将来の企業戦略に向けITマネージャがなすべきことITガバナンスの正体(2)

» 2004年01月08日 12時00分 公開
[三原渉(フューチャーシステムコンサルティング),@IT]

筆者より:

本稿では、ITガバナンスを各企業で確立していくために、ITマネージャが「考える・分かる・応える・使える・変わる・変える」ことを目指します。前回「ITマネージャの叫び なぜIT化は失敗するのか? 」で、「まずはIT部門の歴史や社内ITの変還、資産状況と、それらの課題点を洗い出すこと」をお願いしました。次に、3年後・5年後の経営戦略実現のためITマネージャは何をすべきでしょうか?


ショートストーリー 山の手精工株式会社物語

<前回までのあらすじ>社員2000人の製造業「山の手精工株式会社」では、上野社長の指揮の下「ITガバナンスの確立」が進められていた。CIOの神田取締役から「現状と将来像、そのアプローチを次回の臨時役員会で討議するので、資料を大至急用意してくれ」と指示された情報システム部門長・池袋マネージャは……?

3日後──。

神田取締役:どうだね。概要、いや方向性くらいはできたかな。事前に進ちょくを教えてくれといっていただろう? 進める前にお願いされたことと、私がお願いしたことの理解が一致しているかくらい確認しにこなくちゃダメだ。


池袋マネージャ: なるほど。でも、お忙しそうだったので……(こんなにふらっとIT部門に立ち寄る取締役はこれまでいなかったぞ。それにしても「お忙しそうだった」だなんて、自分でも言い訳にしか聞こえない〜)。


巣鴨リーダー(課長職):1週間しかないので「時間がない」と思って、先に手を動かそう……、と。進ちょくは今日の夕方にでも報告しようと思っていたんですが……


神田取締役:スピードの時代だからこそ、最初の一歩が大事なのだ。それはどんなことでも一緒だよ。最初の一歩を踏み出す方向を間違って、時間がたってから修正しようとすると時間と労力が掛かるものだ。


最近フリーアドレスを採用したはずなのだが、実際には机上に当分動かしていないと見るからに分かる書類や書籍が山積みのIT部門(情報システム部門)を見渡しながら、

神田取締役: IT部門は業務改革の最先端を担うため、トライアルとしてこのレイアウトやフリーアドレスにして、さらに評価や給与制度も率先して変えようとしている。それがどんな意味か考えてみたかね?


巣鴨リーダー: 時間がなくて、そんなことまで考えも及びません。だいたい、業務部門から毎日のように、「あそこを変えろ」「ここを変えろ」「あのデータを出せ」だの要求が多くて、日々の作業でいっぱいいっぱいなんです。先のことを考えろといわれても、何でしたっけ、えっと、来期のIT投資計画でしたっけ、とおっしゃられても時間がないんです。


池袋マネージャ: ちょっと、ちょっと。そんなことは、百も承知だし、この状況を打破するためにもこの先3年、そしてその中での来期、どこにどうお金を使うかを考えようってことじゃないか。神田取締役に食って掛かってどうする?



「IT戦略」と求めるものの乖離

 「IT」「IT革命」や「IT戦略」という言葉は、時流に乗っていて格好よいので社内の会議やプレゼンテーションでもよく使われていることだろう。いわんや社外をや、である。雑誌にも書籍にも「IT戦略」がはんらんしている。しかし「IT戦略」とはどんなものなのか、よく分からないというのが本音ではないだろうか。

 構える必要はない。連載第1回で、種々の問題・課題一覧を作成していただくようにお願いした。もちろん、それらからは「IT戦略」が生まれ出てきたりはしない。しかし「それらをも」含めて、3年後または5年後に企業がどうなっていたいかを、トップマネジメント層と話し合ってほしい。もしそのような関係・環境がないのであれば、徐々にでも構わないので話せるようにしてほしい。経営戦略や中期経営計画にも踏み込むことになるだろう。

 すでに企業にとって、ITは単なるツールや業務の効率化のレベルだけではなく、「武器として活用しなくてはもったいないもの」として認識すべきものになってきた。トップマネジメントが経営戦略を考えるときにITマネージャは傍らにいて、「ITでこんなことができますよ」「こんな会社にしていきましょう」「こんな会社にしていきたい」を提言できるように準備しておきたい。もしくは、トップマネジメント層が「経営戦略・目標をこう考えている/こうする」と提示したときに、IT部門としては「その経営戦略・目標に対し、これをやっていけばよいと考えています」といえなくてはならない。それが取りも直さず、IT戦略やIT戦略投資につながっていくのだ(注:それが「IT戦略」そのものではない。一部ではある)。

 「ITでこんなことができる」といえるためには、世の事例研究が必要となる。また、事有るごとに「かかりつけ医」として駆け付けてくれる、信頼に足るコンサルタントを知っておきたい。コンサルタントを使って、トップマネジメント層へ助言してもらうことも1つの手だ。

 とにかく重要なのは、トップマネジメント層とのコミュニケーションだ。トップマネジメント層との将来像の合意がなくては、ITマネージャとして、次の一手として何を考えるべきか、またどのような計画を立て、実行しなくてはならないかが分かろうはずもない。

図1 どこの問題か?

 図1を見てほしい。IT戦略であろうが、日々の問題解決であろうが、最終的な目標とする像を関係者と一致させておかなくては、最初のステップとしての目標値の設定も、そこに向けてのアプローチも設定できない。とにかく右上の「最終的な目標」像をとことん話し合って共有しなくてはならない。それは「3年後・5年後の企業の姿や企業内のITの姿」ともいえる。もしかしたら、そんなことは理想・正論に過ぎない、といわれることもあるかもしれない。しかし、そのような理想・正論がきちんと話し合われる環境作りこそITマネジャーの仕事のひとつともいえる。理想・正論なくして、現実解は語れない。そして、これまでの反省と現状を踏まえたうえで、直近の目標値を設定し、そこに向かったアプローチを考える。これは翌年のIT部門の計画やプロジェクト計画/IT投資計画の一部ともなるだろう。この「現状を踏まえる」という点で、先回の「ITマネージャの役割」でお願いした整理項目が効いてくるのだ。

 どの目標(値)と現状を比較しているのか、どこの問題を解決しようとしているのか(図の「1」なのか、「2」なのか)分からなくなり、右往左往することが多いのではないだろうか。「問題だ」という割に、何と比較して現状が問題なのかを明示せずに話し合っていることが多い。ぜひ、日々の業務であっても、問題解決をするときには、個々人の頭の中にある理想像や妥協点を共有してから、問題解決のアプローチを設定する、という作業をしていただきたい。また理想像は、プロジェクトや投資を進めていく間にどんどん変わっていくものでもある。当初の計画そのまま、ということの方がまれだろう。理想像や当面(直近)の目標値が変わりそうなときは、絶対にその情報を共有してほしい。さもなければ途中で「あれ、こんなはずではなかった」ということになりかねない。いままで筆者が担当させていただいた企業のほとんどは、この変更管理ができずにトップマネジメント層との認識のギャップに苦しむことが多かった。

トップマネジメント層との対話を密に

 経営戦略を考えているトップマネジメント層は、ITのことをさほど知らないこともあるだろう。もちろん、ITマネージャよりもITに詳しいトップマネジメントの方も少なくない。どちらにしてもトップマネジメント層は、IT構築・運営に関してITマネージャへ権限を付与している。ITマネージャはその権限を行使して、企業にとって必要なITを入手し、全社のパフォーマンスを効率化・向上(革命的に向上)させることが使命なのだ。

 ここで勘違いしては困ることが1つある。「ITを知らないトップマネジメントだから、権限を付与された=任されたITマネージャが、その権限で何をしてもよい」ということではないのだ。往々にして、これまでのIT部門・ITマネージャの中には、トップマネジメントがITを知らないことをよいことに、情報システム部門が独断専横でITを導入してきた例が往々にしてある。もしくは、ベンダに“おんぶに抱っこ”となり、必要以上の投資をしてきたところもあるだろう。さらには「必要以上だったかどうか」も分からないし、分かっていない企業も存在する。ここにも、IT化が失敗する原因が存在する。

 「×年後にどのようになりたいのかという目標設定とアプローチ」であるIT戦略を策定・実行し、その成果としての果実を得るには、トップダウンだけでは難しい。ミドルマネジメントであるITマネージャが一念発起して「会社を変える」という意識を持たないと、「IT戦略」という格好よい言葉の下、投資戦略を整備しても画餅に帰すだけとなる。トップマネジメントとの太いパイプ作りが必要だ。

働く環境を整える

 ITマネージャの仕事を2つに大別するならば、「全社員、個々人の働く環境を整えること」と「自分の部下がその仕事をこなせるように働く環境を整えること」だと筆者は考えている。もちろん、後者はすべての中間管理職に当てはまることでもある。非常にシンプルだ。ITの側面から働く環境を整えて、各人のパフォーマンスを最大に引き上げる手伝いをすることが、ITマネージャの仕事であろう。

図2 ITガバナンスの正体

 往々にして、ITマネージャは図右下の「情報システム」部分だけのパフォーマンスを上げることにきゅうきゅうとしている。しかしよく考えてみてほしい。情報システムだけを劇的に変えても効果は見込めない。組織や制度、業務といったほかの3項目や、場合によっては建物や部屋の配置、机・椅子・PC・プリンタのレイアウトなど背景にあるファシリティも同時に変えなくては、パフォーマンスは変わらない。(物語の中の“フリーアドレス”もひとつの例だ)。旧態依然とした部分が残れば、すべてがその旧態依然とした部分に引きずられ、パフォーマンスは元のままになることが多い。それでは何のためのIT導入だったのか分からない。「効果を見せろ」といわれ、困っているITマネージャも多いはずだ。

 プロジェクトを実施すると、図2のある部分(主に情報システム部分)だけは非常に良くなったように感じられる。しかしほかの部分への手の入れ方が薄かったり遅れたりすると、結局全体の効率化や改革が進まないことがある。例えば人事システムの導入を考えてみよう。人事制度や評価基準や、評価する人/される人への評価にかかわる教育、人事部内での組織変更・役割変更といった付随する周辺の変更も同時並行で進めなければ、全体のパフォーマンスは向上しない。部分的に効率化されることはあるかもしれないが。そのプロジェクトは、人事・人材情報システム導入プロジェクトかもしれないが、決して人事・人材にかかわる業務改革プロジェクトではないし、断じて人事・人材パフォーマンス向上プロジェクトではない。

 IT(情報システム)導入は、「制度や業務をどのように変えるか」ということと表裏一体なのだ。つまり端的にいえば「IT部門・システム部門メンバーだけのプロジェクトはあり得ない」ことを意味する。トップマネジメントや業務部門の方が、会社を業務を今後どのようにしていきたいのか。そこから業務改革プロジェクトは始まるはずだし、そこを支援するものとしてITの活用/導入があるはずだ。だからこそ、縦軸のITだけでなく、横軸のITガバナンスを同時並行で確立していかなければならないということを理解してもらいたいのだ(第1回の図参照)。そしてこのことを、業務部門の方やトップマネジメント層にも分かりやすく説いていくということも、ITマネージャの大切な役割の1つであろう。

 もちろん導入(設計や構築)自体も、多くの技術力や体力を必要とし、企業の高度な総合力を要求するものであることはいうまでもない。しかし、「先進企業が先進企業たるゆえんは、実は横軸=ITガバナンスにある」ということを理解できないまま、導入を進めているのだから始末が悪い。縦軸(情報システム)は見えにくい部分は多々あるものの、比較的目に見えやすいので理解しやすい。つまりまねしやすいのだ。しかし、横軸のITガバナンスは見えないので、まねなど到底できない。横軸は「企業文化」と一言で済ませられてしまうこともままある。が、実はまったく違うものである。

未来のためにITマネージャがなすべきこと

 先回お願いした「現状把握」の次にITマネージャがやらなくてはならないことは、「次の翌年・3年間に何をしなくてはならないかを、大きく構えて考えること」だ。そのためには、次の項目を整理・実行する必要がある。

  • トップマネジメント層とのコミュニケーションを密にする。ざっくばらんにITのことを、ITで何ができるのか、3年後にどうなっていたいかという話をする関係・環境を作る。
  • 常にITの動向に注目し、どのような技術があり、何に使えそうか、アイデアを練る。例えば@ITサイトを活用するといったこと。
  • 目標や計画は変更されることが前提となっていることを、自身理解し、関係者と共有する。変更するときの手続きを明確にしておく。
  • 信頼に足るコンサルタントとのパイプを持っておき、事あるごとに相談する。

 どの項目も、一朝一夕で可能になるものではない。徐々に上記の形に持っていく努力を惜しまないことだ。今日始めなければ、手に入る日もそれだけ先になる。日々精進、である。当たり前のことを当たり前にやる。成功するまでくじけず、日々努力する。成功している会社は、この当たり前のことをきちんとできる会社だと、日々のコンサルティングの場面でも思い知らされる。成功する会社には、このような文化が根付いている。筆者はそのような文化を根付かせるお手伝いをさせていただいている。そして、これが難しいのだ。


池袋マネージャの奮闘は続く。

池袋マネージャ: 神田取締役と随分話し込んじゃったな。朝、この部屋で話しかけられた後、取締役の部屋に連れ込まれて、もうこんな時間かぁ。何となく、まとめの方向性が見えてきたな。取締役とこんなに話をすることなんて、これまでなかったもんな。夕食どうする? 食べて帰るか?


巣鴨リーダー: でも「あれもやりたい、これもやりたい」とか、「どんなITでどうやって進めるか」「業務部門のみんなはどう考えているか、早く方向性を出して、役員会の前に業務部門と話し合え」なんて、やることが多過ぎやしませんか。だって、目の前に業務部門からの改善要望もたくさんあるんだし、やり切れませんよ。


池袋マネージャ: なるほど。でも、業務部門からの要望だけで、全社のITにかかわる方向性が出てきたり、決まったりするわけじゃない。俺たちもITのことをもっと突き詰めて、何がどの業務に適用できそうか常にウオッチが必要だな。やり切れないところや困ったところは、コンサルタントに聞かなきゃいけない。それに、君が担当しているシステム改善要望対応も何とかしないと、プロジェクトが発足しても手も足も出ないだろ。聞いているのか?


巣鴨リーダー: (すっかり暗くなった空を見上げながら)土日は晴れそうですね? バーベキュー楽しみだな。


池袋マネージャ: (内なる声)おいおい、巣鴨さん、大丈夫かな。月曜日の夕方になって、また、「時間がなくて」っていうんじゃないだろうな。明日はキャンプ場でバーベキューしながらも、頭の中はフル回転だな。そういえば、バーベキューの段取りは、どうなってたっけ?


池袋マネージャは、頭をかきながら、キャンプ場でのバーベキューだって、1つのプロジェクトだな、と思いをはせた。


筆者プロフィール

三原 渉(みはら わたる)

フューチャーシステムコンサルティング株式会社 ビジネスディベロップメント&インターナショナル事業本部 執行役員。大手外資系コンサルティングファームを経て、2003年より現職。これまで外資系を含む50社あまりの企業の戦略・改革プログラム・プロジェクトの立案と実行、および効果のモニタリングに携わる。特に経営戦略と連動した全社改革プログラム・IT戦略立案に詳しい。改革推進の障害の1つであるトップ層とミドル層の意識・IT知識の乖離(かいり)を埋めるべく、両者への働きかけを精力的に手がける。ご意見、ご感想、問い合わせのメールは、mihara.wataru@future.co.jpまで。


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