こんなパッケージソフトいらない! だって使えないんだもん!「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(83)(3/3 ページ)

» 2020年12月21日 05時00分 公開
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仕様の不一致を不具合と言いたくなる気持ち

 予想通りの結論といっていいだろう。いくら業務に使えないからといって、標準機能やアドオンと業務の差を「不具合」というのは無理がある。裁判を傍聴していたわけではないので、詳細は分からないが、この論を展開するに当たってユーザー企業は、論理の構築にかなり苦労したのではないかと想像する。

 では、なぜユーザー企業はこんな無理筋を通してでも支払いを拒み裁判で争うまでになってしまったのか。どちらにどのような責任があるかは別にして、この差を埋めようとする交渉の経過などを見ていると、ユーザー企業のフラストレーションを感じる部分も見え隠れする。

 この判例には、ユーザー企業とSIベンダー双方の主張をまとめた別紙が付けられていた。そこにはユーザー企業の要求に対するSIベンダーの返答が記されている。

 例えば「2」の値引き印字について。改修を求めたユーザー企業に対するSIベンダーの回答は、「出荷伝票から売掛請求書を起票する場合には、1つの出荷伝票に対して1つの売掛請求書にしてほしい」というものだった。

 こういっては何だが、本末転倒な回答と言わざるを得ない。複数の出荷伝票を1つの請求書にまとめるのは、ユーザー企業と顧客の負担を軽減する工夫である。実際、そうでもしなければ、多数の商品を一度に出荷した場合、事務処理量の多さに顧客からのクレームすら出かねない。そんな中で、出荷伝票1枚ごとに請求書を出せというのは、いかにも業務の実態を無視した、SIベンダーの独善的な提案である。

 また、「1」の入力日付は、いわゆる「言った言わない」問題だ。SIベンダーは、日付入力についてユーザー企業と合意したと言っているが、ユーザー企業は、その内容を正確には把握していなかった。十分な説明がなされていなかったのだ。

 個人的には要件定義におけるベンダーの対応がプロとして不足していたようにも思えるが、少なくともユーザー企業は(心ではそう思っていても)そのような主張をしなかったので、裁判所も追及していない。裁判とはそうしたものだ。

パッケージもSaaSも有能ではあるが万能ではない。

 もちろん、裁判はベンダーの勝利に終わったし、私もユーザー企業に非がなかったとは言わない。ただ、裁判に勝ったとはいえ、SIベンダーにも反省すべき点が多いように思われる。特に、本件のようにパッケージソフトウェアを担いでSIを行う場合、SIベンダーはパッケージソフトウェアの機能こそ、マジョリティーの「正義」であり、ユーザー企業の業務プロセスは「方言」あるいは「劣ったもの」と見てしまう傾向があることは否めない(これは自戒の念も含めてのことだが)。

 確かに、パッケージソフトウェアやSaaSは数多くの経験を詰め込んだもので、それを実現する業務プロセスが、井の中の蛙(かわず)で独自の業務プロセスを育ててきたユーザー企業よりも、優れた点も多いことは否定しない。ただ、それを過信して、従来のプロセスを軽視してしまうと、今回のようにユーザー企業のフラストレーションを生み、結果、法的紛争にまで陥ってしまうこともあるのだ。

 パッケージベンダー、SaaSベンダー、そしてそれを担ぐSIベンダーの方にも、その辺りはよくよく注意していただきたい。そんなことを感じる紛争の例であった

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

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