モノ自体にデータを安定保存する手法を開発、スイスの研究者“モノのDNA”が記録媒体に

スイス連邦工科大学チューリッヒ校の研究チームが、ガラスのナノ粒子を使ってほとんど全てのモノをデータストレージユニットに変える新しい方法を発見した。記録寿命は数百年と長く、薬剤から眼鏡までさまざまなモノにデータを記録できる。

» 2019年12月12日 18時30分 公開
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 スイス連邦工科大学チューリッヒ校(チューリッヒ工科大学)の研究チームが、ほとんど全てのモノをデータストレージユニットに変える新しい手法を開発した。

 この手法を使うと、例えばシャツのボタンや水筒、さらには眼鏡のレンズといった本来記憶媒体ではないモノに大量のデータを保存し、何十年もたってからデータを取り出すことが可能になる。後の世代のために、情報を隠して保存しておくことも可能だ。

3D印刷されたプラスチック製のウサギ(出典:チューリッヒ工科大学/Julian Koch氏) このウサギに含まれるDNA分子には、塩基対の形で3Dプリンタ向けの印刷命令がコード化されている

 生物とモノの違いは何だろうか。生物は自らの組み立てと操作の情報「DNA」を持っていることが異なる。モノも複製が可能だが、組み立てと操作の情報はモノの外部にある。このため、モノと組み立て情報が生き別れになってしまう可能性がある。

 チューリッヒ工科大学の化学/応用バイオサイエンス学部のロバート・グラス教授は今回の手法についてこう語る。

 「われわれが開発した手法では、3D印刷命令をモノに統合できる。数十年後、あるいは数世紀後に、それらの命令をモノ自体から直接入手できる」

 開発した手法では生物と同じ手段を採った。すなわち「モノの遺伝情報」をDNA分子に保存する。

IoTならぬDoT(モノのDNA)を開発

 ここ数年の幾つかの研究開発成果によって、今回の手法を生み出すことができた。その一つが、DNAを組み込んだ微細なガラス粒子(ナノ粒子)でモノをマーキングするグラス氏が開発した手法だ。ちょうどモノにバーコードを付けることと似ている。

 ナノ粒子にはさまざまな用途がある。例えば、地質学的検査のためのトレーサーになる。高品質をうたう食品のためのマーカー(可食部以外に付ける)としても利用可能だ。ナノ粒子の有無で本物と偽物を区別できる。

 この段階では格納できる情報は比較的短く、100bitにすぎない。それでも偽物と本物を見分ける用途などには十分な量だ。この技術はチューリッヒ工科大学からスピンオフした企業Haelixaが商用化している。

 次の段階は大容量化だ。グラス氏とともに同大学の研究チームに参加しているイスラエルのコンピュータ科学者ヤニブ・アーリック氏は、理論上、215EB(エクサバイト)のデータを1グラムのDNAにコード化して保存する方法を開発した(DNAは4つの塩基の組み合わせで情報を記録している。一般的なデータを直接DNAに書き込むことはできず、いったん塩基の組み合わせに変換してから記録している)。グラム氏はデモンストレーションとして、2018年、音楽アルバム全体(約15MBのデータ)をDNAに保存することに成功している。このデモでは直径160ナノメートル(6000分の1mm)のナノ粒子5000個に92万塩基対のDNA鎖を封じた。

 両氏はこれらの成果を組み合わせて今回のデータストレージ技術を生み出し、「Nature Biotechnology」誌に発表した。両氏はこのストレージを「モノのDNA(DNA of Things)」と呼ぶ。

生物とモノは何が違うのか

 研究チームは、DNAをストレージメディアとして使い、データをモノに保存する方法を実証するため、プラスチック製のウサギを用いた(冒頭の図)。このウサギには自らを再構成するための3D印刷命令(約100KBのデータ)を含んでいる。プラスチックに埋め込まれたDNAを含むナノ粒子が媒体となった。

 「本物のウサギと同じように、われわれのウサギは自身の青写真を運んでいる」(グラス氏)

 さらに、生物の場合と同様に今回の手法では情報をモノの「数世代」にわたって保持できる。研究チームはこの機能を実証するため、プラスチック製ウサギからごく小さな一部を削り取り、印刷命令を取り出した後、それを使ってもう一体のウサギを3D印刷した。このようなプロセスを5回繰り返すことができた。

 「既存のストレージは、どれも固有の形状を持っている。HDDは直方体、CDは円盤であり、それ以外の形を取ることができない。DNAは現時点で、液体としても存在できる唯一のデータストレージメディアだ。そのため、われわれはDNAをどのような形のモノにも組み込むことができる」(アーリック氏)

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