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棚上げのススメ田中淳子の“言葉のチカラ”(14)

将棋の棋士は常に数手先まで読み、戦術を考えるという。私たちの仕事もそうあるべきだが……。

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田中淳子の“言葉のチカラ”
「田中淳子の“言葉のチカラ”」

連載目次

 「あれが、ああなったらどうなるんだろう?」「これがこういう展開になったらどうしよう?」……こんな風に先のことを予測し、あれこれ気に病むことがある。私は大体においていいかげんな人間なので、深く思い悩むこともあまりないし、先のことを想像し過ぎて怖くなったがために一歩も先に進めなくなるというタイプでもないが、中には想像し過ぎて不安のあまり何も手につかなくなるという人もいるだろう。

 あらゆる可能性を考え、あらゆる対処法を検討して備えておかないと心配で仕方ない。想定できることは、何もかも洗い出して、可能な限りリスクの芽をつぶしておきたい。そういう慎重派もいる。もちろん、常に行き当たりばったりの対応をするというのはよろしくない。起こり得ることを考え、どう対応するか最低限の準備をしておくことは仕事の上で必要なことではある。

転ばぬ先のつえ

 あまり先のことで思い煩うことのない私だが、数カ月先を予想して「これ、全部うちのチームのメンバーだけで対応できる仕事量だろうか」と不安を感じたことがあった。

 「これがこうなると、あれがああなって、そうすると私は2カ月それにかかりきりで他のことにほとんど手が割けなくなる。この仕事量は今のメンバーが全員フルで働けば対応できるが、もし同時に二人以上が病気になったりしたら回らなくなってしまう。今のうちに後進を育成するなど手を打った方が良いのではないか」――そう考え、上司に伝えた。

 上司は話を全て聞いた上で、「そんな先のことで、かつ複数のことが同時に起こるなどあるかないかも分からない現時点であれこれ悩むのは、時間がもったいないです」ときっぱり言った。

 「そうはおっしゃいますが、実際にそういう事態が起こったら、巻き込まれるのは私たち現場の人間ですし……」と食い下がると、「その時はその時です。その時になって考えればいいし、たいていのことは何とかなります」と涼しい顔をして言われてしまった。

 「今、そのことを考えるのにすごいエネルギーを費やしても、検討したことの大半は無駄になると思われます。だったら取りあえず“今は気にしない”という対応でいいです」と笑顔で付け足すのだった。

 「上司というものは、あらゆるリスクを予測して、それに対する手を打っておくもの」と思っていた私には目からウロコの発言だった。「気にしなくていい」「その時はその時」「その時になって考えればいい」……。

 え? それでいいの?

 まだ確度も高くないことについて思い煩い心身を消耗するのは無駄だ、と上司は言うのだ。そのエネルギーを今目の前にある「他のこと」に振り向けた方がよほど健全だし、生産的とも言われた。

 そりゃそうだ、と私も思い直した。

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