー アナリストらのブログサイト「Gartner Blog Network」から、@IT編集部が独自の視点で“読むべき記事”をピックアップして翻訳。グローバルのITトレンドを先取りし「今、何が起きているのか、起きようとしているのか」を展望する。

 小売大手の米シアーズは2017年3月、「より多くの融資を受け、より多くの資産を売却することができなければ、事業継続能力に『重大な懸念』が生じる」と報告した。同社は長年、実店舗を持つ小売業者の反面教師となっている。皆さんがこれは古いニュースだと思ったなら、それは無理もない。

 実際、シアーズは以前から苦境にあえいでいる。同社がかつて、いかに強大な企業だったかは忘れられがちだ。同社は1950年代、郊外のショッピングモールブームの火付け役となった。だが、その60年後、主要テナントとして入居していた自社店舗を続々と閉鎖し、こうしたモールを窮地に追いやっている。

 歴史を振り返り、シアーズの苦戦を米ボーダーズ、米コダック、米サーキットシティなど、過去に経営破綻した有名ブランド企業と比較検討するのに良いタイミングかもしれない。また、繁栄しているかどうかは別として、少なくとも生き残っている競合ブランド企業、例えば米バーンズ&ノーブル、富士フイルム、米ベストバイなどについても見てみよう。

 簡単に言うと、多くのブランド企業が、既存のブランド力やビジネスモデルを過信し続けてきた。この過信から、こうしたブランド企業は成功の先行指標に目を向けるのではなく、短期的な方策に終始した。

 つまり、「高い顧客ロイヤリティーを獲得してきたこれまでの歴史を踏まえれば、顧客の新たな期待に応えるべく、顧客体験を迅速に改善する必要はない」と考えてしまった。そのせいで、彼らにとり、リスクを取って将来の顧客ニーズのためにイノベーションを行う必要性は薄れてしまった。

 1999年時点のフォーチュン500企業のうち50%が、現在はこのリストから脱落しており、現在のフォーチュン500企業の40%が、10年後には存在していないだろうと予測する向きもあるのはそのためだ。

 顧客体験(CX)をビジネスの起点に据え、それを適切に実践すれば、こうした問題は解決される。例えば、リーダーは四半期業績だけでなく、成功の先行指標(顧客満足、ロイヤリティー、ブランド支持など)にもおのずとコミットすることになる。また、CXを起点にすれば、ブランド企業は顧客ニーズの進化を継続的に学び直し、顧客と関わるプロセス全体で、そうしたニーズに対応するために問題解決を進めなければならない。そしてCXは、イノベーションを効果的に後押しする。将来の期待を満たす技術を特定し、優先順位を付けるのに役立つからだ。

 以下では、破綻した3社と、ビジネスを継続している競合3社を対比して見ていく。そこから分かるのは、CXを追求することで生まれる力だ。

バーンズ&ノーブル vs. ボーダーズ

 バーンズ&ノーブル(B&N)は、典型的なサクセスストーリーではないかもしれない。同社の株価は下がっており、1999年には1500店あった店舗の半数以上を閉鎖している。それでもB&Nは、生き残っている少数の書店チェーンの1つだ。ボーダーズが破綻したのに、B&Nはどうやって生き残ったのか。答えは複雑だが、2社を比較すると、幾つかのテーマが浮かび上がる。

 アマゾン・ドットコムなど電子商取引企業との激化する競争に直面し、ボーダーズは、アマゾンが市場で発揮するようになった強みに対抗しようとした。DVDとCDの品ぞろえを強化するとともに、非常に幅広い書籍タイトルを提供するという従来の戦略を引き続き推進した。だが、この路線は顧客から評価されなかった。

 これに対しB&Nは、顧客が何を必要とし、何を喜ぶかを検討した。そしてアマゾンに真っ向から対抗しようとするのではなく、ニッチ市場を見いだした。オンラインにシフトしていた音楽および映画商品から撤退し、商品ラインを人気の高い書籍に絞り込み、書籍販売が依然として盛んな大学キャンパス内の店舗を運営した。

 また、B&Nの「Nook」戦略は赤字が続いているが、同社はこれによってさまざまな点で顧客価値にかかわるイノベーションを実現した。2009年に既に人気を確立していた「Amazon Kindle」に対抗して発売された「Nook」は、当初は絶賛された。The Atlanticは「Kindleキラー」と評し、Wiredは「Kindleオーナーは、電子書籍リーダーを購入済みであることを後悔するだろう」と予想した。

 Nookは、こうした初期の評判通りの成功は収めなかった。だが現在、B&NはNookの赤字を大幅に減らしており、Nookブランドタブレットの製造でサムスンと提携している他、AndroidおよびiOSアプリも提供し、Nookを自社のデジタル戦略の基盤と位置付けている。顧客の将来のニーズや行動に着目し、そのニーズを満たすためにイノベーションを行ったことが、バーンズ&ノーブルが存続しボーダーズが消滅した1つの理由だ。

富士フイルム vs. コダック

 富士フイルムもユニークなサクセスストーリーを実現してきたが、かつてのライバルのコダックは今や見る影もない。「コダックは死んだ」と言う人もいるが、実はまだ存在しており、2013年に連邦破産法の適用から脱却している。ただし、以前とは全く異なる小企業として営業している(1993年にイーストマンコダックはイーストマンケミカルをスピンアウトしており、イーストマンの現在の株式時価総額はコダックの20倍以上に上る)。

 2012年1月にコダックが連邦破産法第11章の適用を申請したとき、富士フイルムの株価も過去最安値に近かった。だが、現在の株価は50%近く上昇している。では、なぜ富士フイルムは成功し、コダックは沈んだのか。

 「コダックはデジタル写真の波を逃した」との指摘もあるが、これはあまり正確ではない。コダックは1975年に世界初のデジタルカメラを生み出し、1995年に発売した消費者向けデジタルカメラ「DC」シリーズで多くのライバルを市場で打ち負かした。富士フイルムもほぼ同様の状況にあった。1990年代半ばには両社はデジタルカメラに本腰を入れておらず、コダックが「EasyShare」、富士フイルムが「FinePix」で本格的に打って出たのは2001年のこと。では、富士フイルムはコダックよりもどこが優れていたのか。

 コダックは強いブランドと定評あるマーケティング力を駆使して問題解決を図ったが、富士フイルムは顧客が求めるものを提供することに力を注いだ。富士フイルムの初期の製品はなかなか市場に登場しなかったが、出来は良かった。FinePixはコダックの競合製品よりも好評を博した。

 この構図は何年も続いた。富士フイルムなどのメーカーはイノベーションを継続し、顔検出や赤目軽減のような機能を導入したが、コダック製品はトレンドに追随するのみで、トレンドをリードすることはなかった。富士フイルムは顧客のニーズとウォンツを理解し、より速くイノベーションを行ったわけだ。

 また、富士フイルムはコダックよりも長期的視野に立っていた。富士フイルムの経営幹部によると、同社は、短期的な収益性を損なう決断にも踏み切った。2000年には16億ドルを投じて、富士ゼロックスの株式の25%を追加取得した。この投資は、革新的な製品のさらなる開発と収入源の拡大につながった。イメージング事業の利益が縮小しても、こうした投資により、富士フイルムにはさまざまな収益源があった。そのおかげで、コダックが手掛けられない市場へのシフトが可能になった。

 これに対し、コダックは、目先の利益につながらないものには全くこだわりがなかった。例えば、2005年には、今日のモバイル写真共有の先駆となる機能を持った製品をリリースした。Wi-Fi対応の「EasyShare-One」だ。だがコダックは、時代の先を行っていたこの製品の販売をあっさり打ち切った。売れ行きがぱっとしなかったからだ。この革新的なデジタルカメラは、いずれは写真のシェアに熱心なファンに支持されて人気製品に成長する可能性があった。だが、コダックは顧客の進化するニーズを読んでコミットするのではなく、製品がすぐにヒットすることを望んだ。

ベストバイ vs. サーキットシティ

 小売業界では電子商取引やショールーミング時代の到来に伴い、ベストバイの破綻が常に予想されてきたものの、同社はその予想を覆してきた。だが、サーキットシティは遠い記憶のかなただ。サーキットシティが最後に残っていた店舗を閉鎖した2009年3月以来、ベストバイの株価は20%上昇している。この間のダウ工業株30種平均の上昇率と比べると大幅に低いが、ベストバイは一貫して利益を計上してきた。ベストバイが歩んできた道のりは、かつてのライバルとなぜこれほど違うのか。

 理由の1つは、サーキットシティが顧客ニーズを満たし、競合するオンライン企業に対して差別化する長期的な機会ではなく、短期的な利益に基づいて意思決定を行ったからだ。サーキットシティは2000年に「全米家電小売2位」を目標に掲げていたものの、家電の取り扱いをやめると発表した。家電は同社の全売上高の14%を占め、金額では10億ドルに達していたが、利益率は同社の平均を下回っていた。そこで同社は家電販売から撤退した。これにより、コンピュータと消費者向けエレクトロニクス製品を専門に手掛けることになったが、これらの製品はライバルによるオンライン販売が活況を呈していた。

 一方、ベストバイは家電販売を継続しただけでなく、家電の販売面積を拡大した。家電は、消費者がオンライン購入する頻度がはるかに低いことが背景にある。現在、ベストバイの家電部門は21四半期連続で成長しており、過去2年間、同社で最も成長率の高いカテゴリーとなっている。

 両社のもう1つの違いは、ベストバイが従業員を優れた顧客体験の提供に不可欠なパートナーと位置付けているのに対し、サーキットシティは従業員をコストと見なしていたことだ。

 2007年に経営環境が厳しくなったとき、サーキットシティは最も高給で最も経験豊富な従業員らを削減した。その結果、すぐに顧客体験と販売が悪化してしまった。

 ベストバイは2009年に顧客サポートプログラム「Twelpforce」を立ち上げて従業員を最前線に配置し、顧客からの質問にソーシャルメディアで回答させた。2012年には総計5万時間に及ぶトレーニングに投資し、従業員によるWindows 8のプロモーションの改善に取り組んだ。

 ベストバイは近年では、オンラインと実店舗を組み合わせた販売の取り組みをリードしている。顧客がオンラインで購入した品物を店舗で受け取れるようにしたり、ショールーミングを行う顧客に価格マッチングサービスを提供したりしている。ベストバイは現在、アニュアルレポートにNPS(Net Promoter Score※)を盛り込んでおり、同社のNPSはこの1年で300ベーシスポイント以上、上昇したと述べている。

※顧客のロイヤリティーを測るための指標の1つで「推奨者の正味比率」を意味する。

あなたの会社のブランドは将来の顧客ニーズに備えているか

 バーンズ&ノーブル、富士フイルム、ベストバイの事例は、強いブランドを持つ企業が顧客体験にフォーカスすることで、どのように大きな変化や困難を乗り越えて生き残ってきたかを示している。3社のブランドが現在も競争力を発揮しているのは、これらの企業が顧客ニーズを特定して理解し、それらのニーズを満たすために投資とイノベーションを行い、長期的な視野に立って将来の成功と現在の実績の両立に取り組んでいるからだ。

 シアーズがもう手遅れかどうかは時がたてば分かるだろう。同社は価格マッチングなど、小売りのベストプラクティスを実践しようとしている。だが、シアーズのポリシーはベストバイより制限が多く、販売価格をネット専業の小売業者の価格に合わせることは拒否している(ベストバイも全てのネット専業小売業者の価格をマッチング対象にしているわけではない。だが、価格を合わせる対象としてかなり多くの小売業者を指定しており、その中にはアマゾン、ニューエッグ、タイガーダイレクトなど、エレクトロニクス製品を手掛ける主要なネット小売業者も含まれる)。

 一方、シアーズは経営再建に苦闘する中で、同社に対する消費者イメージの向上にも取り組む必要がある。顧客がソーシャルメディアでシアーズ店舗の写真をシェアするときには「悲惨」「気がめいる」「空っぽ」といった形容詞が添えられるからだ(ブランド企業はしばしば、口コミでは良いことも悪いことも言われることを忘れがちだ。口コミは、多くのブランドにとって味方にも敵にもなる)。

 ブランドの力は、消費者のニーズや期待がこれまでとは異なるエクスペリエンスにシフトしてもブランドを守ってくれる。ただし、それは長くは続かない。

 将来、大きな成功を収めるブランドは顧客ニーズの変化を理解するために投資し、顧客行動の進化を認識し、新たなニーズを満たすためにイノベーションを実現する企業のブランドだ。

 今後成功するブランドは、広告やコンテンツが優れているブランドではないだろう。それは、顧客を満足させ、ブランドに愛着を持たせ、他の人にも伝えようと思わせる、顧客体験を創造するブランドだろう。

出典:Customer Experience, Innovation and the Slow Death of Famed Brands(Gartner Blog Network)

筆者 Augie Ray

オージー・レイ

リサーチディレクター


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