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» 2020年05月08日 05時00分 公開

「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(76):似たようなデータベース作ったからって、泥棒よばわりするのやめてもらえません? (2/4)

[ITプロセスコンサルタント 細川義洋,@IT]

退職社員が前職のデータベース構造を著作権侵害した?

 まずは、事件の概要を見ていただこう。

知財高等裁判所 平成28年1月19日判決から

あるソフトウェア技術者(Y)は、旅行業者向けシステムの開発、販売をしていたが、このシステムの中にある行程作成業務用データベースが、技術者がかつて務めていた会社(X社)のデータベースを複製していたものであり、これが著作権侵害に当たるとして、X社から約9億円の損害賠償を求められた。

Yの開発したデータベースに存在する29のテーブルのうち、20はXのデータベースと一致(実質的な一致も含む)し、データベース内のフィールドも、326のうち129が一致していた。また、20のテーブルのプライマリーキーが、おのおのほぼ同一であるなど、2つのデータベースには多数の一致点があった。

 2つのデータベースシステムは共にバス旅行などの行程表を作成するもので、機能は自ずと似てきてしまう類いのものだ。私はプログラムの中身を見たわけではないが、管理項目も出力する帳票も同じであるなら、データベースの構造やSQLが同じようなものになるだろうし、誰が作っても同じようなものになるのなら、必ずしも著作権を侵害していると断じきれないのかもしれない。

 しかし、X社が作ったこのデータベースシステムに開発者の創意、工夫が認められ、著作物といえるものであるならば、例中に記すようにテーブルの構造やSQLを多く流用して作成したと思われる技術者Yのデータベースシステムが、その権利を侵していると捉えられる。

 X社のシステムには、独自の創意工夫があるのか――この裁判はそこがポイントであり、その考え方が、ソフトウェア開発において「何が著作物で何がそうではないのか」を見分けるヒントになる。

 では、2つのデータベースに存在し、かつX社が創意工夫の結果であると主張する幾つかのテーブルと機能を列挙してみる。

知財高等裁判所 平成28年1月19日判決から(つづき)

a)2つのデータベースシステムでは、「市区町村テーブル」「駅テーブル」「ホテル、旅館テーブル」「観光施設テーブル」「地点名テーブル」「接続テーブル」及び「道路テーブル」により、代表道路地点の情報を用いて、出発地、経由地、目的地に面した道路に関するデータの検索を可能にする

b)同じく、両データベースシステムでは「地点名テーブル」「道路テーブル」「接続テーブル」「禁止乗換テーブル」「区間料金テーブル」及び「首都高速料金テーブル」により、代表道路地点の情報を用いて、道路を利用した移動に関する経路探索、料金の算出に必要なデータの検索を可能にする

c)「ホテル、旅館テーブル(緯度経度情報を含む)」「観光施設テーブル(緯度経度情報を含む)」「観光施設備考テーブル」「緯度経度テーブル」「URLアドレステーブル」により、ホテル、旅館、観光施設に関する情報を検索することを可能にする

d)「市区町村テーブル」「地区・県名テーブル」と「地点名テーブル」「ホテル、旅館テーブル」「観光施設テーブル」「駅テーブル」によって、道路と地図を関連付けて行う地図からの検索、及び、道路地点、ホテル、旅館、観光施設、駅について市区町村、地区、県名からの検索を可能としている。

 少し補足をする。「a」と「b」は、観光バスなどが立ち寄る施設情報から、それに面する道路とそれを利用する際の経路、料金を検索する。量子コンピューティングの例題として出される「巡回セールスマン」が示す通り、「出発地」「経由地」「目的地」を施設が面している道路を使って最も効率良くつなぐ作業は、知識と経験と計算があって可能なことである。

 また、「c」と「d」で行っている、使用する地点が地図上のどこであるのかを住所ではなく緯度経度情報を用いて示すのも、情報の正確性を担保する一つの工夫である。X社は当然に、そこを主張した。

 一方の技術者Yは、X社がこれらの機能を実現するために構築したテーブルやフィールドは、旅行業者向けデータベースとして当然必要不可欠なテーブルであり、そこに創意工夫はないと主張した。

 X社がデータベースシステムに盛り込んださまざまな創意工夫が著作物といえるものであるのか、裁判は争われた。少しポイントを変えてみると、会社Xが、著作物であると主張するのは、「効率の良い行程を作るための工夫」という業務寄りのものであり、技術者Yはテーブルやフィールドといった技術実装に重きを置いた主張をしている。

 つまりこの争いは、ソフトウェアの著作権が、実際のプログラムやデータベースの作り方にとどまるのか、そこに込められた設計思想や要件にまで及ぶのかという点について争われたといっても過言ではない。

旅行業のデータベースなんて、誰が作っても一緒でしょ

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