悪いのはベンダー! 「わび状」という証拠もあります!「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(87)(2/4 ページ)

» 2021年05月17日 05時00分 公開

「わび状」はベンダーが非を認めた証拠になるのか

 まずは事件の概要から見ていこう。

東京高等裁判所 令和2年1月16日判決

あるベンダーが新基幹システムの開発を委託されたが、納期を経過しても完成する見込みがなかった。これを見たユーザー企業は契約を解除するとともに既払い金の返還と損害賠償、併せて20億円以上の支払いをベンダーに求めた。

これに対してベンダー企業は、期限までにシステムを完成させられなかったのはユーザー企業が大量の契約範囲外の作業を行わせたり、不合理な方針変更をしたりするなどの協力義務を果たさなかったためであると主張したが、ユーザーはこれを容れず、ベンダーに責任があることの証拠としてベンダーが提出した「おわび状」を示した。

 ベンダー企業は「納期遅延のおわびと今後の取り組みについて(お願い)」と題したわび状を提出しており、そこには「プロジェクト管理体制が不十分であった」「基本設計書が未完のまま詳細設計を行ったため、品質、効率の低下を招いた」など自らの非を認める文面が連ねられていたようだ。プロジェクト中、こうした文書は何度か出されていたようで、ユーザー企業はこれらを証拠に、ベンダー自身が非を認めていると主張した。

 プロジェクトが遅延して、システムは完成せず、ベンダーはその責を認める文書を提示しているとなれば、この裁判はベンダーに不利な材料がそろっているといわざるを得ない。ただ個人的には、このわび状にどこまでの証拠能力があるのか疑問に感じる。

実は責任を認めてはいないケースも……

 私もエンジニア時代にわび状のようなものを出したことがある。

 ソフトウェアのインストール作業中のミスで、顧客が入れてくれたデータを消してしまった、というどう考えてもおわびしなければならない事象であり、「文面」と「私の心」と「事実」はある程度一致したものであった。

 しかしわび状の中には、顧客との関係維持を考えたり、「とにかくこの件を早く終わらせて、次の作業に進みたい」と考えたりして、顧客に都合の良い言葉を並べてしまうものがある。客先の担当者から「社内を収めるために、形だけでも一筆書いてほしい」と頼まれて、必ずしも責任を感じていないのに提出するものもある。

 とにかく顧客が怒っているから謝って先に進みたい。内容はともかく、誰が誰に謝るのかが大事だ――そんな感覚で事実関係の確認もそこそこに、わび状を作成してしまうことが実際にはある。そうした文章には、本当にベンダーが心に思い、認めている責任は反映されておらず、客観的に見てもベンダーに責任はないと考えられるものもあるのだ。

 一方で、いきさつはともかく、「システム開発のプロであり、プロジェクト管理の知見も有するはずのベンダーが提示した文書であれば、正式な意思を表すものであり、責任を全面的に認めるなら、それを事実として判断すべき」とする考えもあるだろう。以前、顧客に強要されて議事録を書き換えさせられたと主張するベンダーに対し、裁判所が「議事録の重みを知るはずのベンダーが書き換えたものなら、そこに記載してあることは事実として考えるべき」という趣旨の判断をした例もある。

 では、この裁判ではどのような判断になったのだろうか。続きを見てみよう。

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