DXも台無しにしかねない日本企業の「ソーシング問題」――「内製化が難しい」なら、どう戦うか?「価値創出」や「スピード」ばかりに目を奪われるのは危険(1/2 ページ)

デジタルトランスフォーメーション(DX)の潮流が高まる中、社会全体で「イノベーション」や「スピード」といった要素が注目されている。だが、いくら「新たな価値」を生み出したところで、それがビジネス/サービスである以上、信頼に足る品質を担保していなければ意味がない。特に内製が難しいトラディショナルな企業にとっては、一般的なIT活用でもDXにおける価値創出でも、社外の開発・運用パートナーと組むことが不可欠となる。そうした中でも、今のスタンスのままで本当に「ビジネス価値」を生み出すことができるのだろうか?

» 2019年12月06日 05時00分 公開
[斎藤公二/構成:編集部/@IT]

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「7pay」の不正アクセス事件が示唆するもの

 DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が社会一般に浸透して久しい。数年前のUber、Airbnbのような華々しい事例を皮切りに、多様なDX事例が各種メディアで喧伝され、ビジネスは「体験価値の創出力」と「価値を届ける/ニーズに応えるスピードが重要」といったメッセージが異口同音に繰り返されている。

 これを受けて、重要な顧客接点となるITサービス開発が金融、製造、流通/小売りをはじめ各業種で活発化しているが、昨今はそうした状況に変化の兆しが表れつつある。象徴的なのは「7pay」の不正アクセス事件だろう。直接的にはセキュリティ設計の問題だが、セキュリティに対する全社的なガバナンスと、開発パートナーとの関係性が根本的な問題として指摘されている。

 印象的なのは、この事件に対する社会の受け止め方だ。「便利」なだけではなく「安全に使える」ことがサービスの大前提であることを、あらためて印象付けることとなった。これはITサービスがもはや特殊なものではなくなり、ごく一般的な製品・サービスと同様の「品質・信頼」が求められるようになったことの証左といえるのではないだろうか。

 特に「ニーズに応えるスピード」が重視されている今、イチからシステム/サービスを作るのではなく、SaaSをはじめ“すでにあるリソース”を利用したり、組み合わせたりすることで、1つのシステム/サービスを作るスタイルが一般的になっている。社外のコンシューマー向けサービスに限らず、社内向けの業務システムにしても多様なベンダーのクラウドサービスやソフトウェアが混在している。

 そうした中でも従来の認識のままで、ビジネスの「安全」「信頼」「品質」は担保できるのだろうか? スピードや柔軟性ばかりが強調されているが、それらだけで「ビジネス」は成立するのだろうか? デジタル推進室などSoE(システムオブエンゲージメント)領域の専門組織を作り、プロダクトオーナーを招聘(しょうへい)したり、スキルある若手エンジニアを雇用したりと、価値創出に取り組む企業は増えているが、従来の認識のままで、彼らの努力を安全に実らせることはできるのだろうか?――。

 AI、IoTといった言葉とひも付けて語られることも多く、ある意味バズワード化している「DX」のトレンドが、そうした側面を覆い隠している傾向も強い。アイティメディア 統括編集長 内野宏信が、ガートナー リサーチ&アドバイザリ部門ソーシング&ITマネジメントプリンシパルアナリスト 中尾晃政氏へのインタビューを通じて、「DXの取り組みを実ビジネス化するための要件」と「IT部門の役割」を探った。

3社に1社が「既存業務が忙しくてデジタル対応できない」

内野 DXトレンドが進展する中で、IT活用に対する企業や社会の認識は大きく変わってきたと思います。ただJUAS(日本情報システムユーザー協会)の調査では2019年度もIT投資は堅調に伸びているものの(※)、DXで成果を上げている企業は一部です。中尾さんはIT活用の現状をどうご覧になっていますか。

※出典:「企業IT動向調査2019」(IT予算の速報値)を発表

ALT ガートナー リサーチ&アドバイザリ部門ソーシング&ITマネジメントプリンシパルアナリスト 中尾晃政氏

中尾氏 DXとは、既存のビジネスプロセス/ビジネスモデルを変革して価値を創出する取り組みですから、「既存業務の効率化や最適化」だけではなく、この「価値の創出」が重要な要素となります。ただ、IT活用の現状を見ると、「既存業務の最適化」としてRPAやAIの活用など“DXに近しい取り組み”は進んでいるものの、大半が既存システムのバージョンアップやパッケージのリニューアルといったシステム更改案件で占められています。つまり、既存システムの維持・運用に人と予算の大半が投入され、新しい取り組みには十分にリソースが割り当てられていない。

 ガートナーがデジタルビジネスに取り組む際の阻害要因を調査した結果があります。複数回答ですが、1位は「スキルの欠如」で36%、2位は「具体的なアイデア創出ができない」で34%、3位がほぼ同率で「既存業務によって取り組む余裕がない」で34%でした。DXは新しい取り組みですから「スキルの欠如」や「アイデア創出ができない」という点は理解できますが、「既存業務によって取り組む余裕がない」という問題は深刻だと思います。

 経済産業省が発表した「DXレポート」でも触れられていますが、DXを推進する上では、確かに変化対応力の高い柔軟なシステムにモダナイズする必要があります。それはIT部門がこれまでやってきた活動の延長線上にあるものなので取り組みやすいという側面もある。しかし前述のように、DXはテクノロジーを使いこなしてビジネスモデル/ビジネスプロセスを変革し、新たな価値を創出する取り組みです。

内野 確かに、クラウドに移行するだけでプロジェクトが終わってしまったり、PoC(概念検証)止まりになってしまったりするケースが後を絶ちません。

中尾氏 これにはIT部門のケイパビリティの問題も絡んでいます。新たなビジネス価値を創出するためには、IT部門も新しいテクノロジーのキャッチアップやビジネスに対する理解が求められます。しかし、そうしたケイパビリティが組織的に強化されてきたかというと、そうではない。そのため、これまでの人材だけでDXに取り組むのは難しくなってしまう。

内野 実際、一部のWeb系企業やスタートアップなど、ITとビジネスが直結したビジネスモデルを持ち、システム/サービスを内製している組織と、SoR(システムオブレコード)システムの運用やSIerへの外注を業務の軸としてきたトラディショナル企業のIT部門とでは、そもそも持っているスキルが異なります。しかし、DXの取り組みでは前者のスキルが求められる。これが一歩を踏み出せない一因になっているわけですね。

中尾氏 はい。もちろん、こうした人材を育成、獲得していくことは重要ですが、なかなかすぐには困難です。従って、社外のリソース/能力を最大限、有効に活用することが課題を乗り越える上で重要になってくると考えます。しかし、ここにもハードルがある。IT部門が付き合ってきた社外パートナーはほとんどが大手ITベンダーです。彼らもアジャイル開発ができる人材、AIの知見を持つ人材など、ケイパビリティを強化している段階です。つまり、DXの取り組みにおいてはベンダー側も顧客選別してくる可能性が高い。従って、企業のIT部門はこれまで付き合ってきた大手ITベンダー以外の、ソーシング先の選択肢も主体的に探していく必要があると考えます。

DXの取り組みでIT部門がスルーされるケースが増えている

ALT アイティメディア 統括編集長 内野宏信

内野 「主体的に探す」というのは、「創出したいビジネス価値」に基づいて、どのようなシステム/サービスが必要か、それを開発・運用できるパートナーはどこかを主体的に探すということですよね。また「最大限、有効活用する」ためにはその後も主体的に関わる必要がある。これは対象となるシステム/サービスが、モード1かモード2かを問わず重要なスタンスだと思います。

 特にモード2領域の社外向けサービスの場合は「テクノロジーを使ったもうかる仕組み」――すなわち「自社のビジネス」そのものであるわけですから、丸投げして作ってもらうというスタンスでは筋が通りません。「7pay」のセキュリティ事件も、サービス提供者としての主体性や開発パートナーへの依存性に根本的な問題があったことが思い出されます。

中尾氏 そもそもそうしたITサービス開発では、上流工程から“正解”を模索しなければならないため、ウオーターフォール開発のように上流工程はユーザー企業、下流工程はベンダーが担うといった区分けができません。先の調査で「具体的なアイデアを創出できない」という回答が多くありましたが、それなら外部パートナーと協業して一緒に考えていく必要があるわけです。むしろIT部門がアイデアをとりまとめてリードすることが重要になってくる

内野 トラディショナル企業のIT部門に、そうした認識はあるのでしょうか?

中尾氏 企業によって温度差はあるものの、IT部門が果たすべき役割として認識されてはいます。背景として挙げられるのが、DXの取り組みが進む中で「IT部門がスルーされるケース」が増えていることです。例えば、事業部門が新しいサービスを立ち上げたり、クラウドサービスの契約をしたりした場合でも、IT部門には知らされないことが増えている。シャドーITが進む中で、IT部門が自分たちの存在意義を社内に明確に発信することが、以前に増して求められているのです。

内野 ビジネスに対する感度は事業部門の方が高い上に、これだけ社外のITリソースが使いやすくなっていると、当然の流れかもしれません。

中尾氏 JUASの調査で、「新規ビジネスを創出する取り組みを担うデジタル化のイニシアチブを持っている組織は何か」を聞いたアンケートがあります(※)。

※出典:企業IT動向調査2019 (2018年度調査)〜データで探るユーザー企業のIT動向〜(本調査の19ページ)

 最も多かったのは「事業部門」で42%、次に「その他(専門組織/共同チーム)」が39%。「IT部門」は19%にとどまっていました。「既存業務の最適化」などはIT部門がリードするケースが多いですが、新しいことについては事業部門がリードしている。こうした中で、IT部門はどう振る舞うべきなのか。事業部門を含めた社内外のステークホルダーに、“IT部門としての姿勢”を明確に打ち出さない限り、シャドーITはますます増えていくでしょう。

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