不自然なことの裏には、下手くそなシナリオライターがいるのよ――三文オペラコンサルは見た! 情シスの逆襲(9)(3/3 ページ)

» 2019年11月28日 05時00分 公開
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もう、やめた。

hanyuu

 ここのところの羽生の変貌ぶりに、情報システム部のメンバーは驚いていた。

 以前ならルーティンワークを淡々とこなすだけで、部下に指示らしい指示を出そうともしなかったのに、AI在庫管理開発プロジェクトでは進捗(しんちょく)やリスクを細かくチェックし、少しでも懸念があると、事細かな指示を熱っぽい口調で与えるようになったのだ。

 開発ベンダーとの打ち合わせにも頻繁に顔を出し、不審点を質問したり、技術論を戦わせたりすることもしばしばだった。上司の村上常務にも頻繁に相談や報告に出掛け、正に椅子の温まる暇のない状態だった。

 羽生がこのように精力的な働きをするようになったのは、自分の企画が通って張り切っていることだけが理由ではなかった。

 それは、同期入社で仲の良かった小塚との間のわだかまりだ。じっとしていると彼の困った顔が頭に浮かぶので、あえて忙しくして思い出さないようにしている、というのが偽りようのない事実だった。

 仕事に追われる羽生が昼食を食べに社員食堂にやってきたのは、その日も午後2時を過ぎてのことだった。とうに昼休みが終わっているこの時間、羽生の他には、4〜5人の社員が、ばらけて座っているだけだった。

 この後の会議のことで頭がいっぱいな羽生が、ろくに味を感じることもなく口の中にカレーライスを放り込んでいると、正面に一人の男が座った。

kozuka

 「忙しそうだな」

 小塚だった。羽生は2秒ほど小塚の顔を見つめ、乾いたのどをコップの水で潤してから、「まあな」と答えた。

 「何か用か? 悪いが次の会議まで時間がなくてな」

 そう言いながら食べかけのカレーを載せたトレーを持って立ち上がろうとする羽生に、小塚が声を掛けた。

 「もう、やめた」

 小塚の張りのある声に、食堂中が振り返った。

 「俺は、もうやめたよ」

 小塚はもう一度言った。

笑い話にしようじゃないか

hanyuu

 「何を?」

 羽生は立ったまま、小塚に問い掛けた。

 「今回の件だよ。お前がルッツを紹介しなけりゃとか、もしかしたら最初っから俺をはめるつもりだったんじゃないかとか……。そういうことを考えるのは、もうやめたんだ」

 小塚の顔に、笑顔が浮かんでいた。その晴れやかさに羽生は動揺した。

 「お、俺は何も……。あのときは本当に、ルッツしかなかったんだ。それも、知人に頼み込んでやっと紹介してもらったから、どんな会社かよく知らなくて……。AI在庫管理をいつものベンダーが請けてくれたのは、本当にタイミングが良かっただけだし……」

 「だから、もうそういうのはいいんだ」

 羽生とは対照的に、小塚は落ち着いていた。

 「お前は俺のために一生懸命ベンダーを探してくれた。それでいいじゃないか」

 羽生は小塚の真意が分からず、黙り込んだ。

kozuka

 「なあ、羽生。俺たちまだ40台半ばだ。人生100年時代、まだ半分も生きていないんだぜ」

 「何が言いたい?」

 「俺はお前とバカ話をしながら酒を飲みたい。新人研修のころみたいに大声出して笑いながらな」

 「そんな昔の話……」

 「昔じゃないよ、未来さ。70歳になったら、また飲もう。そのころには俺が情シスのお前をどこか下に見ていたことも、お前が俺にちょっと意地悪をしたことも、笑い話にできるんじゃないかな」

 「だから、俺は何も!」

 羽生は気色ばんだが、小塚の笑顔は変わらなかった。

 「今回の件で、俺は責任を取らされるかもしれない。そしてお前の時代が来る。そういうのも面白いじゃないか。それもこれもみんな、じいさん同士の昔語りのネタになる。それでいいじゃないか」

 「小塚……」

 「だから今は、お前に対して何も思わないことにした。何も恨まない、何も疑わない。そんな気持ちを持ち続けてたら悲しいじゃないか。俺たち同期なんだ。もう、事実なんかどうでもいい。かつてはいろいろとやりあった。そんな話を肴(さかな)にうまい酒を飲もう。そうなりたいと思わないか?」

 「俺は……」

 言い掛ける羽生を手で制して立ち上がり、「じゃあな。頑張れよ」とだけ言って、小塚は食堂から出て行った。羽生はトレーを持ったまま立ちつくしていた。

つづく




 「コンサルは見た! 情シスの逆襲」第10話は12月5日掲載です。

書籍

システムを「外注」するときに読む本

細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)

システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。

※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

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