「製造のデジタル化」に挑むマネジャーが知った「従来型組織のDX推進」の秘策とはDXを成功させるための組織論(2)

製造業においてもDXの推進は重要な施策だ。しかし、実際には製造業ならではの壁にぶつかることも少なくない。本田技研工業で「製造のデジタル化」に挑むマネジャーが取った解決方法とは何だったのか。

» 2020年02月04日 05時00分 公開
[松本 芳宏本田技研工業株式会社]

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 「戦略はあるのか?」「当初の計画通りにやっているか?」

 現場でこういった声を聞くことがありますが、こうしたマネジメントがいつも正しいわけではないと考えています。著者は自動車製造において70年以上の歴史を持つ本田技研工業で「製造のデジタル化をどう進めるべきか」という課題に向き合っていますが、なかなか思うように進まず苦労をしています。

 デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進は企業の命題となりつつあります。ITサービス系の企業は当然として、製造業の分野においても「業務のデジタル化」は検討すべき重要な課題です。本稿は、これまで著者が取り組んできた「従来型組織のDX推進」において発生する問題やその対処、未来に向けた取り組みについてマネジメントの観点で紹介します。ポイントは以下の3点です。

  • 正攻法で攻めるのではなく、小さなアジャイルチームで実績を残す
  • 「現場から見て本当に必要なサービスだけ」を開発する仕組みを作る
  • 周りからの指摘には「プロダクト」で対処する

従来型組織で障壁になる「必要性が少ない作業」

 自動車メーカーは典型的な製造業の体系を持っています。経営者から本部長、本部長から部長というように順次ブレークダウンさせた各レベルの方針を基に、実務者は達成手法、達成目標を検討します。それらをまとめた資料を作成し、上長から承認を得る、といった体系です。

 こういった組織でDXを考えるとどうなるか。

 まず、関連する各部門が自らの戦略の重要性を認めてもらうための資料作成が始まります。参加する部門も多岐にわたり、本田技研工業であれば戦略部門、技術部門、工場部門、IT部門などが参加します。IT部門や技術部門など技術に関する部署は、部門間を横断するような提案になります。そのため、各部門と戦略のバランスを調整する必要があり、「あちらを立てればこちらが立たず」と悩むこともあります。しかも各部門だけではなく、ITベンダーやコンサルタントも参加すると、作られる資料の数は膨大になり、検討する時間も資料の数だけ増えます。

 「自部門がどうあるべきか」を決めることは重要ですので、そのために多くの時間を割くことは正しいでしょう。ただ「資料として、いかにきれいにまとめるか」を追求することに多くの時間が割かれている印象があります。きれいな資料は見栄えが良く、承認も得やすいかもしれません。ですが、難易度が高く、困難を極めると思われる施策がまるで「簡単にやり切れる」ように表現できてしまうため、著者が作成する場合は注意するようにしています。

失敗から理解した「正攻法では駄目」な理由

 DXを進めるためにはこうした文化を変えていく必要があります。とはいえ「そのために何をすればいいか」は明確に分からないことが当たり前です。われわれの部門でも幾つかの手を打ちました。

 例えば、データを収集、分析し、業務の流れを見える化するプロジェクトを立ち上げたことがありました。しかし、このプロジェクトは失敗に終わりました。コンサルタントとも協力し、かなり費用をかけ、現場のデータを可視化する仕組みを幾つか構築したものの、既に長年の経験から確立された指標を持っている現場には定着しなかったのです。現場の温度感に合わせられなかった著者の責任だと考えています(参考記事:「俺たちが必死で稼いだ1円、1秒をITに使わせない」とまで言われた ホンダの挑戦)。

 この失敗を踏まえ、著者は「抜本的に仕組みを作り直し、一気にデジタル化を進める」という正攻法では駄目だと理解しました。そこで次に目を付けたのが「アジャイル開発」でした。若手のエンジニア(本田技研工業 船戸康弘氏)が内製開発に向けて検討していたこと。そして、柔軟な開発方式であるXP(エクストリームプログラミング)の経験を著者が持っていたため、抵抗感が少なかったこともアジャイル開発を選んだ理由です。アジャイル型開発で現場の業務を分析し、現場が本当に必要とするサービスを素早く提供し、「ITは時間も金もかかる」という意識を変えることでDXを進めようと考えました。

 結果的にこの「小さな価値創出から始める」アプローチは現在軌道に乗り、徐々に規模を拡大しています。

「ITは時間も金もかかる」という意識を変える

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