チャンスやリスクには、兆しがあるもの―平穏なときこそ情報収集のためのパトロール活動を―ビジネス刑事の捜査技術(5)(1/2 ページ)

チャンスを逃したり、リスクを見落としたりすることは日常的に起こるものだ。これらの事象には、警察官が平時に行う地道な警ら活動が非常に有効である。今回は、チャンスを逃す、リスクが見えないということについて捜査の技術の視点から考える。

» 2012年10月16日 06時13分 公開
[杉浦司,杉浦システムコンサルティング,Inc]

チャンスを逃す、リスクを見落とす

 ビジネスには良いときもあれば悪いときもある。しかし、10年に1度のチャンスを逃したり、会社倒産の憂き目に遭ったりというようなリスクを見過ごしてしまっては、次があるなどといっていられない。

 チャンスを逃したり、リスクを見落としたりする人は、「あのとき、こうしておけばよかった」と愚痴をこぼす。しかし、チャンスもリスクも誰のところにもやって来ることだし、1度だけでなく何度でもやって来るものである。要は、それを察知しない人と、察知できる人がいるだけなのだ。

 察知しない人とできる人との間にある差は、前者は「いまから思えば無理をしてでも受注しておくべきだった」とか「いまから思えば以前からおかしなことがあった」といった後になってからの後悔と、後者は「粗削りな企画だが十分なサポートがあれば成功する可能性がある」とか「失注の可能性は高いが誠実に対応することで次の提案機会を得る可能性がある」といった前もっての見込みという違いとして表れる。

 実は、この後になってからの後悔と、前もっての見込みとの違いこそ、決定的な差を生む原因となるのだ。

望みは願えばかなうもの?

 「あなたの望みは毎日願い続けるだけでかないます」といった自己暗示の本を見たことはないだろうか。そんなばかな話はないと思う人がほとんどかもしれないが、実はこれが結構真実を突いているのだ。願うだけで努力しない人間に神の救いがあるとは思えないが、願えばかなうというのは、あながちおかしな話ではない。

 先の察知しない人とできる人とを比較してみてほしい。「いまから思えば無理をしてでも受注しておくべきだった」や「いまから思えば以前からおかしなことがあった」は願いではなく、ただの思い出話にすぎない。これに対して、「粗削りな企画だが十分なサポートがあれば成功する可能性がある」や「失注の可能性は高いが誠実に対応することで次の提案機会を得る可能性がある」は、これから先のことに対して、「成功してほしい」「小さな被害にとどまってほしい」という願いが込められている。

 願いがある人はそのために努力する。願いをかなえるために努力しなければならない要因として、「十分なサポート」や「誠実な対応」に取り組むのである。そして、たとえうまくいかなかったとしても、その努力はいつか実を結ぶ。

 過去は後悔するためにあるのではなく、未来の成長のためにこそ振り返るべきものなのである。

チャンスとリスクを式で考える

 「粗削りな企画だが十分なサポートがあれば成功する可能性がある」と「失注の可能性は高いが誠実に対応することで、次の提案機会を得る可能性がある」は共通の思考構造となっている。

 「粗削りな企画」や「失注の可能性が高い案件」というチャンスやリスクに対して、「成功する可能性がある」や「次の提案機会を得る可能性がある」という期待結果と、「十分なサポートがあれば」と「誠実に対応すること」という必要条件が定義されている。

 願いを式に書くことができれば、願いがかなわなかった原因を探ることは容易である。必要条件を満たせなかったのか、十分条件となるためのほかの必要条件を見落としていたかのどちらかだ。

 それより現実にある問題は、「粗削りな企画」や「失注の可能性が高い案件」というチャンスやリスク自体に気が付くことができるかどうかである。そこで捜査の技術が必要になってくるのである。

チャンスやリスクにはにおいがある

 チャンスもリスクも、好ましいか好ましくないかの違いはあるとしても、結局、日常と異なる状態、あるいは日常からの変化としてとらえることができる。その変化に気付かず、また元の状態に戻ってしまえば、何事もなかったかのごとく平穏な日常が続いていくことになる。チャンスを生かし、リスクを避けるために必要なことは、日常に起きる変化を見落とさないことである。

 変化が起きる前には、変化の兆候がある。その兆候にさえ気が付けば、その後に起きる大きな変化を先取りすることができる。実は、変化の兆候に気付けるようにしておくためには、退屈な日常にこそ、努力が必要なのである。変化のない状態、つまり基準となるベースラインを知らなくては変化したことを察知することはできないのだ。

平穏なときこそ情報収集のための警ら(パトロール)活動を

 警察といえば、刑事捜査や機動隊など華やかな活動に目を引かれるが、実は、最も重要な警察活動は警ら活動といっても過言ではない。警ら活動は企業でいえば、店舗視察や工場巡回といったようなパトロール活動と思えばよい。パトロール活動は変化そのものを発見することも当然あるが、本当の意義は何の変化もない平穏な状態について知ることにこそある。

 平穏な状態についての認知が精密で正確であればあるほど、小さな変化の兆候にも反応することができる。反対に平穏な状態についての認知が鈍感であれば、知らない間に周りが激変しているということもあり得る。例えば、顧客の購買履歴から優良顧客のセグメンテーションなどを行う顧客分析手法として有名なRFM分析を実施している企業では、顧客の購買行動をR(Recency:最新購買日)、F(Frequency:累計購買回数)、M(Monetary:累計購買金額)の3つの視点から何か変化がないかパトロールすることによって、単に売上金額の増減だけに関心を持つ企業には分からない、顧客の小さな心の変化に気付くことができる。

 売上金額が高くても、購買間隔が伸びてきたり、最近購入した形跡がない場合には、顧客が他社に足を運んでいる可能性がある。このような顧客に対しては特売キャンペーンを、反対に購買間隔が短くなって頻度が高くなってきている顧客に対しては会員制度や定期購入など、より有利な販売プログラムの紹介が考えられるだろう。

 しかし、RFM分析ですらパトロール活動として完ぺきではない。来店したにもかかわらず、購買に至らなかった潜在顧客の気持ちまでは知ることはできないのだ。顧客が品定めをする姿を観察し、苦情や要望に耳を傾け、喜怒哀楽の兆しを見逃さない気配りの営業活動こそ、企業にとって重要な仕事ではないだろうか。

 しかし、残念ながら、本当に重要な仕事というのはなかなか理解してもらえないものである。人は地味であまり評価してもらえない仕事よりも、派手で目立つ仕事をしたがるし、組織の方も縁の下の力持ち的なパトロール活動をさほど重要だと考えていないことが多い。

 ダイレクトメールや値引き、インセンティブといった派手な販売促進にばかり明け暮れていると、いったい客は何に反応して変化したのか分からなくなってしまう。何の販促も行わずに素で販売したときの販売実績こそが、基準となる商品力を示すものである。腕利きの刑事は容疑者の微小な変化も見逃さない。変化に敏感な人は日常に対しても敏感なのである。

 毎日の通勤途中で見掛ける風景も、数年前には違っていたはずである。しかし、いつ変わったのかといわれるとよく思い出せない。小学生のときにやった朝顔やおたまじゃくしの観察といった夏休みの宿題は、激的な変化に出合うためには、退屈な日常の無変化と向き合わなければならないという教訓を学ぶものだったのだ。

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