古き悪しき伝統はワタシが正す!コンサルは見た! 偽装請負の魔窟(最終回)(3/3 ページ)

» 2020年11月17日 05時00分 公開
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美咲、恐ろしい子

数週間後、美咲がイツワのシステム室にやってきた。

 「翔子センパイ!」

 「美咲! どうしたの?」

 「ええ。ちょっとしたコンサル提案がありまして。どうですか? 調子は」

 「うーん。まずまずってところかな。納期は何とか間に合いそうよ」

 翔子は美咲を空席に座らせた。

 「何にしても良かったです。会社の方も結局、大矢さんが株式を大量に買い取って持ち直したみたいですし」

 その後サンリーブスの株は、大矢と東京リアルエステートが大量に購入した。大矢の意向に従って経営陣が一掃され、本来のAIとRPAを主軸にした先進企業となるべく体制の見直しが行われている。イツワとの関係も、美咲のアドバイスを受けながら翔子が作ったプロジェクト計画書が認められ、何とか継続できている。

 「アナタの知り合いなんでしょ? スゴい人ね」

 「はい、大矢さんは本当に素晴らしい方です」

 そう答える美咲に、翔子が首を振った。

 「そうじゃなくて、美咲が」

 「アタシですか?」

 「今回の件。裏でシナリオを書いたの、アナタなんでしょ?」

 「とんでもない。あ、アタシなんかとても……」

 慌てて首を振る美咲に、翔子は笑顔のまま話しかけた。

 「分かってるわよ。東通の岸辺さんも、大矢会長も、白瀬さんも、結局アナタの駒だったのね。美咲ったらほんと、スゴいっていうか、恐ろしい人」

 「や、やめてください。先輩」

 「アナタみたいな人じゃないと解決できなかったのよ。偽装請負なんて犯罪まがいのことには、客だろうと何だろうと大ナタをふるう、そんな覚悟を持った人じゃないとね」

 翔子はそう言ったが、美咲は静かに首を振った。

 「いいえ、先輩。そんなんじゃありません。悪いものを悪いと言える勇気。それを現場が持っていなければ、いくら周りが騒いでも何も始まりません。先輩に、その勇気と部下を思う気持ちがあったからこそ、できたことだと思います」

 「結局、勇気と優しさ……か。でもね、美咲」

 翔子が少しだけ首をかしげた。

 「はい?」

 「今回の件みたいに、あからさまで高圧的なお客さまなら、それで済むのかもしれないけれど、実際には、もっと分かりにくくて、しかもお互いに笑顔で済んでしまう偽装請負もあるんじゃないかしら? そういうときは、勇気と優しさだけでは解決どころか偽装請負の発覚すら稀(まれ)なのかもしれないわ」

 美咲が小さくうなずいた。

 「お客さまは便利にベンダーを使えてハッピー、ベンダーも顧客満足度が上がってハッピー。それのどこが悪いのかって考える人ばかりだったら、発覚はしないかもしれませんね」

 「今回の件は桜田さんが大問題を起こしたからイツワもサンリーブスも無視できなくなったけれど、そうでもなかったら、ただベンダーのメンバーが苦しむだけって状態が続いていたかもしれない」

 「その苦しみも、メンバーたちは我慢しちゃってたんですもんね。徹夜や休出しても、『これも仕事のうち』って」

 そのとき、翔子が手に持っていた空の紙コップをぐっと握りつぶした。

 「契約のない作業なんて仕事じゃない、ただの使い走り。いじめを受けている中学生と同じよ。怖い相手の顔色をうかがって、それでも相手が喜ぶことにわずかなモチベーションを持って、いえ、作って。自分に言い訳しているだけ」

 「しかも、そのことにすら気付かない場合も多いもの。これも給料のうちだー、なんて考えて」

 「最後はプライドの問題かもしれないわね。自分が本当にエンジニアとして評価されるべきときに評価されているか。自分がもらっている給料に値する仕事をしているか」

 「現場のメンバーがそれを常に考えて、おかしいと思えば声を上げる。そして上司たちがそれに耳を傾ける。そんな文化を作らないといけないということですね」

 「ええ。偽装請負には刑事罰もあるんですもの。いくらお客さんや上司がニコニコしてたって、それを許す会社なんて犯罪者集団にすぎない。そう考えなきゃいけないと思うの」

 「ある意味、日本の古き悪しき伝統でもありますから、直すのは大変でしょうけど……まずは現場が声を上げないといけないんですね」

 「そう。まずはエンジニアが自分の仕事に自信を持つこと。それは自分と社会に対する責任だと思うわ」


「コンサルは見た! 偽装請負の魔窟」、お楽しみいただけましたでしょうか。次シーズンもお楽しみに!

書籍

システムを「外注」するときに読む本

細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)

システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。

※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

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