ビジネスモデリングは、さまざまな場面で効果を発揮します。
Peter Sengeはその著書『Fifth Discipline(邦題:最強組織の法則)』で、ビジネスの利害関係者の間でメンタルモデルを共有化する必要性を説いています。メンタルモデルとは、人が無意識のうちに心の中で作っている外部世界のモデルです。ビジネスの利害関係者は、ビジネスに対してメンタルモデルを持っています。そして大抵は、利害関係者の間でビジネスのメンタルモデルを共有できていません。メンタルモデルを共有化していないと、それぞれの利害関係者が勝手な意図でビジネスを進めてしまい、いずれはそれぞれの利害関係者のビジネスとの間で"利害"が発生してしまうでしょう。また、組織的に自らのビジネスを学習し、発展させることもできないでしょう。
ビジネスモデリングを行い、利害関係者のメンタルモデルを共有化することで、ビジネスの方針が明確になり、組織的な学習が可能となります。
情報システムは、本来ビジネスを支援するために構築されたものです。しかし、ビジネスを支援するどころか、ビジネスを制約し、邪魔をし、損失を生み出す情報システムが多く見受けられるのはなぜでしょうか。
この原因の1つに「情報システムを支援するビジネスを理解していない」ことがあります。情報システムの所有者となる情報システム部門、エンドユーザーは、ビジネスをどのように行うとうまくいくのか理解しておらず、また今後ビジネスにどのような変化が起こり得るのか想定していません。情報システムの提供者となるシステムインテグレーターは、情報システムがビジネスの何をどの程度支援し、何を支援していないのか分かりませんし、情報システムに変更を及ぼすビジネスの要因に何があるのかも知りません。
ビジネスを支援する情報システムを構築するためには、情報システムの所有者と供給者が共同でビジネスモデリングを行い、ビジネスを理解しなければなりません。
ビジネスモデリングにより、ビジネスプロセスを改善する、もしくは改革することが可能となります。
ビジネスプロセス改善(BPI)はBPRのように劇的にビジネスを変更することではなく、絶えずビジネスプロセスを監視し、評価することで、継続的にビジネスプロセスを改善することです。ビジネスプロセスをモデリングし、シミュレーションなどの手法を用いて評価することで、ビジネスプロセスのボトルネックを発見できます。
BPRに代表されるビジネスプロセス改革手法では、ビジネスのコンセプトを再設定することによって、現在あるべきビジネスプロセスの姿を再定義します。この場合にも、ビジネスのコンセプトとビジネスプロセスが相反していないか、モデリングを行うことで検証できるようになります。
ビジネスモデリングの標準的な手法や手順については、まだデファクトスタンダードと呼べるものはありません。ここでは比較的確立された手順の中の一例としてITコーディネータ協会にて提示されているガイドラインを紹介します。
ITコーディネータ協会(ITCA)とは、平成11年6月通商産業省(現経済産業省)の分科会において提唱された「戦略的情報化投資活性化のための環境整備の試み」の趣旨を踏まえ設立された、特定非営利活動法人(NPO法人)です。ITコーディネータ協会では、経営者の立場に立って経営とITを橋渡しし、真に経営に役立つIT投資を推進・支援するプロフェッショナル=ITコーディネータを要請するための資格認定制度を運営しています。
ITコーディネータ協会では、情報化投資の企画・立案からシステム開発、運用までを一貫してモニタリングする実務を、5つの活動フェーズに分けています。
ビジネスモデリングは、主にこの上位2つのフェーズで行われる作業になります。
「経営戦略策定フェーズ」においては、企業のビジョン・ミッションを企業レベル、事業部レベル、部課レベルなどと演繹的に整理していきます。いわゆる「方針管理制度」として認知されているものです。そして、これらのビジョン・ミッションを達成するための戦略を、事業領域における自社のポジションや、顧客・財務・内部プロセス・学習と成長といった多面的視点でのバランスを考慮して分析し、それらの戦略目標(CSF)を達成するためのプランの実施結果をモニタリングするための指標(KPI)を定義していきます。ここで利用されるSWOTやバランスト・スコア・カードなど個々の分析手法については後述します。
そして、「戦略情報化企画フェーズ」においては、経営戦略策定フェーズで定義されたアウトプットや、現状のビジネスモデル(As-Isモデル)を踏まえ、経営戦略を実現すべく戦術を反映したビジネスモデル(To-Beモデル)を構築していきます。ここで、作成されるAs-Is、To-Beモデルを構築する手段として、最近ではUMLの利用が増えてきています。経営戦略策定フェーズで多面的な視点を用いて戦略目標を策定していったように、戦略情報化企画フェーズにおいても、ユースケース(業務機能)・構造・プロセス・配置といった複数の視点でモデルを表現していきます。このモデル化によって、IT化すべき業務やその業務を包含するビジネスプロセス、そのプロセスで取り扱う経営資源が明確になり、IT化後のコストシミュレーションなども可能になります。このシミュレーション手法としては、ABCという手法が知られています。
このように経営戦略に基づいた戦術=ビジネスモデルを可視化し、さらにその成果を計測する指標(KPI)を定めモニタリング可能とすることによって、初めて実践・コントロール可能なビジネスモデルが出来上がるのです。
これまでの説明で挙げてきたビジネスモデリング手法のほかにも、まだ多くのビジネスモデリング手法が存在します。ここでは、典型的なビジネスモデリング手法を紹介します。下の表はビジネスモデリング手法と、その手法のレベル(コンセプトレベル、ビジネスプロセスレベル、情報システムレベル)を示しています。
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今回は、ビジネスモデリングの考え方や手法について、なるべく網羅的に説明するようにしました。とはいえ、文中でも触れたように、ビジネスモデリングについてはまだ標準的な考え方や手法が定まっていないのが現状です。次回は、その中でも特に着目を浴び始めている、EA(Enterprise Architecture)という考え方を通して、ビジネスモデリングの意義や効果について説明を進めていきたいと思います。
▼ビジネスモデリングは「ビジネスの理解」「システム構築」「ビジネスの改善・改革」などでメリットをもたらす
▼ビジネスモデリングは主に「経営戦略策定フェーズ」「戦略情報化企画フェーズ」で使われる
▼さまざまなビジネスモデリング手法とその適用レベルを確認しよう
参考文献
ビジネスプロセスモデリング(戸田保一ほか=編、日科技連出版社)
バランス・スコアカード??新しい経営指標による企業変革(ロバート・S.キャプランほか=著、生産性出版)
UMLによるビジネスモデリング(森田勝弘=著、ソフトリサーチセンター)
最強組織の法則??新時代のチームワークとは何か(ピーター・M. センゲ=著、徳間書店)
山口 健(やまぐち たけし)/ 山内 亨和(やまうち みちたか)
オージス総研 eソリューション事業部ビジネスプロセスソリューション部所属。ユーザー企業の業務とシステム構築技術を統合するアーキテクチャ作成の支援に従事している。
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