上記のビジョン共有のための会議の中でも論点になったように、PMノウハウの伝達では表層的に理解しただけでは自分のノウハウとして使いこなす状態にはならない。実施上の「勘所」とどのレベルまで実施するのかという「達成水準」が腑に落ちていないと、頭で分かっているだけの状態になるからである。
しかも厄介なことに、この勘所と達成水準は事前にすべてを挙げて説明できるようなものではなく、有能者自身、PMノウハウを使うその場で状況に迫られて決断したり、新たなものを生み出したりしているのである。
これを伝えるのに最も適した方法がOJTである。しかし「はしの上げ下ろし」レベルのOJTでは育成することはできない。教えるのはコンセプトである。最初にPMノウハウのコンセプトだけを教え、矢面に立たせて自分で考えさせ、そして失敗させるのである。失敗といっても取り返しのつかないところまで放置するのではない。一般PMが使おうとしたPMノウハウの実践において、「自分ならこうするのに」と思うその差を、その実践から時間を置かずに、コンセプトに再度照らし合わせて差を解説し、この場合どうすべきだったかを問うようなOJTを行うのである。
このようなOJTを実現するために、有能PM1人に対して重点育成対象のPMを2人までセットにしてOJT体制を取ることにした。
先に全PMにレビューを実施して確認したように、PMノウハウをメソドロジ化して普及することが有効である。いまの時点ではプロトタイプができているだけなので、今後整備していく必要がある。
そこで、選抜された有能PMから抽出したPMノウハウに加えて、今後PMノウハウ拡充会議やPMノウハウを意識したOJTの現場で生み出されたノウハウを対象に、手順化しやすく重要なものを継続的にメソドロジとして整備・普及することとした。
継続的なメソドロジの整備・普及には、これを担当する体制が必要となる。E社ではこれをすでに設置していたPMO(プロジェクトマネジメント・オフィス)で行うこととした。PMOをPMノウハウのセンターとするのである。
E社では、これまで設置したPMOの位置付けがいまひとつ不明確であり、各PMやライン部門長からは中途半端だとの指摘も上がっていた。しかしPMノウハウ拡充会議を主催し、その場においてOJT成果も含めて新たなPMノウハウおよび既存PMノウハウに対する勘所や達成基準の充実されたものの収集を行い、これをメソドロジに反映し、PMへの提供と個別プロジェクト支援を通じて普及を図っていくのである。これによって社内でのPMOの位置付けも明確になる。
E社では、これらの活動を3カ月後に評価し、改善することとビジョン評価を行うこととした。当面の活動目標は、OJTでの重点育成対象のPMが、最低2つ以上のPMノウハウを使いこなせるようにすることである。
今後は基本的に3カ月サイクルのPDCAを回し、目標の再設定と必要であればビジョンの改定を行い、活動を点検して効果を上げていくこととした。
これまで5回に分けて、PMノウハウをえぐり出し、体系化し、組織的に共有する方法について、モデルケースを例に紹介した。この方法は、メソドロジのフレームワークを用いた技術である。しかし技術論だけでは育成は成功しない。モデルケースからも理解できるように、トップがリーダーシップを執って推進し、育成対象のPMが本当に自らの成長のために執着心を持って取り組むうえで技術が生きるのである。
本稿執筆中に、われわれは多くの顧客とPM育成問題についてディスカッションを行ってきた。そこで新たに分かったことは、一部の企業にとって2007年問題が人材育成の面で大きくのしかかっている実態である。特に1990年代初頭に先進ユーザーと呼ばれた企業では、情報システム部門やその情報システム子会社で、後進の層が薄く育成が十分でないままに、常に先頭に立って切り開いてきた人材が残り数年でリタイアしようとしている。独立系のSI企業では比較的若い人材が多いが、それでも総合的に一貫した工程を経験し、優秀なPMとなった人材が、そのノウハウを伝え切らないまま管理職に上がってしまっている現状がある。過去には仕事が人を鍛えたが、いまでは人がうまく鍛えられるような、総合的で一貫した仕事は極めてまれになっているのである。
このような重大なノウハウ継承問題に対して、PMノウハウの組織的共有技術は有効である。
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▼大上 建(だいじょう たける)
株式会社プライド 取締役 チーフ・システム・コンサルタント
前職で上流工程を担当する中、顧客の利用部門は必ずしも「開発すること」を望んでおらず、それを前提としないスタンスの方が良いコミュニケーションを得られることに気付き、「情報の経営への最適化」を模索することのできる場を求めてプライドに入社。株式会社プライドは、1975年に米国より社名と同名のシステム開発方法論の日本企業への導入を開始して以来、これまで140社余りの企業への導入支援を通じて、情報システム部門の独立自尊の努力を間近に見てきた。
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