運用保守契約は永遠です「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(70)(3/3 ページ)

» 2019年09月30日 05時00分 公開
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自動延長条項は、継続を保証するものではない

 はっきりいえば、この運用保守業者はあまりに脇が甘かった。

 言い方は悪いが、「自動延長」という言葉を「保護されるべきもの」と拡大解釈してその上にアグラをかき、顧客から問題を指摘されても、(それに個別に対応していれば)契約は自動的に延長されて当然と考えていた節がある。

 顧客は、仮に運用保守業者の作業内容が完璧であったとしても、より安価なサービスを提案する別の業者があれば、そちらに乗り換える可能性があるし、そうした際には、法律も特段に運用保守業者を守る側につくわけでもない。

 発注者の言動もサービス期間の長さも、この程度のものであれば、次期の契約を当然に期待させるというほどのものでもない。営業担当者にも運用保守作業を担当する者にも、緊張感が欠如していたといわざるを得ない。

運用保守業者に求められるもの

 読者も判決を見て、運用保守業者の甘さ、身勝手さを感じたことだろう。ただ私が申し上げたいのは、こうしたことは必ずしもこの業者だけの話ではないということだ。

 私の周囲でも、長く続けてきた保守契約を突然打ち切られて往生したという会社やそのメンバーは意外と多く存在する。そして多くは、事前に予見できずに突然申し渡されたという。不満というものは、それを抱く者の方が抱かせる者よりも敏感だ。だからこそ、こうしたサービスをなりわいとする者には、それなりの敏感さと緊張感が求められる。

 しかしながら、こうした感覚を持って日々気持ちを新たにしている運用保守業者は少ない。多くは日々のルーティン作業の中で、いつの間にか緊張感をなくし、顧客の心にも鈍感になってしまうのだ(かつての私もそうだった)。

 もっとも、新しいモノを作るわけでもなく「無事是名馬」という仕事を続けていれば、緊張感を失うのは人間であれば当然のことだ。顧客の不満に気付き、契約が切れないように対処を行っていくためには幾つかの工夫が必要だ。

 まず、定期的な顧客満足度調査や公式、非公式のヒアリングを行って、自らの改善点を見つけていくこと。さらに冒頭申し上げたように、運用保守は要員のモチベーションを保つのが難しいので、定期的なジョブローテーション、待遇面の工夫、会社の上層部からの声掛けや顧客との懇談など、作業者のやる気を引き出す工夫が幾つも必要だ。

 これらの仕組みや工夫を行わない会社が保守運用作業を請け負うこと自体、皆を不幸にする可能性をはらんでいる。ルーティン作業にこそ、必要な緊張感とそれを引き出す手だてが必要だ。

 それを行ってこなかったのは、現場の作業員でも営業担当者でもなく、会社という組織の責任ではないか。そのように感じた裁判であった。

※2019/10/1 タイトルを変更しました(編集部)

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

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