何で仕様も教えてくれないんですか!「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(84)(4/4 ページ)

» 2021年01月06日 05時00分 公開
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ベンダーにも反省の余地

 しかし私は、ベンダーの態度にも多少思うところがある。

 ユーザー企業はプロジェクトの中止を申し入れた理由として、「ベンダーから仕様書も提出されず、開発だけが進んでいる状況を見て、納期順守に疑問を感じたため」と述べている。

 一言で言えば、ベンダーはユーザー企業との情報共有や相談、相互理解があまりに足りなかった。本連載でも何度となくNGとしてきた「お任せください」体質が垣間見えるのだ。

 「私共にお任せいただければ何の心配もありません。ご安心してお任せください」――本当に自信があるのか、客に余計な口出しをしてほしくないのか、かつてのITベンダーは、顧客にこういうことを言ったものだ。確かに、「お金を頂いたからには、お客さまにご迷惑をおかけすることなく、われわれの責任でご満足いただけるものを提供いたします」という態度は、商売人として美しい。しかしことITに限っては、全てをお任せいただくなど非現実的で不誠実と言ってもいい。

 ITを導入する際は、要件を聞き取ったり、受け入れテストをやってもらったりとユーザー企業の出番が多い。予期しない事象やユーザー企業の振る舞いによって進捗が遅れることもしばしばだし、技術的な困難や体制、スキル面でも当初計画通りにいかないのが当たり前だ。

 ベンダーは、プロジェクトの進捗やリスク、課題について常にユーザー企業と共有し、相談し、場合によっては要件の取り下げや次のフェーズまで待ってもらうなどの妥協を引き出す必要がある。そうしたことが一切ない平和なプロジェクトであっても、システム開発プロジェクトを任せきりにしておくのは、ユーザー企業にとって不安なことだ。

 ベンダーが「これで良し」と開発を進めていても、実は要件の理解がまるで違っていて、出来上がったシステムが使えない、などということは日常茶飯事だし、ユーザー企業もそれくらいのことは知っている。

 仕様書も提出されず、リスクや課題の提起のないまま放置されれば、それが原因でプロジェクトを中止しようとするユーザー企業も少なくない。システム開発プロジェクトに限っては、「便りのないのは良い便り」ではないのだ。

 本件の開発状況が実際どうだったのかは分からない。しかし、仮にプロジェクトが逼迫(ひっぱく)していても、都度ユーザー企業に知らせて相談していれば、さまざまな協力を得て、次善の策を取れただろうし、少なくとも、ある日突然プロジェクトの中止を言い渡されることはなかっただろう。

 この裁判では、ベンダーが勝利した。しかし、それは本当の勝利ではない。

 長い裁判で費用と労力を費やし、貴重な顧客を失った末に、もらって当然のお金をもらっただけのことだ。本当の勝利とは、たとえプロジェクト中にユーザー企業の不興を買って当初の機能を実現しきれなくても、そのことに納得してもらって、ユーザー企業の業務に資する機能を実現した上で、その後も仕事を継続できる関係を維持することではないか。

 このプロジェクトの失敗は、ユーザー企業とベンダー双方の不誠実さが招いた「合わせ技一本」によるものだった。

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

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