連載
» 2019年07月31日 05時00分 公開

Go AbekawaのGo Global!〜Tanmay Bakshi編(前):「学ぶ意志さえあれば年齢は関係ない」を実践する15歳の若きエンジニアがディープラーニング、そしてWatsonにたどり着くまで (2/2)

[取材・文:阿部川久広(Go Abekawa), 構成:中村篤志,@IT]
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Appleが興味を持ったヘルスケア技術

阿部川 現在手掛けていらっしゃる、ヘルスケアに関するプロジェクトや、目や虹彩などで個人を見分ける技術、もしくはその情報を守るための技術「Biometrics Security」(生体認証セキュリティ)に関するプロジェクトにとても感銘を受けました。中でも「Heart ID」(心臓をIDと見なす考え)には驚きました。「心電図」(ECG)は、先般Appleが「Apple Watch」に採用していますが、その技術に関するプロジェクトに参画されていますね。

バクシ氏 はい。現在使える技術をよりうまく使うだけでも、いろいろなことが便利になります。Apple Watchで例えれば、「竜頭(りゅうず)に触れるだけで、心臓のIDを認知して個人を認証する」といったことができると思います。

 このアイデアは「モバイルデバイスで不整脈を検出する」プロジェクトを進めているときに思い付きました。ノイズが多いデータから特定の情報(この場合は不整脈)を検知する必要があり、過去の文献を調べたところ、2005年にロシアの研究者が「ECGのデータで個人を特定する」実験をしていました。当時の実験では完璧とはいかないまでもかなり良い成果が得られたようです。当時の実験データが公開されていたので、私が独自に研究した仕組みと組み合わせ、データ特定の精度を上げることに成功しました。

 これによってiPhoneなどのデバイスを使い、指紋と心臓IDのデータの組み合わせで本人認証することも可能でしょう。ディープラーニングのアルゴリズム技術を用いれば、この例のような複雑な手続きを、非常に簡素化できます。ハードウェアもシンプルにできます。

阿部川 ディープラーニングの得意分野ですね。現代は多くの人が「ビッグデータだ」「IoTだ」「AIだ」と話題にしますが、一番重要なことは、そこにあるデータをどのように管理し、そして分析することだと思います。

バクシ氏 データが語る意味を探り当てることですね。

ディープラーニングの悪用はどうすれば止められる?

阿部川 次の質問はセキュリティについてです。あなたはヘルスケアに関する「チップ」のご研究をされていますね。非常に簡単に例えるなら「脚に障害のある方にチップを装着すれば歩けるようになる」といった内容です。大変素晴らしいと思う反面、もし悪意のある人がそのチップのデータを盗んで悪用したとしたらどうなるのか、という心配があります。この場合、ディープラーニングが悪い方面に使われることになりますが、この点についてどうお考えでしょうか?

バクシ氏 おっしゃることはよく分かります。幾つかの側面がありますが、どんなシステムでもセキュリティが100%保証されたシステムは存在しません。システムやネットワークがあるところには必ず「セキュリティの穴」のようなものがあるものです。ないと考えるのは、ただ単にその脅威をまだ見つけることができていないだけだと思います。システムはたくさんのパーツやコンポーネントが複雑に絡んで機能していますから、その連結部分の安全性がうっかり見落とされるようなことは起こり得るからです。

 ただ、ディープラーニングは悪用もできますが、もちろん良い方向に使うこともできます

画像 ディープラーニングの問題について語るバクシ氏

 モントリオールに「ライヤーバード」(Lyrebird)という会社があります。この企業が扱うのは「声」に関するディープラーニングの技術です。録音した声をディープラーニング技術で解析し、音声合成でどんな会話も作り出すことができます。例えば本人が話していない内容を本人の声でスピーチさせることが可能です。一方で、音やビデオの微妙なパターンをディープラーニングで解析し、その真偽を判定できるプログラムを提供している企業があります。

阿部川 ディープラーニングの技術そのものが「良い」「悪い」ということではなく、用途や目的といったものに依存するということですね。

バクシ氏 その通りです。

ディープラーニングの問題はディープラーニングで解決できる

バクシ氏 ディープラーニングをセキュリティに利用することも可能です。Watsonが良い例です。Darktraceという企業は、マシンラーニングの技術を用いた「セキュリティ脅威の特定サービス」を提供しています。こんな例があります。ある大手通信企業がインターンを雇いました。このインターンが仮想通貨「ビットコイン」の採掘プログラムをこの企業のサーバにインストールしてしまったのです。

阿部川 それは人間のエラーで、しかもほとんど犯罪ですね(笑)。

バクシ氏 はい(笑)。しかし重大なことは「もし発覚しなければ、その採掘プログラムはずっとサーバの一角を占拠していた」ということです。Darktraceのプログラムであれば「なぜ特定のCPUのオペレーションだけが繰り返されているのか」を検出します。通常のウイルス対策ソフトやセキュリティソフトウェアは「変かもしれないけど、攻撃ではない」とこの事象を見逃してしまうでしょう。マシンラーニングであれば、データのパターンを解析して「異常が潜んでいる」と検出できるわけです。

阿部川 「攻撃か否か」ではなく「いつもの状態か」を覚えて(学習して)検知するということですね。

バクシ氏 もう一つあります。従来のソフトウェア開発では、セキュリティを考慮するのは「プログラムが完成した後」であることが普通でした。まずプログラムがあって、それからセキュリティのことを考える、という流れです。今思えば根本的に間違ったやり方だと思います。多くの企業もようやくこのことに気付き始めたのではないでしょうか。

阿部川 最近までコンピュータを使うのはエンジニアが中心でしたから「セキュリティを意識しなくても特に問題なかった」ということはありますね。

バクシ氏 その通りです。ソフトウェアを開発するときには、最初からセキュリティのことを考えたデザインにすることが大切です。そしてディープラーニングを活用してリスクを検知し、システムを守る。この2つのコンビネーションによって、私たちが現在まだ知らない脅威が起こる前に、より能動的にシステムを守ることができると思います。

阿部川 コンピュータのおかげで、何十年前かに比較すれば私たち人間の学習曲線はずっと高いカーブを描いていますが、その進化のスピードに人間がついていっていないように思います。ですからコンピュータを使うときに、まだたくさんの、埋められていない技術の「穴」のようなものが多くあるのでしょう。セキュリティに対する脅威もその一つだと思います。あなた方のような若い方々がこの世界をどんどん変えていってほしいですね。

バクシ氏 ありがとうございます。光栄です。


 ほんの少しのきっかけと持ち前の好奇心から、あっという間にディープラーニングの有識者となったバクシ氏。ディープラーニングに造詣が深いだけでなく、過去を知り、市場の状況も見極めようとする同氏は、AI研究で常に話題となる「シンギュラリティ」(技術的特異点)についてどう考えているのか。後編に続く。

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