クラウドに対する淡い期待を5つ持っていませんか?――富士フイルム柴田氏が明かす、現実とのギャップの解消方法特集:日本型デジタルトランスフォーメーション成功への道(10)(2/2 ページ)

» 2019年04月26日 05時00分 公開
[齋藤公二@IT]
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プライベートとパブリックを適材適所で使い分けることが重要

 こうした取り組みを進める上で不可欠な基盤がクラウドだ。富士フイルムでは2008年ごろからITインフラ基盤の仮想化に取り組み、自動化、標準化をレベルアップさせ、プライベートクラウド環境を構築してきた。

 プライベートクラウド基盤は、ブレードサーバのエンクロージャ8台(ブレードサーバ124台)と、SLA(サービスレベル契約)ごとに分けられた複数台のSANストレージで構成される。ほとんどがコモディティ製品で構成されており、ハードウェアは故障、障害が発生しやすいことを前提にしたシステム構成、運用設計となっている。

プライベートクラウド基盤(柴田氏の講演資料から引用)

 「プライベートクラウドに投資を継続しながら、社内にサービスを提供するという視点で基盤を整備してきました。また、パブリッククラウドが成熟した場合に備え、必要に応じて段階的に移行、活用できる準備を進めてきました。クラウドは、プライベートかパブリックかの二者択一ではなく、これからは両者の長所を活用したハイブリッドクラウドの時代だと考えています」

 富士フイルムのクラウド移行戦略をシンプル化すると大きく3つに分けられる。「新たに作るシステムは最初からクラウドネイティブにする」「変えた方がいいシステムは、まずリフトし、その後クラウドネイティブにシフトする」「そのまま残すシステムはベアメタルで部分的にクラウド化してオンプレミスと連携させる」というものだ。

 クラウド移行戦略の下、パブリッククラウドの本格活用に舵を切ることになったのは2017年ごろから。RFP(提案依頼書)を複数社に提示して、最終的に「VMware on IBM Cloud」を採用した。当時の比較選定のポイントは「管理主体の違い」「機能やサービス内容の制約」「役割分担や責任範囲の多様化」「サービスの多様化、グローバル化」「導入に伴うハードルの低下」「移行に伴う影響」の6つだった。

 「VMware on IBM Cloudを選択したのは、コストがリーズナブルであったこと、仮想化環境が同一であること、共通の運用を継続できること、VMware NSXによるL2延伸というシームレスなネットワークであることの4つです。コスト面では移行対象のサーバ群に対して約45%のコストダウンを実現。同じ仮想化環境ということで移行も容易で、運用管理も一元化しています。運用管理ツールもそのまま継続し、社員やパートナーのスキルや経験をそのまま活用しています。ネットワークについてはL2延伸することでリフトする際のIPアドレスの変更を不要にしました」

選定ソリューションと成果(柴田氏の講演資料から引用)

 技術的にはかなりの部分をパブリックに移行することが可能だが、セキュリティの問題や格納している情報の機密性、医療関係のレギュレーションなどの関係から、プライベート側に残すことが妥当だというシステムはプライベートに残し、ハイブリッド環境を構築している。

 「ハイブリッドクラウドを業務ごとに適材適所で使い分けることで、よりビジネスに即応できるインフラが整備できます」

 富士フイルムではハイブリッドクラウドがどのような業務に適用できるかのパターンも設計している。具体的には「モバイル連携」「使い分け」「災害対策」「負荷調整」「SaaS連携」「ピーク対応」「柔軟対応」の7パターンがあり、モバイル連携ならば「パブリックでモバイルアプリケーションと連携、プライベートで基幹業務系の処理」としてシステム構成をユーザーに示し、利用しやすくする。

 「ハイブリッドクラウドを使い始めた当初は、モバイル連携や使い分け、災害対策などのパターンが多かったのですが、使い慣れていくうちに、SaaS連携やピーク対応、柔軟対応などのパターンがかなり増えてきている状況です」

クラウドに対する期待と現実の5つのギャップをどう解消するか

 このようにして、リフト&シフトを進めてきた富士フイルムだが、さまざまな失敗もあった。柴田氏は、期待と現実のギャップがあったものとして「運用コストが安い」「運用が楽になる」「お手軽で、早く移行できる」「サービスレベル維持」「IT部門の役割変更」の5つを挙げた。

 「これら5つには淡い期待を抱きがちです。戦略的に考えていかないと本当に淡い期待で終わってしまいます。まさに期待と現実のギャップに直面するのです。戦略的に考える上で重要なのは、クラウド活用のそもそもの目的が何なのかをはっきり認識することです」

 クラウド活用の目的は「構築や運用からの解放」「最新テクノロジーの早期実装」「資産から経費へのシフト」の3つを明確化することがポイントとなる。また、この3つに取り組むことでビジネスの成果に直接、貢献できるようになるという。

 逆に、例えばコスト削減を目的に現行システムの構成や運用をそのままクラウドに移行しても、コスト削減は極めて困難だ。柴田氏は「もしコスト削減を目指すならば、リフトする前に、サーバ台数、サーバ稼働時間、サービスレベル、データ転送コスト、人件費の5つを徹底して見直す必要があります」とアドバイスした。

 また、運用管理のギャップについても、「既存の業務にメスを入れない限り工数を削減したり負荷を軽減したりすることは難しい。一歩間違えると工数が増える」こともある。その上で、IaaS、PaaS、SaaSをどう使い分けるか、RPAやAIをどのように活用すべきか、システムの特性に応じてどうクラウド移行戦略を立てるかなどを考慮して「人が介在しない運用の自動化」を進めていく必要がある点を強調した。

クラウド移行でIT部門はどう変わるべきなのか

 クラウド移行によってIT部門はどう変革されるのか。柴田氏は「この2年くらいで経営や営業部門、事業部門から求められる役割が変わってきました。経営からは最新ICTを高度に活用すること、営業部門からは営業やマーケティング機能の強化、事業部門からはビジネスモデルの変革やワークスタイル変革が期待されています」と説明した。

 こうした期待に応えるITの機能、人材として、富士フイルムでは2つの役割を想定している。1つ目は、ビジネスアーキテクト。ビジネス価値を明確化し、最適なビジネスプロセス設計、それを実現するシステム設計を担う。2つ目はシステムアーキテクト。テクノロジーやサービスの目利きとして、最適なシステム設計を担う。

 また、リソースのシフトも重要だ。これは「Run the Business」をテーマにしたいわゆる守りのITを筋肉質にしながら、「Value Up」をテーマにした攻めのITのリソース比重を高めることを指している。富士フイルムでは、既存技術を活用した業務改善と新規技術を活用したイノベーションを社内向け、ビジネス向けで展開することで、このリソースシフトに取り組んでいる。

 こうした取り組みを行いながら、IT部門の提供価値を最大化し、効率、コストへの期待、ビジネス環境の変革への対応、さらには、スピード、スケール、アジリティーといった戦略価値への期待にIT部門として応えていくことを目指しているという。

 最後に、柴田氏は今後の展望として、IBM Cloudに加えて、Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azure、Google Cloudといったクラウド間連携へ取り組みや、SDN(ソフトウェア定義ネットワーク)やクラウド管理プラットフォームを通したマルチクラウド活用の取り組みを推進しようとしていることを紹介。「これからも、さらなる価値創出に取り組んでいきます」と講演を締めくくった。

特集:日本型デジタルトランスフォーメーション成功への道 〜“他人事”ではないDXの現実解〜

テクノロジーの力を使って新たな価値を創造するデジタルトランスフォーメーション(DX)が各業種で進展している。だが中には単なる業務改善をDXと呼ぶ風潮もあるなど、一般的な日本企業は海外に比べると大幅に後れを取っているのが現実だ。では企業がDXを推進し、差別化の源泉としていくためには、変革に向けて何をそろえ、どのようなステップを踏んでいけばよいのだろうか。本特集ではDXへのロードマップを今あらためて明確化。“他人事”に終始してきたDX実現の方法を、現実的な観点から伝授する。




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