アクセル乳業を出ると、美咲が白瀬に命令した。
「すぐに大連に行って」
「大連? そんなとこに行って何をしろっていうんだ?」
「決まってるじゃない。ルッツ・コミュニケーションズの本社に行って、ラ・マルシェの誰かさんとのつながりを確認するのよ。ラ・マルシェの顧問役のコンサルタントだって言えば、話くらい聞いてくれるでしょ」
「何を話せばいいんだ。どんな証拠を?」
「そんなの知らないわよ。とにかく行って、何かつかんできて!」
同じ日、ラ・マルシェの高橋社長を、前社長の鈴木が訪れた。石もて追われるように社長室を去って以来のことだ。
「本日は、どのようなご用件で?」
高橋の態度はいつも通り物腰の柔らかいものだったが、その目は厳しかった。
「まあ、そんな怖い目をせんでくれ。ちょっと様子を見に来ただけだよ」
鈴木はすっかり髪が白くなった老人だが、目の奥にまだ野心の火が燃えていた。
「先日ね、帝都銀行の田村副頭取とお会いすることがあってね」――帝都銀行は高橋が以前にいた銀行だ――「君のことを心配されていたよ」
「心配?」
「スーパーの社長なんて慣れない仕事は苦労も多いだろうってね。君さえ良ければ銀行に戻ってくれても……なんて、そんな話をね……」
鈴木が探るような目で高橋を見つめた。
鈴木から「会いたい」という連絡があったときから、彼の言わんとすることは分かっていた。思ったほどの回復を見せない業績の上にオンラインショップ開発の頓挫。高橋の就任時に上昇した株価も落ち込み、株主たちからは早くも社長交代の声が聞こえ始めている。鈴木が自分を更迭して復権を狙っていることは分かり過ぎるほど分かっていた。
「話は変わるが、AIで在庫を管理するシステムを作ってるんだって? 村上君の肝いりなんだってな。オンラインショップなんかと違って、コスト削減効果は確実だし、何よりウチが長年培ってきたイメージを壊さない。あれはいいね」
「……」
「近々、主だった株主たちが君と今後の話をしたいと言ってるから、そのときにまた連絡させてもらうよ」
鈴木はそう言い残して社長室から出ていった。高橋はソファに座ったきり、動かなかった。
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