プロマネさん、ここは一つ大人になってくれないかコンサルは見た! 偽装請負の魔窟(6)(3/3 ページ)

» 2020年10月27日 05時00分 公開
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みんなグルだったのね

 「やっぱり」と翔子は思った。山谷への陳情の後、何の連絡も呼び出しもしてこなくなった田中の態度が、かえって翔子を不安にしていたのだ。

 「契約外作業の件でしょうか?」

 「当たり前だ!」

 元木の高い声が翔子の言葉の上にかぶさった。

 「昨日、この件で社長はイツワに呼び出されたんだぞ!」

 しまった……翔子は唇をぎゅっと結んだ。山谷の一見物分かりのよさそうな態度に、つい心を許してしまった。部下である田中の契約外作業を、いや偽装請負を、上司としてやめてくれるものだと勝手に期待して信じていた。

 元木の怒りは収まらない。

 「『イツワさんの仕事のさせ方は偽装請負だ。即刻やめてほしい』、そう言ったそうだな。田中さんの頭越しに、事もあろうにシステム開発本部長に!」

 「申し訳ございません」

 翔子は頭を下げた。理由や経緯(けいい)はともかく、確かに本部長にいきなりクレームを入れるのは、相手から促されたとはいえ軽率だったかもしれない。でも……。

 一度下げた頭を上げる翔子の胸には、別の思いも広がっていた。

 伝わり方に問題があるにせよ、この際、イツワの偽装請負とそれに苦しみ始めたメンバーたちのことを社長にも聞いてもらった方がいい。今これを正しておかないと、きっと大きな問題に発展して、メンバーがさらに不幸になるに違いない。

 「ですが、社長」

 「ん?」

 「やはり、イツワさんのプロジェクトは目に余るものがあります。契約した作業とは無関係な仕事が、イツワの行員だけでなく、よそのベンダーからも毎日のように依頼される。サンリーブスのメンバーの忙しさなど関係なくです。私を通さずに直接依頼するものだから、私もメンバーの状況を把握できません。これは明らかに法にもとる行為ですし、メンバーの健康にも影響します。イツワさんにはぜひ、やり方をあらためていただくべきかと」

 翔子の言葉に答えたのは、布川ではなく元木だった。

 「仕方がないだろう。多少のことには目をつぶって、それでもお客さんの期待に応えないことには、ウチみたいな新参者はすぐに淘汰(とうた)されてしまう」

 「でもこんなことを続けていたら、いずれ会社も社員もきっと大きな代償を払うことになります」

 「そんなことにならないようにうまくコントロールするのが、君の役目だろう!」

 元木が再び声を荒げた。

 「できません! 正しくないことは正しくないんです」

 翔子も元木にあらがうように声を張り上げた。

 「だったら君に外れてもらうしかないね。後で言おうと思っていたが、イツワさんからも『プロジェクトマネジャーを交代させろ』という要望が出たんだよ。社長が何とか収めてくださったからいいようなものの……」

 元木はそう言うと、苦り切った表情で翔子から視線をそらせた。すると、それまで沈黙を保っていた田原が口を開いた。

 「澤野さん、ここは一つ大人になってくれないか。うちは今、ようやく世間に認められるITベンダーに成長してきたところだ。イツワに食い込めたことで、他の大企業からもオファーをもらえるようになった。入社を希望する者だってどんどん増えている。今ここでイツワとの関係を壊すのは、致命的なんだよ」

 田原は、大きくはないが迷いのない声でそう言った。

 翔子は、このときになって初めて気付いた。この不正はイツワだけの問題ではない。サンリーブスにも偽装請負を許すきっぷがある。それは恐らく、翔子がここにくるずっと以前から常態化していたのだろう。

 翔子は布川を見た。社員同士の口論の最中も、その表情は変わらない。翔子は確認するように布川に問い掛けた。

 「社長。もしかしたら、他の客先でも同じようなことが行われているんですか? サンリーブスはそうやって顧客満足度を上げて、それで売り上げを伸ばしてきたんですか?」

つづく


「コンサルは見た! 偽装請負の魔窟」第7回は、2020年10月29日掲載です

書籍

システムを「外注」するときに読む本

細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)

システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。

※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

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